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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第一章
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第十三話

 さて、アンリへの話は終わりました。

 次はトールとカナデ、兄妹の番です。


 森の前に着くと、腕を組む人影が一人分見えます。

 私には遠くからでも、それがアンリだと分かりました。


「アンリ一人ですか?」

「うん」

「トール達はまだでしょうか」


 辺りを見渡しますが、私たち以外は誰も居ません。


「うーん、おかしいんだよね……」

「どうしたのですか?」


 腕を組むアンリに尋ねます。


「いや、あたしの家ってトールの隣にあるんだけど、こっち来るときにおばさん――トールとカナの母親に『あら、アンリちゃん遊びに行くの?うちのトールとカナはもう先に行ったわよ』って声を掛けられたんだよね。だから、てっきり先に着てると思ったんだけど」


 うーんと唸るアンリ。

 それは確かに妙な話です。


「どこかで寄り道でもしているのでは?」

「でもトールが自分で『集まろう』って言い出した時は、早く来ることはあっても、遅れた事は今まで一回も無かったんだけどね」

「……ということは、もしかして先に秘密基地に向かったのでしょうか?」

「やっぱそうかな?」


 アンリの視線が森に向かいます。

 私もそれに釣られて、森の方に顔が向きます。


 その時――


 ズドン!


 森の方から、何かがぶつかった様な音が聞えてきます。

 そしてそれと共に、森の木からは数羽の鳥が空に飛び立って行くのが見えます。


(何事でしょうか?)


 私は、何が起きているのか把握しようと森に注意を向けます。

 しかし、ここからでは何が起きているのかは分かりません。


「ノノ聞こえた?」

「はい。森の方から聞えましたが、何の音だったのでしょうか?」


 何だか嫌な予感がします。

 そして再び、ズドン!と同じ音が聞えてきます。


 私はアンリと顔を見合わせると、


「様子を見に行こう!」

「分かりました」


 二人して森に向かいました。


--------------------------------------------------


「ノノ見て!」


 森に入って少し歩いた所。アンリが立ち止まって地面を指差します。


 そこには溝が出来ていました。

 まるで何かが這ったような、数メートルの真っ直ぐ伸びた溝があります。

 その溝の向かう先は……秘密基地のある大樹の方角です。


「……何これ?」


 呟くアンリ。

 明らかに自然に出来たものではありません。

 まるで何かによって地面が抉り取られた跡に見えます。


(――ん?)


 溝の脇に何か落ちているのに気付き、私は拾い上げます。

 それは私の手の中に納まる大きさで、花の形をした見覚えのある物――


「アンリ聞いて下さい」


 アンリの手を引いて、これ以上先に行かせないようにします。


「今すぐ村に戻って母様を呼んできて下さい!」

「ノノ?」


 違っていて欲しい。でも、そんなことはないと心の中で声がします。


「これは魔獣の仕業です」


 アンリが息を呑む音が聞えます。


「これを見て下さい!」


 さっき拾ったものをアンリに見せます。


「これ……カナの髪留め!」


 そう。私が拾った物は、カナデがいつも身に着けている髪留めでした。


「そこに落ちていました。カナが魔獣から逃げる際に落としたと思われます」

「――っ!それじゃカナは!?」


 アンリの顔が強張ります。

 そこで、ドォン!とさっきよりも大きな音が聞えてきます。


「トール達はまだ無事です。この音は、トール達を追いかけている魔獣が木にぶつかる音でしょう」


(決して『多分とか『きっと』とは口には出せません)


 私の言葉にホッとするアンリ。

 しかしトール達が危険なのを思い返し、再び顔が険しくなります。


「だからトール達を助けるために、今すぐ母様を呼んで来て下さい」


 普通の人間が魔獣には敵わない事。ましてやここにいるのは子供だけです。

 アンリもそれを知っているため、直に走り出そうとします。

 しかしアンリは進もうとして、そのまま足を止めます。


「どうしたんですか!早く行って下さい!」


 アンリを急かします。

 すると、


「駄目、ノノを置いていけないよ。ノノも村まで一緒に来て」


 アンリがこちらを気遣います。

 しかし私はそれに従えません。


「私よりもトール達の方が心配です。アンリなら私より先に村に戻れます」


 私は首を横に振りながら答えます。


「それに……私は足が震えて走れそうにありません」


 アンリに震える足を見せます。

 その様子を見たアンリは、心配そうに顔を曇らせます。


「だったら尚更――」

「でも私は大丈夫です!村までなら歩いて辿り着けます」


 アンリの言葉を遮り、笑顔を浮かべてアンリを安心させようとします。


「だから行って下さい」


 私の意志を汲んだのか、アンリは今度は迷いませんでした。


「分かった。ノノも気を付けてね」

「はい。分かりました」


 私の返事を聞くとアンリは村に向かって走り出します。

 アンリの足音が遠ざかり、やがて聞えなくなります。


 ……さて、アンリは行きました。

 私はアンリとは逆の方向――秘密基地のある大樹に向けて歩き出します。



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