第九十八話
話は大会一日目、その日の試合が終わった後にまで戻ります。
私とミノリ、それにユカリの三人は、次の対戦相手について情報を共有するために、一号寮にある私達の自室に集まりました。
「さて、次の対戦相手だけど……」
そう切り出すユカリは、渋い顔をしています。
そして同じようにミノリも腕を組んで、なんだか浮かない顔をしています。
「かなり実力のあるチームで、正直な所、まともに戦えば勝てないね」
「そんなに強いチームなのですか!?」
断言するユカリに、私は驚きの声を上げます。
「そのチームの一回戦の対戦相手は、前回の『乙女練武祭』で三位になったチームなんだ。去年は惜しくも準決勝で敗れたが、今年は更に力を付けていて、その上メンバーも同じ面子で出場。優勝候補の一角と評判になっていたチ-ムだった……が」
「負けてしまったんですか……?」
「そう。しかも試合内容も一方的で、攻撃はまるで当たらず、術も全て防がれて、まさに手も足も出なかったん状態だったよ」
重々しく頷くユカリ。
私がトイレを探して迷っている間に、まさかそんな事が起きていたなんて!?
「……私でも勝てるかどうか」
「ミノリ姉様もですか!?」
まさか、学院でもトップクラスで優勝経験のあるミノリまで弱気になっているなんて。
これは物凄い強敵の予感です。
「そんなチームに、私達は勝てるのでしょうか?」
下手をすれば、私達のチームは二回戦で敗退してしまいます。
「実はそこがミソで、そのチームは今年も二回戦は負けると思う」
「今年も?どういう事ですか?」
「言葉通りさ。毎年、初戦は勝利するんだけど二回戦では何故か勝てない、というかわざと負けている節がある」
「わざとですか?毎年ということは、去年以前からも出場していたのですか?」
「実はもっと以前から出場しているらしい。ミノリさんの話によると――」
「……私が一学年の頃から、出場している」
「ん?」
ミノリの言葉に私は首を捻ります。
現在、ミノリは八年生で最上級生。相手チームはミノリが一年生の頃――7年前から出場しているということは、ミノリと同学年である筈です。つまり7年前は一学年。
しかしこの前の試合にて、解説のキクナ学院長は私が最年少の『乙女練武祭』参加選手と言っていました。その相手チームが一学年から出場しているのならば、私が最年少になる筈がありません。
「もしかしてそのチームは、数年置きにメンバーが変わっているのでしょうか?」
仮にメンバーがローテーションしているのであれば、数年前までは今と同じメンバーがいて、7年前はまったくメンバーが異なるチームという事も有り得ます。
「……今年から一人変わったけど、残りの二人は7年前から同じ人物……だと思う」
ミノリは首を振ります。
そのハッキリとしない物言いに私は疑問を覚えます。
「実はそのチームのメンバーは皆、仮面を着けていて顔が分からないんだ。その上、もしかしたら登録している名前も偽名かもしれない。だからそのチームのメンバーの正体――学院の生徒の誰が扮しているかはまったくの謎に包まれている」
ユカリが説明してくれます。
7年前から出場していて、優勝候補を軽く捻るような実力者。そして仮面を付けていて正体の知れない謎の生徒。
……怪しいです。
「よくそんなチームがエントリーできましたね」
「うん。僕も一度、気になってミコ先生に聞いたことがあるけど、お茶を濁されてね。やっぱり何か訳ありなのは間違いないね」
「うーん、謎ですね」
「まぁ、とにかく例年通りならば相手が負けてくれるから、そこまで深く考える必要はないと思う」
そう言ってミノリは、制服のポケットからトーナメント表の移しを取り出します。
そこにはしっかりと参加者の名前も書いてあります。
「そのチームのメンバーの名前は……」
「名前は……?」
私は緊張で喉をゴクリと鳴らします。
その名前は……。
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『さぁ、やって来ました、大会三日目!本日は二回戦をお届け致します。実況はお馴染み、7学年のフタバと――』
『え、えと……皆さん、こんにちは。解しぇ……解説のカオリ・パヴィーアでしゅ……よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
闘技場に響く声には、キクナ学院長の秘書であるカオリの声が混じっています。
そして闘技場内の端に設けられた解説席では、カオリが赤くなっています。
カオリは慣れていないのか、緊張で言葉が噛み噛み。
初日の進行はきっちり決まっていたんですけど、もしかしてアドリブに弱いのでしょうか?
