第三部 予感。
この村で過ごす最後の夜が始まった。
私と清水さんは静かに夕食を食べ、今日だけはそれぞれの部屋に引き上げる事もなく、向かい合って座っていた。
聞きたい事があった。
それでも、そのタイミングが掴めない。
沈黙が部屋を覆う。
「ジュリアには本当に世話になったな」
沈黙を破ったのは清水さん。
「私の方がいつもお世話になってるから……」
お互いに、言いたい事や聞きたい事があるのがわかってるのに、白々しい会話を始める。
「ジュリアの舞はいつも思うが綺麗だな。本格的に修行した本物の巫女みたいでさ」
「私は本物の巫女だよ。言ってなかったけ?」
野中家は「巫女」の家系だ。
但し、「闇の」が付く。
本来、巫女の舞とは「神降ろし」「神がかり」の為に行われていた。
それが、現代に続くうちに「神に感謝を捧げる舞」に変わっていったのだ。
野中家の「舞」は「闇降ろしの舞」
闇の神、つまりは悪霊を降ろしたり、呼んだりする「表ざたになってはいけない禁断の秘術」を受け継いだ家系なのだ。
そんな家が日本に、後何件残っているのだろうか? と時々思う。
呪術師と一言で言っても、そのルーツは色々なのだ。
私の修行はまず「舞」を覚える事から始まった。
腕の動き、体の動き、表情、しぐさ。
流れるように出来るようになると、次は「神」とのコンタクトを取ろうとする。
普通に「神」の声が聞こえれば「巫女」の道へ、「悪霊」のざわめきを聞き取れると「闇巫女」へ。
私はもちろん「闇巫女」になり、その後おばあちゃんから「悪霊」との付き合い方、扱い方、使役方法、呪い方、呪い返しの防ぎ方、そして最後に呪術師としての心構えを聞いた。
私は全てを受け入れて呪術師になったのだ。
それなのに、人を目の前で監禁し、自らも監禁され、呪術師として迷い、悩み、揺れた。
そして昨日は呪術師の血を残さない決意までした。
自分が決めた道を簡単に捨てようとする自分にまた、グラグラ揺れているのを感じる。
正解なんてない問いなのだから、揺れて当然かも知れないのだけど、やっぱり私は貴重な術を残すよりも、人を不幸にしない道を選択したい。
両方とも取れないのなら、私はやはり呪術師を捨てて……。
神夜ちゃんのように、人を監禁するようなマネは2度としたくはなかった。
何度も考えた同じような事をまた、考え悩んでいた私の頭を清水さんがコツンと叩いた。
「もう、今日は何も考えるな。俺も今日は何も考えたくない」
「でも……」
「考えるな!」
少しキツイ言い方をされて黙ってしまう。
考えるのがダメなら、聞きたいことを聞いてしまおうかと思った。
「清水さんはこれからどうするの? 就職活動してるようにも見えないし、将来は……」
何か言いたげな瞳。
京司郎さんと一緒だ。
まさか、まさか、清水さんも……。
「俺もう風呂入って寝るわ。明日は村のヤツらに会いたくないから日が昇る前にここから出る。ジュリアも、もう休め」
逃げたようにしか思えなかった。
「あなたも、遠くへいっちゃうの?」
私の呟きは、清水さんには聞こえない。
深夜の3時ぐらいに村を出て、久々に家に帰って来た。
日がすっかり昇ってるし、おばあちゃんは起きてるだろう。
清水さんと別れて、私は玄関の扉を開けた。
おばあちゃんがいつもの様に座っていて、何もなかったかのように「おかえり」と言ってくれた。
意味もわからず胸が詰まって涙が溢れ出す。
「大変だったみたいだね」
その言葉で、村での出来事、清水さんのお母さんの言葉、清水さんの苦悩や涙、そして何かを言いたげな京司郎さんと清水さんの瞳を思い出した。
何から話をすればいいのかわからない私の背中をおばあちゃんが、ソッとさすってくれて、また涙が出た。
「思いついた事から話してごらん」
ポツリポツリと順番も話の内容もめちゃくちゃに話だしたけど、最後の清水さんの瞳の話だけが出来ない。
言ってしまえば、それが現実になりそうで怖かった。
それでも、別れの季節はきっと、もうそこまで迫っている。




