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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第一章
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第十四話

 足が震えているのは本当です。


 魔獣には何度も遭遇して、慣れているつもりです。だからこそ余計、魔獣の恐ろしさは身に染みています。

 そしてここには私を守ってくれるナナは居ません。


 冷静に考えれば、4歳児である私が行った所で何か出来るとは思えません。

 下手をすれば魔獣の被害者が増えるだけになるかもしれないです。

 アンリの言う通り、村に戻るのが賢明でしょう。

 それに考えたくありませんが、もしかしたらトールやカナデは……手遅れかもしれません。


 それでも私は、前世27歳+今世4歳の計31歳の大人だという自覚があります。

 大人は子供を守るものです。

 ナナがノノ――私を育ててくれたように、私にもトールやカナデ、アンリに対して、何かしてあげたいと思っています。


 自分でも厄介な性分だと思います。

 以前も誰かが「おまえは頑固だな」と言っていました。あれは誰だったでしょうか?


(意志を固めたら、行動に移すべし)


 私は大樹に向かいます。


--------------------------------------------------


 ドゴォン!


 すぐ近くで音が聞えませす。

 私は木々に身を隠しながら、慎重に進みます。


(――見えましたっ!)


 大樹に紅い塊がめり込んでいます。

 アイツが魔獣でしょう。


 その魔獣は体中を紅い甲殻に覆われています。

 更に殻の上からは無数の棘のような突起物が生えています。

 私が観察しているとその塊が崩れ、中からは頭と四肢、尻尾が現れました。


 その姿を例えるなら、ハリネズミにザリガニの殻を纏わせたところでしょうか。


(サバだけを食べたら、青くなるのでしょうか?)


 ふとザリガニの特徴を思い出しました。


 ハリ殻ネズミは忌々しげに、大樹の上方を睨み付けます。

 その視線の先を辿ると、……トールが戦々恐々と眼下を見下ろしています。

 そして、隣には髪の解けたカナデの姿も見えます。


 良かった。二人共、無事のようです。

 それに対して大樹の幹は大きく凹み、もう何回かハリ殻ネズミの体当たりを食らうとへし折れそうです。


 ハリ殻ネズミは、体を丸めてぶつかる――体当たりが攻撃手段と思われます。

 ここに来る迄にあった溝は、ハリ殻ネズミが転がって出来たものでしょう。


 もし大樹が倒れるようなことがあれば、トール達も落下してタダでは済みません。

 たとえ無事でも、落下の衝撃に気を取られている内に、ハリ殻ネズミの餌食になるのは明らかです。


 となると私のやることは一つです。

 『ナナが来る迄、時間稼ぎをする事。そして、ハリ殻ネズミが大樹を倒すのを阻止する事』となります。


 アンリと別かれてから数分が経っています。もう数分でアンリがナナに会えるところでしょうか?

 そう考えると、ナナがここまで来るのに残り15分位と推測します。


 今までに聞えてきた音は4回。

 その回数と大樹の凹み具合から、残り数回で大樹は折れると見積もります。

 また大樹が折れなくても、ハリ殻ネズミの体当たりによる衝撃で、トールやカナデが落下してもアウトです。


(――っ!このままじゃまずいです!)


 アンリが来る前に、ハリ殻ネズミが大樹を倒してしまいます。

 何とかして時間稼ぎをする必要があります。


(しかし、どうやって時間を稼いだらいいのでしょうか……?)


 と考えている内に、ハリ殻ネズミは大樹からのそりのそりと離れ、数メートル離れた所で体を丸めます。

 するとその紅い塊が急速に回転し始め、一気に大樹に迫ります!


 ドゴォン!!


 凄い音がしました。

 衝撃で大樹がぐらぐらと揺れ、何枚もの葉や枝が落下します。


 大樹は――無事の様です。もう2~3回は持ちそうです。

 トールやカナデも無事です。


(……!!)


 その時、私の頭の中を閃きが走ります!


