第三部 意外な犯人。
呪いの気を強く感じる場所がある、なんて適当な事を言って、村人を伴いながら大きな木の下へ行く。
ここは、清水さんのお母さんが「丑の刻参り」をした場所。
村人のざわめきからも、そこそこ有名な場所なんだろう。
おあつらえ向きに、木の下には結構大きなスペースがある。
これだけあれば「舞える」
私は御霊呼せの鈴を取り出して、一振りシャラン……と鳴らした。
静かになる村人とは対照的に、事前に持ち場に就くように命令していた悪霊達のざわめきが聞こえる。
寒月の夜、灯りは数人が持つ松明の揺らめく炎のみ。
夜空に薄く輝く月の青白い光りと松明の赤い灯火。
聞こえてくる悪霊達のざわめき。
それは、想像以上に人々の心に恐怖をもたらした様だ。
私は再度、鈴を鳴らす。
シャラン、シャラン、シャラン……。
そして舞を始めた。
黒い巫女衣装と、水引で結んだ髪が揺れる。
舞を舞い続ける。
静かな夜寒の空気の中、私の鳴らす鈴の音と、悪霊達のざわめきだけが響き続けた。
舞がクライマックスに差し掛かる頃、私は声を上げた。
「神が、神が降りようとされてます。しかし!!」
鈴を大きく一振り鳴らして叫ぶ。
「強い悪意を持つ方が、この中にいらっしゃるようです。神はお怒りです! 神は!!」
使役した悪霊達の大声と笑い声が最音量で響いた。
「神が舞い降りていらっしゃれないので、悪霊達をこれ以上押さえつけてはいられません。悪意を持つ方とはどなたなのですか! 神にお許しを得ないと、この村はこれ以上に悪霊に!」
人垣の背後から悲鳴が上がった。
「お助け下さい! 巫女様! 私が、私が、この村に呪いを! 悪意を!」
人垣が割れて、姿が見えたのは中年の女性だった。
「母さん……」
京司郎さんの小さな声が、静寂の夜に静かに響き渡った。
あの夜から一晩が過ぎた。
その日、京司郎さんが真っ青な顔で現れて、事情を説明しに来てくれ、その隣には今にも倒れてしまいそうな、京司郎さんのお母さんもいた。
「本当に申し訳ありませんでした」
泣きながら謝る京司郎さんのお母さんに顔を上げてもらい、事情を聞く。
「妹が、妹が、あまりにも不憫で……」
京司郎さんのお母さんと清水さんのお母さん、2人は能力のない「普通の人」だった。
生まれも育ちも、この村とは全然関係のない小さな漁村で暮らしていた。
この村の人々が「嫁探し」に来るまでは……。
「うちは貧しくて、私と妹の下にまだ4人の兄弟がいました。20才の私と18才の妹は両親に懇願されて、ここに嫁ぐ決意を固めました。結納金って言うのですか? あれも沢山頂けるとのお話でしたので……」
どのような村かも知らず、初めて会った人に嫁いだ姉妹。
お姉さんの旦那さんになる人は、癒者の能力が低く、村を出る事もなく、今でも夫婦仲良く暮らしている。
「京司郎のような優秀な息子も生まれましたし、私にとっては暮らしやすい村だったんです」
優秀な息子を生んだ母として、村人にも受け入れられた京司郎さんのお母さん。
反対に……。
「妹は優秀な男性に嫁ぎました。姉の私が言うのもなんですが、妹は美人でしたから、この村の優秀な男性が取り合いを起こすほどで……」
優秀な男性に嫁いだ清水さんのお母さんは、お姉さんとは反対の境遇に追いやられていく。
生んだ息子はこの村の基準では「出来損ない」
旦那は優秀な為に、村を出て行く。
自分の優秀な血を残す為に別の女を連れて……。
「私も妹を心配して、何度も何度も相談に乗ってたのです」
清水さんが小さい頃は、自分と息子を守る為に気丈に生きていたお母さん。
清水さんが段々と大きくなり、庇護を必要としなくなってきて、寂しさが募る。
「追い討ちは、愛人が息子を生んだことでした」
清水さんのお父さんが連れて行った女性が「能力あり」判定の息子を生んだ。
評判はすぐに村に広がり、お母さんは益々孤立していく。
「俺がもう少し、母さんの側にいてやればよかったんだ」
村で「出来そこない」の印を押され、家に帰れば母親の表情が暗く、村内の噂で弟が生まれた事を知った清水さん。
全てを優しく、強く受け入れるには、高校生では若すぎた。
逃げ出してしまったのも無理はない、と私は思うのだけど、本人にとってみれば、後悔以外の何ものでもないのだろう。
私は、静かに涙を流す清水さんの横に付いているしか出来なかった。
「妹があんな事件を起こし、村人も少しは反省をしてくれると思っていたのですが、まるで魔女が死んだかのように喜んでる村人を見て私は、私は……」
復讐してやろう、と思ったんです。
丑の刻参りの怖さを知った、京司郎さんのお母さんは「人力」で村人に復讐を開始した。
滑ってこけ易いように玄関に蝋燭の蝋を塗ってみたり、乗り物のタイヤに小さな穴を開けたり、落とし穴や草で編んだ罠を作ったり、おすそ分けした食材に少しだけ食中毒を起こすキノコを混ぜてみたり。
「妹の名前を呟きながら、毎晩毎晩、悪戯のような罠を仕掛ける。段々とこれが正しいのだと思うようになり、誰かがケガをした! 病気になった! って聞くたびに、私はやはり正しい事をしているのだと……」
「そんな訳ないだろ!!」
京司郎さんが叫んだ。
「何でおばさんの無念や辛さを、俺や父さんに相談しなかったんだよ! 相談してくれれば他にも方法があっただろうが!」
「あなたも父さんも癒者だわ」
京司郎さんのお母さんの目には憎しみが映っていた。
清水さんのお母さんと同じ「癒者」を憎む瞳。
ああ、この人も「この村」に憎しみを抱く人なのだ。
それを京司郎さんも感じたのだろう。
静かに、静かにタメ息をついて、今後の話を始めた。
「そんな訳で、俺達家族は、もうこの村には居られない、って言うか居たくない。出て行くよ。俺はすぐにでもイギリスに発つ準備を始めるし、父さん母さんは、外国には行きたくないって言うから、母さんの故郷の村で暮らす事になった。村人全員出て行ってくれって感じだしな。反対もなかったよ」
「出て行けってのは、もちろん俺もだろ?」
清水さんの問いかけに、京司郎さんは目を逸らした。
「大丈夫。俺ももう、ここには戻らないからさ。明日にでも帰るよ」
「…………帰ったら、また連絡する。それまでにお前も決意を固めろ」
そう言い残し、京司郎さん親子は帰って行った。
玄関で別れる時、京司郎さんが何か言いた気な目を私に向けたのが、印象に残った。
私は、何かの予感を覚悟した。




