最終部 私の為の私の道。
明け方。
まだ日も昇りきっていない時間に私はこっそり起きて、帰る仕度をした。
服を着て、荷物を持って、最後に手紙を書いた。
机の上に置いて、まだ眠っている清水さんの横顔を見つめた。
「さようなら」
起こさないように小さな声で言った最後の言葉は、手紙の文面と同じだった。
あの日から2ヶ月が経った。
清水さんとはあの夜以来会わない様にした。
何度電話が来ても、メールが来ても全て無視をした。
姿を見たら、声を聞いたら、自分の決心が鈍ってしまう様な気がして怖かったから。
そのうち段々と連絡もなくなって、清水さんは大学を辞めて、イギリスへ旅立った。
「これで、よかったんだ」
何度も自分に言い聞かせる。
2度と会えないかもしれないけど、清水さんにはたくさんの人を救ってほしい。
あの力でみんなを癒し続けてほしい。
「これで、よかったんだ」
呪文のように同じ言葉を繰り返す。
何度も、何度も。
そうしないと自分が壊れてしまいそうで怖かった。
「これで、よかったのよ」
心が痛くて悲しい。
「ジュリア。これ」
いつもの様に大学から帰った私に、おばあちゃんが封筒を差し出してきた。
「?」
不思議に思いながら封を開けると、中にはパスポートが入っていた。
「おばあちゃん、これ……」
私とおばあちゃんは「日本」から出れない筈じゃ……。
「行きな。癒者の男だろ。いつかの。あんたも母さんのように外国へ行きな」
何で知ってるの? どこまで知ってるの?
疑問が多すぎて何から聞けばいいか迷う。
「わかるよ。私はあんたの親代わりだよ。ずっとずっと育ててきたんだ。様子がおかしい事ぐらいは気づいてたさ。仕事にも身が入ってない。泣きそうな顔をしてる。気づかないほうがおかしいよ」
「でも……清水さんの事……」
イギリスへ行ったって何で?
「あんたは知らないだろうけどね。呪術師には呪術師の繋がりがあるんだよ。本当にもう数人だけどね。癒者の若者が外国へ行った情報なんてすぐに入ってくるんだよ」
知らなかった。
私たち以外の呪術師の存在なんて、今まで聞いた事もなかった。
いるのだろうな、とは感じてたけど、連絡が取れるなんて……。
「早く追いかけて行きな。この仕事は私の代で仕舞いにするよ。最初からそうしてればよかったんだよ。本当に悪かったね、ジュリア」
「そんな事言わないで! 私は後悔してないよ。そりゃあ少しは悩んだり迷ったりしたよ。でも最後には自分で決めたもの! この仕事は悪い事ばかりじゃない、きっと使い道が生き残りの道がある筈だって。私はその道を進んでいこうって。だから!」
だから、イギリスには行かない!
そう、決めたのに。
おばあちゃんは優しい目で私を見ていた。
「自分の思うように生きていきなさい。私の事は心配しないでいいから」
自分の生きたい様に……。
そう思って、私は笑ってしまった。
「ダメ。やっぱり行けない。私はよくばりなの。おばあちゃんも捨てたくないし、この術も仕事も捨てたくないし、清水さんの事も諦めたくない。日本にもいたいし、イギリスにも行きたい。だから自分が納得するまでは、おばあちゃんと一緒に頑張る。自分が納得して、もっと自信がついて、清水さんの助けになれるって思えたらイギリスに行っちゃうかも知れない。それでもいい?」
おばあちゃんも大きな声で笑った。
「バカな子だね。そのパスポートを取るのにどれほど苦労した事か……。最後には脅してまで取ってやったのにさ。今行かないと簡単には行けなくなるよ。それでも1度決めたら頑固な子だからね。それでもいいって言うんだろ?」
流石は私の育ての親。
よくわかってる。
「苦労しようが脅そうが、私がイギリスに行くって決めたら、絶対に行くよ。担当者を呪ってでも」
私とおばあちゃんは微笑みあった。
似たもの同士の頑固者。
どんなに迷っても自分が決めたことは譲らない。
一頻りニヤニヤして、私とおばあちゃんは普通に夕食作りを始めた。
「ありがとう、おばあちゃん」
おばあちゃんには聞こえない小さな声で感謝した。
おばあちゃんのおかげで、自分がしたい本当の生き方に気づけた気がする。
全てを手にいれたい我侭で自分勝手な私。
それでも、その目標に向かって生きていこう。
その為には、今まで通りの日常と修行。それに勉強。
やる事は沢山ある。
私は、私の為の私の道を歩み始めた。




