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第一部 救い屋の救い。

 肺に空気が一気に流れ込んできて、私は激しく咽た。

 喉が痛くて、呼吸がまだ、苦しい。


「だから、不用意に近づくなって言っただろうが!」

 清水さんが女を羽交い絞めにしていた。

 女はさらに唾を飛ばし足をバタつかせ暴れる。

「すげえ力。おいジュリア! なんか縛るもん持ってこい!!」


 まだ、喉からゲホッゲホッと潰れたような咳が出る。

 私がグズグズしている間に、女は清水さんの羽交い絞めから抜け出してしまいそうになっていた。

「くっ! 早くしろ! なんでもいいから探せ!!」

 ぼやけた視界で室内を探す。

 キッチン、1ルームの室内、バス、トイレ、クローゼット。

 私は迷わずクローゼットを開けた。


 クローゼット内部には服が溢れそうなほど吊るしてあった。

 ほとんどが、女性用だが、数着男性用の物もあった。多分、呪ってる彼氏の……。

 クローゼット下部の空きスペースには、ごちゃごちゃした日用品。

 日用品の山を掻き分け、コンセントコード多数とガムテープを取り出した。


 まずは、コンセントコードで暴れる女の両足を縛る。2重、3重。

 清水さんにも手伝ってもらい、両手を後ろ手に縛る。こちらも3重に。

 最後に可哀想だが目と口をガムテープで塞ぐ。

 視界が暗くなると思うように暴れられないのは、数々の「裏事情」を見てきた経験からだった。

 女はしばらくジタバタした後に、今度はピクリとも動かなくなった。


「ふう。助かった。連れて来て正解だな」

 汗ばんだ上着を脱ぎながら清水さんが言った。

「この後、どうするつもりですか?」

 まさか、縛るために来た訳ではないだろう。多分目的は……私と同じく……

「救う」

 救う ?助けるんじゃなくて救う?

 不思議そうな私の顔を見て清水さんが小さく笑った。

「そう。救い助ける。呪いから、時には悪霊なんかから。俺は救い屋だしな」


 体が硬直して動かなくなった。

 自分でもわからない部分が傷んで、痛んで、苦しい。


 清水さんは女に目を向け、縛られて横たわっている女性の髪を優しくなで始めた。

 その動作にさらに激しく痛む。

 私は唯呆然と、清水さんを見つめ続けていた。


 動かなかった女がピクッと少しだけ身動きする。

 微かに、微かに、女が動き出す。

「ヴウウ。グウウ」ガムテープ越しにくぐもった声を発し始めた。

 清水さんはまだ女の側を離れない。離れずに頭をなで続ける。

 女の声が「グウウ」から「クウウ」になり、最後は「クウウウウ?」問いかけのようになった。

 清水さんは微笑んで目と口のテープを優しく剥がした。


 女の目は少し理性を取り戻していた。

 縛られたままの姿勢にも関わらず、その目に恐怖はなかった。

「ねえ。あなたは誰なの?」

 今日、初めて聞く女の理性と意思のある声だった。


「救い屋さ。君を救いに来た。後は君のどうしようもない彼氏もね」

「彼氏……」

 彼氏の言葉で、また瞳に凶暴な火が点る。清水さんはすかさず頭をなで、頬をさすり瞳を覗き込む。

「もう……許してやりな。あの男も君自身も」

「許す? 許す? ゆ……るさ……ない」

「あの男も大分参ってるよ。夜な夜な君が現れて恨み言を言う。もう他の女とも手を切ったらしい」

 清水さんは、女の震えだした体を優しく包み込む。

「もう……いいんだ。君は君を救ってあげないといけないよ。このままでは、誰も救いがない。もう君自身、わかってる筈だ」

 女が涙を零した。

「君が使った呪い道具を始末しよう。いいね」

 女はしばらく泣き続け、そして頷いた。


 それからの清水さんの行動は早かった。

 呪いに使った写真、ローソク、どこで手に入れたのかわからない謎の呪符。

 すべてを袋に入れ持ち帰る準備をする。部屋の窓をすべて開け空気を入れ替える。

 最後に方角を確認して塩を少し盛る。

 起こした行動はそれだけなのに、部屋の空気が完璧に入れ替わったのを感じた。

 あの「邪悪な念」が払拭されている。


 清水さんが動いている間、私は交代で女の側に付いていた。

 女は呆然と清水さんの行動を見ていたが、決して止めようとはせず、本人からも、もう呪いの念は無くなっていた。

「すごい」と素直に思った。

 呪いを強制的に止めさせるのではなく、本人に「こんな事をしても無駄」だと思わせる。

 それで、もう呪いの威力は無くなる。

『呪いとは本人が相手をいかに不幸へ陥れるか、信じて実行する』ものだからだ。

 変な言い方だが、呪術は「呪われる事を信じる」事が大切。

本 人が呪いを信じきれなかったり、もう止めようと思うと呪いの効果は無くなる。


 清水さんの行動は呪いの実行者を癒し、慰め、本人と呪われた者を救う。

 まさに「救い屋」の行動だった。

 恨みを抱いたものを言葉と行動だけで救う。


 人を救えるのは、やっぱり人なのかも知れない。


 私の心は激しく動き始めた。



「ありがとうございました」

 体力の消耗してしまった女の為に掃除と洗濯、そして食事の用意をして帰った。

 これで、少しは身も心も休めればいいのだけれど……。

 最後に見せてくれた、女の表情が明るかったのが救いだな……と少し微笑んだ。


 帰りの車の中で事件の詳細を聞いた。

 呪われた彼氏が清水さんに泣きつき、生霊が現れる場所を調査していたのだそうだ。

 私はたまたま、桜のトンネルにいただけだったが、あの場所は「彼氏が彼女に告白した思い出の場所」なんだそうな。

 楽しくて嬉しい思いでも最後には生霊スポットになってしまっていた訳だ。

なんとなく……やるせない気持ちになる。



「今日はありがとう」

 清水さんに大学まで車で送ってもらった。

 家まで送るって言ってくれたけど、まだ、「家業の秘密」を話す気にはなれなかった。

 家まで送ってもらうと、きっとバレてしまう。

「私の方こそありがとうございました。すごく……」

「救われたかい? 君も。それならよかったよ」

 少し微笑んで車で去ってしまった。


はい。少し救われました。


 私は、言えなかった言葉を心の中で呟いた。





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