第九十七話
救護室の扉を開けると、そこには聞き耳を立てていたであろう二人の少女の姿がありました。
一人はしゃがみ込んでいる少女で、もう一人はその上に覆いかぶさる様にして立つ少女。
しゃがんでいる少女は目を閉じ耳に意識を集中しているため、まだこちらには気付いていませんが、立っている少女は私と視線が合います。
「……」
「……あはは、やっほー」
「やっぱり何も聞こえないよ、もう終わっちゃたんじゃないかなー?」
立っていた少女は手を振り、しゃんでいる少女はまだ私に気付いていません。
この二人、いったい何時から此処に居たんでしょう。
もしかしてですが、私とアタラシコさんの行為をばっちり聞いていたのではないでしょうか。
だとすると、あらぬ誤解をしている可能性があります。
「……何時から、ここに居たのですか?」
「えっ、何のことかな?私達、今さっき来たばっかりだよ!」
「何時って、『試しに自分でしてみても』ってセリフ辺りからじゃん。イブキちゃん、忘れちゃったのー?」
すっとぼけるイブキと呼ばれた少女。それとは裏腹にしゃがんだ少女は、自分の上に居るイブキに聞かれたと勘違いしていて正直に話します。
私とイブキは、しゃがんでいる少女に視線を移し、そしてまた互いに視線を合わせます。
どうやらこの二人、私がアタラシコを運んだ直後からここに居た様子です。
「……」
「……」
私達の間に気まずい雰囲気が流れます。
私はアタラシコとの行為を聞かれたため、イブキは盗み聞きをしていたのがバレたため。
「ねぇ、このままここにいてもノノちゃんに見つかっちゃうから、サヨはそろそろ戻った方がいいと思うよー」
そんな空気の中、自分の事をサヨと呼ぶ少女だけは相変わらず今の状況に置いてけぼりです。
私は二人の少女達を観察します。
イブキは端整な顔立ちをしており、長く伸びた黒髪を頭の後ろで一房に纏めているため、活発な印象を受けます。
しゃがんでいる少女はふわっと広がるボブカットにのんびりとした口長もあって、どことなくぽわぽわとしています。
イブキもサヨも学院の制服を着ており、胸元には藍色のタイをしているため、6年生だと分かります。
(……絶対これは、勘違いをしていますよね)
いえ一概に勘違いとも言えないのですがここは一応、話をして誤解は解いて置きたいです。
しかし、ちゃんと私の話を信じてくれるかが問題です。
事実として私はアタラシコを擽っていただけなのですが、それを聞いていたのであればそういう行為(ガチ百合)だと勘違いしてもおかしくありません。というか私が逆の立場であれば、絶対に誤解していたでしょう。
(どうしましょう、何て説明すれば……)
そう途方に暮れていると、
「……サヨ、逃げるよ!」
「え、おぉう?」
イブキがサヨの手を引っ掴むと、そのまま駆け出します。
「――しまった!」
私は慌てて追いかけようして、アタラシコが寝ていることを思い出します。
このままアタラシコを一人、救護室に放置する訳にはいきません。しかしその間にもイブキとサヨの二人は遠ざかっていきます。
たたらを踏む私。
そんな私に、横から声が掛かります。
「あ、ノノさん。アタラシコさんの具合は大丈夫ですか?」
見れば同学年の貴族グループの三人の姿が。多分、アタラシコの様子を見るために来たと思われます。
「ナイスタイミングです!アタラシコさんのこと、頼みます!」
私はそれだけ告げると、逃げた二人の後を追いかけます。
後ろからは「え、ちょっと!?ノノさーん」と叫ぶ声が聞こえますが、気にしてはいられません。
……。
「ここまで来れば大丈夫だろう……」
救護室から離れた校舎裏。
後ろを振り返り、誰も追ってこないことを確認するイブキ。
「はぁはぁ、イブキちゃん、急に走ったりしてどうしたのー?」
「……サヨ、アンタまだ気付いていなかったのね」
「えー、何のこと?」
「いや、サヨに説明しても分からないと思うから、気にしなくていいよ」
いまだ何が起こっているのか呑み込めていないサヨの姿に、イブキは呆れています。
「うーん?それにしても、ノノちゃん凄かったね。サヨ、まだ胸がドキドキしているよー」
