第百話
仮契約した『乙女』と本契約した『乙女』、どちらの方が強いのか?
そう聞かれた場合、仮契約と本契約を知る『乙女』全員が本契約の方が強いと答えるでしょう。
では具体的に仮契約をした『乙女』と本契約した『乙女』は何が違うのでしょうか?
私がナナやコノカに聞いた話では、主に三つあります。
一つ目は『タリアの娘』を呼び出す速度。
『娘』を呼び出して力を行使する場合、圧倒的に本契約の方が早いです。
仮契約の場合、主神たる『タリア』との経路を通じて『娘』と仮契約を結んで初めて、その力が使えようになります。
それに対して本契約は、既に己が内に眠る『娘』に呼び掛けるだけです。
二つ目は『タリアの娘』に対する制限の有無。
仮契約では呼び出した『娘』の能力に制限が掛かっているため、一部の能力――具体的には『娘』の鎧の顕現、高位の術などの使用が出来ません。
そして制限されている能力は基本的に、仮契約でも使える能力に比べて強力です。
ちなみにどうして制限がかかっているのかは諸説あり、本契約による『娘』との繋がりが高くないと能力が使えない、仮契約のままだと『乙女』に掛かる負担が強烈過ぎて制限を設けている等、ありますが正解は不明です。
とまぁ『娘』の能力を使用するにあたり、土台だけでこれだけ差があります。
しかし今挙げた二つについては、『乙女練武祭』でのミコ先生との戦闘ではあまり関係は無いでしょう。
一つ目は言わずもがな。二つ目についても制限された能力の使用により、生徒ではなく本契約をした『乙女』だとばれてしまう様な事は出来ません。
そして三つ目は――
(――っ、分かっていたけど強い!やはりどうしても経験の差が違いますね!)
私はミコ先生が放った戦斧の一撃を紙一重でかわし、後ろに下がります。
最後の三つ目は経験値の差。
基本的に、仮契約をした『乙女』と本契約をした『乙女』では、『乙女』になってからの年数、経験が違います。
学院で本契約が許されているのが5学年からですが、最小で5年。
その間に身に付けた体術、武器の扱い、術の制御など、どれも一朝一夕で覚えることは出来ません。
私が『乙女』になってから4年が経過しています。それに対して、推測されるミコ先生の『乙女』歴は27年。
約7倍。
生半可な事では、この差は埋まらないでしょう。
「どうした!そんなんじゃ一撃は遠いなっ!」
私を追って、ミコ先生が前に出ます。
そして戦斧を掬い上げる様な、下からの一撃。
なんとか身体を半身にしてかわしますが、反撃する間もなく、上からは避けたばかりの戦斧が降って来ます。
その軌道上には私が居て、
(――かわせない!?)
「――障壁よ!」
簡易詠唱で障壁の術を発現しますが、戦斧が障壁を打ち砕きます!
しかしその間に出来た一瞬の時間で、私は距離を取ってミコ先生の間合いからは外れることに成功。
戦斧が空を切り、試合場に敷き詰められた石畳を砕きます。
そして舞い上がる小石や砂埃。
ミコ先生は戦斧を消すと、その場で横に回転。そのまま回し蹴りを放ちます。
蹴飛ばされのは宙に浮いた幾つかの小石。
それが無数の石礫となり、さながら散弾銃の様に私に迫ります!
(――ぃ!?)
私は咄嗟に身体を縮込ませて、腕を盾にして顔や胸を守ります。
飛来する石礫。
ヒュンッと音を立てて幾つかは耳の横や見当違いの場所を通り過ぎ、
(――痛っーー!!)
幾つかは私の腕や、ガード仕切れなかった足などに当たり、その箇所に痺れが走ります。
しかしそれでも、すぐに動かなければいけません。
何故なら、
「おらぁっ!」
腕をどけた眼前には突っ込んでくるミコ先生の姿が!
