第二部 話がしたい。
突然泣き出した私を見て、清水さんは『涙の意味』を間違えて捉えたようだった。
「ごめん。嫌だよな」
謝って再び車を走らせる。
違う、違う、違う。
嫌なんかじゃなくて、そうじゃなくて嬉しかったの。
それなのに、胸がつまって言葉が出ない。
自分の中の迷いが少し解けて消えて、少し見えた自分の道。
「ありがとう」
そう言いたいのに私は、家の前に着くまで言えなかった。
何故言えない? 何故迷う?
それはきっと、自分が犯した過去の罪の重さ。
人を不幸にし続けた自分の愚かな行為。
そんな私でもいいの? そんな私でも救える?
あなたを助けてあげれる?
胸が痛みすぎて涙が止まらなくて、清水さんも困ってて、きっと呆れてる。
笑って、笑って、笑って。
自分に暗示をかける。
いつもなら、それで簡単に笑えたのに。
涙目で見つめる事しか出来なかった。
「ごめん。もう何も言わないし、聞かないし、巻き込まない。だから泣き止んで帰った方が……」
私は清水さんの言葉の途中で清水さんの服を掴んだ。
「話が……したい。もっと、あなたと」
今出来る、精一杯の言葉をかけた。
清水さんは少し困った顔をして、そのまま車のエンジンをかけた。
………………
こんな時間でも大学に入れる事を初めて知った。
4回生が実験なんかで泊り込みをしているから、裏門は開けっ放しになっているそうだ。
裏門から入ってチャペルに向かう。
清水さんの部屋に入る頃には私も少し冷静さを取り戻していた。
「……で、何のお話をしましょうか?」
大学に戻るまでに買ったビールを飲みながら清水さんに聞かれる。
あらたまって言われるとキツイ。
「あ……あの。泣いてごめんなさい」
とりあえず、全力で謝る。
「意味がよくわからないんだよな。救い屋が嫌って訳でもなさそうだし、何か気に触る事を言った記憶もないし」
深呼吸をする。
ちゃんと伝えなければいけない。
そうしないと、私はまたグルグル悩む。
また、後悔して泣く。
「私もお手伝いさせて下さい」
「……一緒にしてくれるのは嬉しいけど、そうすると色々聞きたくなるし、探りたくなる」
それは、尤もだ。
私だって清水さんの事を聞きたい。
「私の話をしてもいいですか? もし聞いて、気味が悪かったり嫌になったら言って下さい。そうしたらもう2度とお会いしないようにしますから」
私は何かに憑かれたように話だした。
おばあちゃんの事、母親の事、父親の事、呪術師になった経緯、そして2年前の事件。
全てをさらけ出すように話した。
なるべく淡々と語りたかったけど、2年前を思い出して、何度か言葉につまった。
清水さんは一言も口を挟まないで聞いてくれた。
「ふーん。生まれつき呪術師の道が決まってて、プライドを持って仕事をしてたけど、監禁したりされたり憎まれたりして、正しい道がわからなくなった。って事か」
簡単にまとめられてしまった。
そんな簡単にまとめられる話じゃないし、気持ちでもないのだけど。
「脹れるなよ。別に軽く考えてないからさ。そっか、俺とは逆だな」
「逆?」
「いや……。えっと、もう1つ聞いてもいいか?」
頷いて答える。もう答えられない質問はない。
「お前は巫女さん? じゃないよな。巫女服に似た装束と鈴。神道系でもなければ陰陽師って訳でもない。あの術はなんだ?」
「古来、巫女は神降ろしの舞を舞っていました。今は大分廃れてしまいましたが、それでも細々と神降ろしの舞を舞う家系も存在しています。おおまかに分ければ私もその家系の女ですが、私が降ろすのは神ではありません」
野中一族の秘密。人に話すときが来るとは思わなかった。
「私が降ろすのは大いなる悪神。御霊鈴で呼ぶのは悪神に引かれて集まった悪霊です」
人に禍を成す者を降ろし、人に禍を成す者を呼ぶ。
これが私達『呪われた一族』の秘術であり、隠さなければいけない秘密。
清水さんが大きく1つ息をついた。
「まあ……だいたい想像通り……かな?」
「想像通り?」
「ああ。今日見てて気づいたし感じるものはあった。巫女系なのは見たらわかるし、呼んだのは悪霊だし、俺を結界に入れたのは悪霊に憑かれないためだろうし。悪霊を使役して思い通りに動かすってのもジュリアの家系の術だろ? そんだけ出来れば呪術師になれるわな」
「気味悪くないんですか? 怖くないんですか? 悪霊使いですよ」
「べっつに。その辺で無差別に人に害を成す悪霊の方が怖いだろうよ」
どうって事ないように成立する会話。
この人は本当に、一体何者なの?
「俺としては、ジュリアのその外見で和食が作れますって言われるほうが怖いな」
「なっ! ひどい! 和食ぐらい作れますよ! 日本育ちなんですから!」
拗ねて叩こうとして、少しじゃれあってお互いの距離が近い事に気づく。
今さら意識する。
深夜、人がいない密室。男の人と2人きり。近い距離。
私は今頃、自分のとった行動の迂闊さに気づく。
そろり、そろりと距離を取る。
そうはいっても3畳程の個室。離れるにも限界があった。
お互いになんとなく黙り込んでしまう。
この……空気は嫌。やっぱり今から帰った方が……。
「えっと。今日はここで寝ていけ。俺はチャペルの長いすで寝るし」
そそくさと出て行った清水さん。
ホッと気が抜けると、確かに心身共に疲労しているのを感じた。
今から家まで帰る元気も交通手段もない私は、清水さんの言葉に甘える事にした。
ベッドに横になると、すぐに睡魔が襲ってきた。
その日の私は清水さんの匂いがするベッドで眠りに落ちたのだった。




