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第三部 お話しませんか?

 夜が更ける。

 時刻はもう、丑三つ時。

 そう「丑の刻参り」の時間。

 清水さんのお母さんは、現れない。


「……やっぱり違うのかなあ。じゃあ昨日聞いた、あの声は……!!」

 聞こえた。

 何かが小さく。

 私は静かに耳を澄ます。


「ゆる……さな……い」

 昨日の声に間違いないようだ。

 誰なの? どこにいるの?

「来て! ここに来て」

 私は小さく呟きながら、御霊呼せの鈴を鳴らす。

 清水さんに聞こえないように願いながら、1回、2回、3回……。

「来て。お願い」

 霊を呼ぶのに、こんなに祈ったのは始めてかもしれない。

 そして、少しの恐怖も。

 使役する為に呼ぶわけではないのだから、当たり前だ。

 私と霊とは同等の立場で、呪術師ううん、黒巫女として話をする。

 話し合うという事しか、結局思いつかないのは、私の知識の偏りのせいだろう。

 それでもいい。

 私も、誰かを「救って」みたい。

 術ではなく、人として。

 深呼吸してもう1度、小さく鈴を鳴らそうとした時に、天上付近から大声が聞こえた。


「許さない! 許さない! 許さない!」

 急いで見上げると、天井に張り付くようにして、女の人が……いた。


 手が勝手に札を握ろうとする。

 ダメ! ダメ!

 息を大きく吐いて、私は天上の人に向かって、声をかけた。

「そのままでは、お辛いでしょう。私の前に座りませんか?」

「許さない! 許さない! 許さない!」

「こちらで、お話をしませんか? あなたの事が知りたいのです」

「許さない! 許さない! 許さない!」

 霊との会話は根気比べ。

 昔、おばあちゃんに聞いた通りだ。

 言葉が通じてないわけじゃないんだよ。と優しく言っていた、おばあちゃんの言葉を信じる。

「お話しませんか?」

 私はこの言葉を何度も何度も、天上の女の人に向かって言い続けた。


 部屋の闇が薄明かりに包まれようとする頃、女の人は忽然と消えた。

 今日は、ダメだったようだ。

 私は少し、ぐったりとしたまま、黒巫女装束をラフな服装に変えて、しばしの仮眠をとった。




 次の夜も、女の人との根気比べが始まった。

 昨日と違うのは、呼ばなくても天上に来ていた事。

 少しは私に興味を持ってくれたみたい。

「私とお話しませんか?」

 言葉を投げ続けたが、その日も薄っすら明るくなる頃に、消えた。

 女の人は、一言も話さなかった。



 大あくびしながら朝食を作っている姿を、清水さんに見られた。

「寝れなかったのか?」

「ううん。そんなんじゃなくて、朝が少し弱いだけ」

「ふーーん」

 疑わしい顔をされるが仕方ない。

 もう少しだけ、何をしているか知られたくなかった。

「無理するなよ」

 そう言って、清水さんが朝食を運んでくれた。

「ごめんね。今回は少し無理したいの」

 清水さんの背中に向かって、小さく謝る。

 素直に「あの人」を救いたいって思った。



「お話しませんか?」

 3度目の夜。

 天上の女の人は、私を待っていてくれたみたい。

「許さない」とも言わなくなった。

 観察するように、私の事をジッと見つめている。

「ここに座りませんか? お話しませんか? お母さん」

 私は確信していた。

 あの女の人は、清水さんのお母さんに間違いないと。

 そして、もう1つ確信した事。

 今起きている、丑の刻参りの犯人は清水さんのお母さんじゃない。

 丑の刻前から、私と話をしているお母さんが、犯人なわけなかった。

「お母さん。お話を聞かせてください」

 天上に向かって、頭を下げる。

 空気がフワリと揺れた気がして、顔を上げると、目の前に女の人がいた。


「あなたは誰なの? 私を退治しに来たの?」

 直接頭に流れてくる声。

 怒ってはいない、唯悲しんでいるだけの声。

 お母さんはきっと寂しいのだな、と私まで寂しくなる。

 それでも、霊に流されてはいけない。

 同調するのではなく、話合わなければ……。

「私は大河さんのお友達です。ジュリアって言います。初めまして、お母さん」

「大河……」

「大河さんが凄く心配されてますよ。お母さんの事」

「大河……」

「私は、勝手にお母さんと話をさせてもらってるだけで、この事はまだ大河さんには言ってません」

「大河……あの裏切り者の息子! 私を1人にして、いつもいつも!!」

 お母さんの顔つきが、変わっていく。

 ダメ! このままじゃ手遅れになっちゃう!!

 私は無意識に、お母さんに抱きついた。

「裏切ってませんよ。少なくとも大河さんは。だって、お母さんがいなくなった後、ずっとずっと後悔して悲しんで努力して……」

 お母さんの髪を優しく撫でる。

 清水さんがするように。

 優しく、優しく、想いを込めて。


「お母さんは寂しかったんですね。でも、少なくても大河さんはずっと、お母さんの事を大切に思ってましたよ。子供だったから素直に大切とか言えなかっただけで、大好きだったんだと思いますよ」


 1人じゃなかったんですよ。

 あなたに残されて、泣いて苦しんで、努力して。

 前を向いて真っ直ぐに歩いている、立派な息子さんがいますよ。

 今だって、どんなに村の人に冷たくされても、お母さんの無実を晴らそうと頑張ってるんですよ。


 私は思いついた言葉をどんどん、お母さんにかけた。

 言葉が少しでも届くように。

 この孤独な人を救えますように。


 願いを込めて、髪をなで、体をさすり、手を握った。


 もうすぐ、夜が明けようとしている。

 それでもお母さんは消えずに私の側にいた。


 その顔は少しだけ、微笑んでいるように見えた。

 














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