私が腕で視界を隠している間に、最短距離で間を詰めたのでしょう。
なんとか動こうとしますが、足の痺れにより初動が遅れます。
そのまま私は為す術も無くミコ先生のタックルを食らって、後ろに吹っ飛ばされました。
その衝撃で、片手に持ったピッケルを落としてしまいます。
そして背中から石畳に落ちる私。
「――かはっ!」
背中を打ち付けた衝撃で、肺の中にある空気がまとめて吐き出されます。
更にそれに追い討ちを掛けるように、ミコ先生が迫りますが、
「――ちっ」
しかし舌打ちと共に踏みとどまるコミ先生。
「ごほっ、ごほっ……?」
私は咳き込みながら、どうしてミコ先生が留まったのか不思議に思いますが、見ればいつの間にか私達は試合場の端におり、私の身体は試合場に引かれた線の外側から出ていました。
つまり場外。
私に対して容赦の無い攻撃をするミコ先生ですが、しっかりと周囲の状況を見ています。
私はその冷静さに、ぞくりと背筋が凍る思いをします。
「ノノ、大丈夫!?」
駆け寄ってくるミノリ。
いつの間にかミノリも場外になったみたいです。
心配そうな顔のミノリ。
今にも私に手を貸しそうな気配ですが、思い留まり、じっと立ち尽くすだけです。
場外になった選手に手を貸した場合、その貸された選手は戦闘不能とみなされ、失格になるからです。
「はぁはぁ……なんとか大丈夫です。それよりミノリ姉様は一撃を入れられそうですか?」
私は荒い息を整えながら、ゆっくりと立ち上がるとミノリに聞きます。
ミノリの制服は砂埃で汚れており、制服の端は所々破けています。
私が視界に納めた時も、私同様にミノリはコマキ選手に押されている様に見えました。
「……あと一手が、どうしても届かない」
「一手ですか」
やはりミノリも苦戦しているみたいです。
私は試合場に居る、ミコ先生とコマキ選手を見ます。
それぞれ距離を取って、ミコ先生は「まだまだだろ、早く来い」とでも言いたげに待っていて、コマキ選手は静かにこちらを見ています。
この間の模擬戦では、なんとか不意を付くことでミコ先生に攻撃を入れられましたが、今では手の内がある程度バレているため、それも難しいです。
私は考えます。どうすれば一撃を入れられるのかを。
「ノノ選手、ミノリ選手。試合続行の意志があるなら、試合場に戻って下さい」
こちらに来た審判役の教師が告げます。
場外になった場合、一定時間――10秒間は試合場に戻れず、30秒以内に戻れない場合は戦闘不能扱いになります。
「……ノノ、行くしかない。……ノノ?」
立ち止まる私をミノリは心配して覗き込みます。
「……ミノリ姉様、私に考えがあります」
私は、自分の思いつきをミノリにお願いします。
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(流石にこれは……)
『大人気無い』
(……かもしれない)
試合場の外に居る生徒二人を見て、私――マキコ・アレッツォは思う。
私の契約するアレッツォも同じに思ったのか、私に語りかける。
ミノリ君とノノ君。二人共に制服は汚れてボロボロだが、ノノ君の方が酷い。
ミコ先生の猛攻により体力も削られ、フラフラとしているではないか。
私はミコ先生に視線を移す。
例年通りであれば、二回戦で無条件に私たちが負けるのが決まっている。
しかし今年はミコ先生がそれを曲げて、どちらかから一撃を貰うまで負けはしない!と言い出した。
私はミコ先生とはそれなりに付き合いが長い。昔から自分の意思は押し通すのがミコ先生の性分だ。
こうなったら私やナナシ先生が反対しても言う事は聞かないので、今回もそれに付き合っている。
『我侭だよ』
(それがミコ先生の良い所でもある)
私はアレッツォの言葉に苦笑する。
私はたまに、自分の思うままに行動するミコ先生が羨ましくなる。
それにミコ先生の気持ちも理解出来なくはない。
ノノ君。
一年生が本気のミコ先生と戦って、未だに戦闘不能になっていない事は賞賛に値する。
この間のミコ先生との模擬戦でも、後半は今と同じな展開になっていた。
もしかしたらミコ先生はその先――つまりノノ君が反撃してくるのを期待しているのだろう。
そしてそのために二回戦に条件を付けたのではないか?と私は推測する。
そして、ミノリ君。
ここ数年は『乙女練武祭』にも出場していなかったため、実力が把握出来ていなかったが、私が担当するBクラスに居た4年前から比べると格段に成長している。
以前から得意だった術の制御は更に磨きが掛かり、何より驚きなのが肉弾戦が出来る様になった事だ。
昔であれば後方から術を使用するだけだったが、今では私との接近戦にもついて来ている。
現に幾つか攻撃は受けてはいるが、致命的な一撃は貰わずにいる。最後の一撃もわざと食らって、勢いを利用して場外になった様に見えた。
仕込んだのはやはり、Aクラス担当のミコ先生だろう。
二人共、Aクラスでもトップクラスの逸材だ。
しかし惜しむべきは二人のその華奢な身体だ。
ノノ君は一年戦だからまだ仕方無い。身長も小さいがこれからの成長に期待しよう。
ミノリ君はそれなりに身長もあり、余計な脂肪も無いが、やはり筋肉が足りていない。
ある程度の身体能力は『タリアの娘』の身体強化で十分に補えるが、最後にモノを言うのは鍛え抜かれた自身の肉体になる。
私は、自分の鍛え上げられた身体に視線を移す。
(――そう、私の様な、ねっ!)
『無駄に鍛えすぎだよ』
アレッツォは私の筋肉が、お気に召さない様子だ。
予定よりも5章が長くなりそうな予感。