「それは走ったからだと思うけど……確かに凄かった。噂の真偽を確かめようと後をつけてみたけど、やっぱり本当なのかもしれないね」
「それはどんな噂なのですか?」
「えーとー。確か、自分に嫌がらせをしてきた貴族のお嬢様を一日で調教して、屈伏させたって話だよー」
「先輩方。救護室での出来事も含めて、何か誤解をしています」
「そうなのー?」
「はい」
「――ていうかサヨは、一体誰と話しているのっ!?」
イブキは、私が途中で会話に加わっている事に気付き叫びます。
「えっ!……あ、ノノちゃんだ。こんにちはー」
「えーと、はい。こんにちは」
「何、のんびりと挨拶してんのよ!いいから逃げるよ!」
再びサヨの手を引き、走り出すイブキ。
私はその背中を追いかけます。
「――どーして追いかけて来るの!?もう諦めてよ!」
「それはこっちのセリフです!いい加減、観念して私の話を聞いて下さい!」
そして始まる追いかけっこ。
しばらく全力で逃げる二人でしたが、早くもバテたのか「イブキちゃーん、もう駄目ー」とサヨが失速します。
「もう少し頑張って、捕まったら私達も何されるか分からないよ!」
「――なっ!それは先輩といえども失礼では!?」
こうなったら意地でも捕まえて、二人の誤解を解かないと気が済みません!
私が決意を固めていると、逃げる二人の前方に人影が見えます。
「あー!キリカちゃんだ。助けてーキリカちゃーん」
「本当っ!?よし、これで助かる!」
どうやら前方から歩いてくるの人影は、二人の知り合いみたいです。
イブキとサヨは、そのままキリカと呼ばれた少女の背中に隠れたため、私もキリカの前で立ち止まります。
身長は160後半。黒い髪は短く、前髪は眉毛の少し上で一直線に揃えられています。
キリッとした目付きと真横に締まった口が相まって、真面目でどことなく融通が利かなさそうに見えます。
制服のタイは緑色――四年生です。
「二人共、どうしたのですか?それに貴女は……一年のノノさんでしたね」
「はい」
私はキリカの顔にどこか見覚えがありました。
しかし、それが何処だったかが思い出せません。
「キリカ、助けてよ。私もサヨも、ノノちゃんに追い掛けられてるんだよ」
「キリカちゃーん。お願いー」
「……なるほど」
キリカは二人の言葉に頷きます。
心なしか、先程よりもキツイ表情をするキリカ。
くっ!何も知らないキリカを盾に、二人はこの場を切り抜ける心算なのでしょう。
かといって、私が説明してもキリカに信じて貰えるかは怪しいです。
しかし私が警戒する中、キリカは意外な行動に出ます。
自分の背中に隠れているイブキとサヨの首根っこを掴むと私の前に持ってきて、なんと二人の頭に拳骨を落とします。
「キリカ!いきなり何するんだよ!?」
「ふぇーん!?痛いよキリカちゃーん」
「喧しいです。どうせまた、興味本位で禄でもないことに首を突っ込んだのでしょう!」
キリカは二人に怒ります。
そして私に向き直り、
「――申し訳ない!」
「……え!?」
頭を下げるキリカに、私は驚きます。
「ノノさん。この二人が、迷惑を掛けて済みませんでした」
キリカは二人の頭を掴むと無理やり下げさせます。
「……えぇ、まぁ」
「私の方でよく言い聞かせておきますので、今回はどうか私に免じてこの通り許してやって下さい」
「はぁ」
私は何と言って良いのか分からず、曖昧に頷きます。
「二人共。今日と言う今日は、反省するまでみっちりと扱きますからね!」
「なっ!?キリカの裏切り者!……ごめんなさい勘弁して下さい」
「うわーん。ノノちゃーん、助けてー!」
そのままキリカに引きずられて行く二人。あっという間に見えなくなります。
その時になって思い出します。
サヨとキリカに関しては、話した事はありませんがAクラスで何回か顔を見た記憶がありました。
それから、
(……結局、誤解を解く事は出来ませんでした)
また変な噂が流れな事を祈りつつ、ここにいても仕方が無いので、ミノリ達と合流するために私は闘技場に戻ります。
……うん。また新キャラに一話割いてしまったんだ。
次話からは2回戦が始まると思います。




