最終部 別れのトンネル。
桜のトンネルをくぐる。
春はピンク、夏は緑、秋は紅、冬は灰色。
年が明けて、大学生活がまた始まる。
今年は去年とは違う年になる。
それはもう、予感ではなく確信になっていた。
「おーーい! ジュリア!」
桜のトンネルの入り口付近から声が聞こえた。
清水さんが、呆れ顔で走って来る。
「また、ここにいたのか。もの好きなヤツ……」
「どうして? 綺麗だし、静かだし、良い場所だと思うけど……」
「この、桜のトンネル。何て言われてるか知ってるか? 通称、別れのトンネルだぞ。そんな事より、仕事だ。今回は正直、よくわからない。一緒に来てくれるか?」
私にとっては仕事の事より、別れのトンネル話の方が大切だ。
「わ……別れのトンネルってどういう事?」
「なんか、このトンネルを2人でくぐり抜けると、その2人は別れるんだってさ。くだらない噂」
どうりで、こんなに綺麗な場所なのに、めったに人が来ないと思った!
やっぱり、やっぱり、やっぱり!
衝撃が私を覆った。
私は清水さんと何回このトンネルをくぐっただろう?
1回? 2回? ううん。私がよくここでボーッとしてるから、清水さんがさっきみたいに呼びに来て、それで…………
茫然自失になっている私の手を引いて、清水さんは学校の外に借りている駐車場へ向かった。
・・・・・
「わかんないんだよ」
清水さんがハンドルを捌きながら、呟く。
「はあ。私には、なんとも……」
現場に入ってすらいないのに、私には判断出来ない。
それでも、清水さんが、こんなにも困ってしまう依頼って……
私達は同時にタメ息をついた。
今回の依頼、それは、自分は呪われているに違いないから助けて欲しい。との事だった。
清水さんが依頼人の部屋に出向く。
何かを感じるらしい……でも『何か』がわからない。
呪いの念、悪霊、物の怪。
全てを検討してみたが、まったくわからないそうだ。
『何か』がわからない限り、対処出来ない。
それで、珍しく私を連れて行く事にしたそうだ。
私にわかるのかは、わからないのだけれど……
・・・・・
車で10分ほどの場所にある、ボロボロのマンション。
マンションって言っていいのかも、わからない建物だ。
塗装は剥げきって、薄汚れたグレーになっているし、ひび割れや、雨の跡がくっきり浮かんでる。
個々の部屋のベランダから飛び出したプランター(何も入っていない)置き場に困ってベランダに放置されたらしい、粗大ゴミが丸見えだ。
部屋に入る前に、マンションに入るのを躊躇してしまう。
そんな私を見て、清水さんが笑った。
「大丈夫。別に何もないさ。唯のきったないマンションなだけ」
「そ……それは、わかるけど、ちょっと住民の生活態度が心配って言うか、管理事務所の人の精神状態が心配って言うか……」
私の呟きを無視して、清水さんがさっさとマンションに入っていく。
少しはレディらしく扱ってくれればいいのに……そう思いながら、ついて行くしかなかった。
最上階、5階でエレベーターを降りる。
エレベーターもガタガタ音が出ていて、途中で落ちるのではないか? とヒヤヒヤさせられた。
廊下もすごい。
あきらかに使われていない三輪車が数台放置され、チラシやゴミが散乱している。
本当に、人が住んでるの? 廃墟なんじゃないの?
ここの住人は、悪霊よりもなんだか性質が悪そうだ。
最上階の角部屋。
紙に書かれて、セロテープで止めたらしき表札。
「藤崎」
これが、今回の依頼人のお名前のようだ。
インターホンが無いので、ドンドンと激しく戸を叩き始める清水さん。
「藤崎さん! 藤崎さん! 清水ですけど!」
しばらくすると、小さく扉が開いた。
「来てくれたんですね……」
泣きそうな顔をした、小柄な女性がこちらを見つめていた。
「お……お邪魔します」
本当はお邪魔したくないのだけれど……と思うのは仕方ないと思う。
部屋の中はゴミ屋敷だったのだ!
玄関まで溢れ出ている、ゴミ袋。中身はたっぷりと詰まっているらしく、ある意味秩序を保って積み上げられている。玄関、キッチン、部屋。すべてがゴミ袋に占領されていた。
この人は、どうやって生活しているのかしら? それにこの匂い……
ものすごい悪臭が部屋中に漂っていた。
「適当に座って下さい」
適当! どこに!
清水さんがゴミ袋のブロックを押しのけて2人分のスペースを作ってくれた。
座りたくないが、覚悟を決めなければ!
私が腰を下ろして、話を聞く体制に入った時、部屋の中がわずかに揺れた気がした。
そして……
パン! パン! パン! パン!
物凄い音量のラップ音が鳴り響いたのだった。




