最終部 側にいたいから。
部屋にラップ音が鳴り響く。
パン! パン! パン!
高い、神経を苛立たせる音が5分ほど続き、突然静かになった。
清水さんと目を合わせて、頷きあう。
確かに感じる。何かの禍々しい念の様な物を……。
清水さんは首を捻って念のありかを探し出そうとしていたが、私はこの感覚に覚えがあった。
立ち上がり、ゴミの山を崩す。
どんどんと回りにゴミ袋を投げていって、一番下のゴミ袋の層までたどり着いた。
その中の1つを無造作に破く。
物凄い悪臭がさらに辺りに漂うが、構わずにゴミ袋の中に手を突っ込んで、ある物を手探りで探し出した。
「これ……」
ゴミにまみれて、変色してしまった一体の古い古い、日本人形。
髪の毛は日本人形ではあり得ないほどバラバラに伸びてしまっていて、顔の部分には、ケチャップのシミが広がり、血を流している様に見えた。
「成る程な。呪いの人形ってヤツか」
清水さんに人形を手渡す。
私に出来る事はここまでだ。
呪術師の私には、この人形を「救う」術を知らない。
「藤崎さん。これ、見覚えありますか?」
人形を藤崎さんに手渡そうとするが、震えてしまって受け取らない。
どうやら、覚えがあるらしい。
私達は、藤崎さんが落ち着くのを待った。
「この人形……」
10分ほど震えていたが、少し落ち着いたらしい藤崎さんが話し出した。
「この人形。おばあちゃんの形見だったんです」
そこからの話を要約すると、このような感じだった。
藤崎さんは、旧家の1人娘として生まれ、幼い頃から、それはそれは大事に育てられていたらしい。
金銭には不自由する事はなかったが、精神的には圧迫され続けて育った。
ふすまの開け閉め、座り方、立ち方、箸の持ち方、食事の作法。
幼い頃から、毎日、毎日、見張られているように感じ、苦しかったそうだ。
1つでも「気にくわない」事があると、祖母や母は「躾」と称して、藤崎さんに殴る蹴るの暴力を与え続けた。
救ってくれる筈の、祖父や父は旧家に入った婿養子で、祖母や母には一切逆らえない人たちだった。
誰も庇ってくれない環境で育ち、20歳を過ぎて我慢できなくなって家を飛び出した。
それからは、バイトを転々としながら、現在まで1人で暮らしているのだそうだ。
そして、あの人形。
あれは、家を飛び出してから5年ほど過ぎた時に、祖母が亡くなったのを人伝で知り、急いで実家に顔を出した。その時に母から「おばあちゃんが、あなたにって」と渡された形見の人形だった。
受け取った瞬間から気味が悪い……と思ったそうだ。
しかし、形見を断るわけにもいかず、しぶしぶ持ち帰り、見えないように、黒いゴミ袋に入れて放置していた。
その頃から、らしい。こんなにも家にゴミが溜まっていったのは。
ゴミが溜まっていくにつれ、体調を崩し、働けなくなり、精神も不安定になった。
生活費がなくなると、実家に電話して無心し、必要最低限しか外出しなくなり、ますます体調が悪化していった。そしてゴミも増えていった。
心身ともに限界を感じた時に、何かの視線を感じるようになったそうだ。
視線が強くなり、声が聞こえるようになり、そしてラップ音。
精神の不安定さが原因ではない! と確信し、実家へ相談。
それが、巡り巡って、清水さんへの徐霊依頼になった訳だ。
「はあ……」
帰りの車の中で、ついタメ息が漏れてしまう。
「悪かったな。色々と……」
「いえ。それはいいんだけど、藤崎さん。結局おばあさんの声には耳を貸さなかったんだよね。だからあんな事になちゃった訳で……」
私も清水さんも、あの人形を気味が悪いとは感じなかった。
唯、寂しくて孫を心配していただけで……。
あの後、藤崎さんは清水さんと私に約束した。
部屋を綺麗にして、規則正しい毎日を健康に過ごして、人形はきちんと手入れをすると。
それで、多分、今回の事件は解決すると思う。
正体は悪霊なんかじゃなくて、ただただ、怠惰な毎日を過ごしていた孫を心配した、おばあさんの仕業だったのだから。
藤崎さんがきちんと生活すれば、おばあさんも安心して眠れるだろう。
今回は無事に何事もなく「救い」を完了出来て少しホッとした。
「でもさ。何でわかったんだ? 人形だって」
安心しきった私の横で、清水さんが疑問の声を出した。
「それは、見たことがあったから」
「見た? 何を? 呪いの人形ってことか?」
「うん、まあ……」
言い淀んでしまい、車内に気まずい沈黙が降りた。
「別に、言いたくないなら……」
「違う! そうじゃなくて……。あのね、呪いの人形作りは、私の得意な術だったから、それで何となく感じたって言うか、悟ったって言うか……」
野中家の秘術。悪霊使役法。
悪霊をそのまま使うだけではなく、人形や物の中に入れて閉じ込め、出れないように封印する。
それをターゲットに贈ったり、時には人形や物そのものを直に操る。
この秘術の為に、私は2年。「お国」に狙いを付けられたのだと思う。
呪いの傀儡作りなんて、私にはぴったり過ぎる仕事だったのだ。
「呪いの人形作りね。成る程ね。だからジュリアは傀儡作りを依頼されたって事か」
まったく同じ事を考えていて、驚いた。
この人はいつも、私の思考を読む。
そして、無愛想に優しく「救って」くれる。
いつも、いつも、いつも。
離れたく……ない。
「知りたいか?」
考えがどんどんと恥ずかしくなってしまう前に、声をかけられた。
ちょっと、助かったかも知れない。
「知りたいか?前にジュリアが酷い事をしたって思ってる人達が、今どうしてるか?」
「な……何でそんな……」
「どうしてるのか知って、納得して、もう迷いから解き離れてもいいんじゃないか?」
呪術師としての自分の道。
清水さんに出会って、歩き始めたような気がしていた。
清水さんの村に行って、決意を固めたはずだった。
それなのに、今だ自信が持てなくて揺れるのは、過去の自分がしてしまった結果を見ていないから。
隣にいる清水さんを見つめる。
怖い。でも、知らないと、胸を張ってこの人の隣に立てない、側にいられない。
たとえ、別れの季節が迫っていても、それまでは、隣にいたい。
恥ずかしくない自分でいたい。
そして何より、半分だけの呪術師はもう、終わりにしなければいけない。
自分の中の迷いを消してしまいたかった。
「し……りたい」
清水さんが隣にいてくれれば、どんな事実でも耐えられる。
そう強く思った。