『さて、本日からはシードのチームも出てくるということで、昨日までが予選みたいなもので、今日やっと本選といった所でしょうか、カオリ先生』
『そ、そうですね……こほん。シードになったチームには優勝候補と前評判のチームも幾つかありますし、他のチームも一回戦を勝ち進んでいます。昨日よりも戦いが激しくなるのは必然でしょう』
『なるほど。では早速ですが、二回戦第一試合のチームを紹介させて頂きましょう。東門からは既に、初戦から一人で相手チームを圧倒したノノ選手擁する、ミノリチームが揃っています!』
実況の紹介に合わせて、観客席からも沸き上がります。
『ミノリ選手とユカリ選手は、一回戦では活躍の機会がありませんでしたが、果たして今回はどうなのでしょうか!?そしてノノ選手。今回も相手チームを秒殺、いや瞬殺するつもりなのでしょうか!?』
『さすがに瞬殺は言いすぎではないでしょうか?』
カオリが私も思った事を口にします。
そしてチームの紹介の時、やはり観客席でアタラシコがはしゃいでいるのが見えます。しかも今回は貴族グループの三人も加わり、応援の声も4倍になっています。
『続いて西門にも選手が揃っています。誰も正体を知らない謎のチーム。一回戦では去年三位のチームをいとも簡単に倒したコミチームだー!メンバーはコミ選手、コマキ選手、シナナ選手です!』
私は西門に視線を移します。
そこには学院の制服を着て、異なる種類の仮面で顔を隠した三人の姿がありました。
一人は小さな身体で、蝶を模した目元のみを隠す仮面――パピヨンマスクを身に付けています。
その目は仮面越しでもギラギラと挑発的で、頭からは二本の尻尾――ツインテールが左右に飛び出しています。
続く二人目は2メートルはある長身の少女?制服の上からでも分かる位に、分厚い筋肉が付いているのが分かります。
顔を隠すのは布で出来た覆面で目元と口元が丸く開いており、体格と相まって前世に居たプロレスラーに似ています。
最後の一人は他二人の間ぐらいの身長で、口元以外を隠した白い無表情な仮面を身に付けています。
そして唯一見える口元には、絶えずニコニコと微笑を浮かべているため、仮面と相まってなんともアンバランスです。
「――ってミコ先生じゃないですか!?」
私は思わず叫びます。
何やっているんですか!?
え……何で?他の人は気付いていないのですか!?
「ミノリ姉様にユカリ。あのコミ選手なんですが、よく見るとミコ先生に見えませんか?」
私は思い切って二人に訊ねます。
「……まさか。ミコ先生は先生だよ」
「ミノリさんの言う通り。こんな所にミコ先生が居る訳がないじゃないか」
私の話を否定する二人。
「でもでも!あのツインテールはどうみてもミコ先生のものですよ!?」
私はミコ先生――コミ選手のツインテールを指差します。
「……確かに似ているけど、ノノの気のせいじゃないかな?」
「そうそう。ツインテールにしている娘なんて、この学院に何人も居るよ」
しかし私の指摘は問題にされません。
……あれー?どう見てもミコ先生にしか見えませんが。
それとも本当に私の勘違いなのでしょうか……?
いや、でもしかし。
それに良く見るとコミ選手の隣に居るシナナ選手。この人の口元の笑もどこか見覚えがあって……って!一学年担当のナナシ先生にそっくりです!というか絶対に本人ですよね!?
だとするともう一人のコマキ選手も、私の面識の無い教師の誰かだと推測できます。
『一回戦の時も思いましたが、私の記憶が確かなら、去年まではコミ選手、コマキ選手の他にリカオ選手が出場していました。しかし今年からはメンバーが交代して、リカオ選手の代わりにシナナ選手が出場していますね。何かあったのでしょうか?』
『……彼女はいい加減、疲れたのでしょう』
『はぁ、そうなのでしょうか?』
それに選手の名前もとても良く似ています。
『……今年は解説を引き受けておいて、良かったわ』
『カオリ先生、何か言いましたか?』
『い、いえ!何でもないでしゅ……です』
また噛みました。
しかし今の実況の話。……よもや「リカオ選手=カオリ」なのではないでしょうか。
とはいえ、色々と合点がいきます。
去年三位のチームを倒す実力。7年前から出場していること。仮面で顔を隠していること。
その正体が学院の教師であるならば、全て説明が付きます。
本契約をした『乙女』であれば、仮契約をしている生徒は相手にならないでしょう。それに年が経っても、卒業せずに学院に残る事も可能。そして仮面は教師と言う正体を隠す……隠せてる?ためのものでしょう。
謎は解けました!
……私以外は誰も気付いていないのだけは納得いきませんが。
「両チーム、所定に位置に付いて下さい!」
審判の声に、私達は試合場の端に移動します。
『さぁ、両チームとも、定位置に移動しました。今度は一体どんな戦いをくり広げるのでしょうか!?』
『興味深い一戦ですね』
「二回戦、第一試合を開始します!」
そして審判の掛け声と共に試合開始の鐘の音。
本職の『乙女』を相手に、二回戦の幕が切って落とされました。
――第一号寮、管理人室。
マキコ「今年はカオリ先生が解説で出られないそうだ」
ミコ「何だって!?それじゃ今年の『乙女練武祭り』はどうするんだ!?」
コンコン。
ナナシ「失礼しますミコ先生。荷物が届いていますよ」
ミコ「――にやり。決定だな」
マキコ「珍しく意見が一致したようですね」
ナナシ「え、え?」