--------------------------------------------------


「こっちです!ネズミさん!」


 ハリ殻ネズミが大樹から離れようとした所で、私は声を上げます。

 私とハリ殻ネズミの距離は約10メートル。その間に障害物は一切ありません。


 魔獣も私に気付いたみたいで、頭をこちらに向けます。


「こっちです!おバカなネズミさん!」


 ハリ殻ネズミの注意がこちらに向いたのを確認して、更に石を投げ付けて挑発をします。


 それを受けてハリ殻ネズミは怒ったみたいです。

 シャッーと声を立てながら、私を睨み付けてきます。


 案外、簡単に挑発に乗りました。

 どうやらおつむの中身は、畜生の類と変わらないみたいです。


 秘密基地を見ると、トールとカナデが血相を変えてこちらを見ています。

 私が視線を戻すと、ハリ殻ネズミがもぞもぞと動き出します。

 そして、ハリ殻ネズミが体を丸め終わった瞬間――


(――ここっ!)


 私は横に飛びます。

 そして寸前まで私が居た場所を、紅い塊が転がり抜けて行きます。


 私は素早く起き上がると、ハリ殻ネズミの位置を確認します。

 ハリ殻ネズミは数メートル先まで転がり、止まった後に丸めた体を解いています。


 私は大樹から離れるように、さっきと同じく分だけハリ殻ネズミと距離を取ります。

 そして再び、ハリ殻ネズミを挑発します。

 ハリ殻ネズミは避けられたのが気に食わなかったのか、さっきよりも荒ぶっています。


 再び、ハリ殻ネズミが体を丸め終わった瞬間――

 また素早く横に飛び、ハリ殻ネズミの体当たりを避けます。

 そして飛び跳ねるように体を起こして、ハリ殻ネズミと距離を起きます。

 ハリ殻ネズミは何度も避けられたことに激昂しています。


(思った以上にうまくいきました。この調子なら時間稼ぎは成功しそうです!)


 私の作戦は単純です。ハリ殻ネズミの体当たりを、とにかく避け続けて時間を稼ぐ事です。

 以下は私の予想となります。


 まずハリ殻ネズミの足は私たちより遅いと思われます。

 大樹に体当たりをするために歩いた速度は遅く、走っても私たちより遅いと推測しました。

 そのため、ハリ殻ネズミは自分よりも足の速い獲物を狩る時は、体当たりを使います。


 しかしその体当たりにも3つの欠点があります。


 一つ目。予備動作が必要な事。

 体当たりの速度こそ早いものの、体を丸める動作を必要とするため、体当たりの発動するタイミングがバレバレです。


 二つ目。真っ直ぐにしか進めないこと。

 森で見つかった溝は全て、真っ直ぐ伸びていました。このことから体当たり中は、真っ直ぐにしか進めないのが分かります。


 三つ目。すぐに止まれない事。

 森で見つけた溝はどれも15メートル以上続いているか、途中で木や岩で止まっていました。そのため、体当たりはある程度進まないと止まれないみたいです。


 以上の欠点により、ハリ殻ネズミの体当たりを避けるのは不可能ではありません。

 また途中で体当たりが止まったり、軌道が変わらないように、私とハリ殻ネズミの間に障害物が無いように位置調整も忘れてはいけません。


 どうしてトール達は秘密基地まで逃げられたのか?


 私がカナデの髪留めを見つけた場所――そこが、トール達とハリ殻ネズミの遭遇ポイントだと思われます。

 そこから歩いて数分の距離の秘密基地。そしてそこに来るまでの間に刻まれた幾つもの溝。


 トール達はハリ殻ネズミに遭遇したが直ぐに逃げ出した。ハリ殻ネズミもトール達を追うが、木や岩に邪魔されて追いつけない。

 とはいえ、トール達も魔獣との遭遇に慌てていたし、カナデが居る為にそう遠くまでも逃げられない。

 そこで安全そうな秘密基地――大樹の上に避難するが、ハリ殻ネズミも諦めずに大樹を倒そうそしていた。


 こんな感じでしょうか。

 とはいえ全てが想像であるため、机上の空論となる可能性も有りました。

 しかし賭けには勝利したみたいです。


 さて、もう一度来ますか?とハリ殻ネズミに注意します。

 しかし私の意に反して、ハリ殻ネズミは私に背を向けます。


(諦めたのでしょうか?もう少し時間を稼が――)


 ドンッ!


 音と共に衝撃が私をふっ飛ばします。


(――えっ?)


 私は仰向けに倒れています。

 そして腹部を中心に鋭い痛みが走ります。

 腹部を右手で触ろうとすると、べちょりと生温かい感触と硬いモノの感触が返ってきます。


 視線を下げた先の私のお腹には……ハリ殻ネズミの棘が突き刺さっていました。



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