03-B
父と同じくらいの長身、さらりと綺麗な金の髪、そして、暗い緑の瞳。
それはまさに、数ヶ月前の試験の時に出会った、あの少年の特徴と完全に一致していた。
確か、名前は……
「ローレンツ……」
そう、ローレンツと名乗っていたはず。
「僕のこと、覚えていてくれたんだね、ティナ」
相変わらず身なりのいい、貴族然とした少年――ローレンツは、金の髪を揺らしながら私の前まで来て、柔らかく微笑んだ。
……いや、正直なところ、今の今まで忘れてたんだけど。
でも、彼をひと目見て思い出した。
と同時に、ある疑問が浮かぶ。
「どうして、あなたがこんなところにいるの? AAAランクなのに」
AAAランク傭兵ともなれば、わざわざ仕事なんて探さずとも向こうからいくらでもやってくるものなんじゃないのかな。
「あ、いや、仕事を探しに来たわけじゃなくて、手の空いてる傭兵はいないかなと思って立ち寄ったんだ。でも、この街で活動してる傭兵は元々少ないらしくてね。その数少ない傭兵たちは、ほとんど別の仕事で出払ってるって言われちゃったんだよ」
このモンテスを拠点にしてる傭兵はそんなに多くないって話は、父から聞いてる。
低ランクの傭兵ですら、私を入れて3人くらいだったかな。
「人手が必要なの?」
問うとローレンツは、「うん。いてくれた方が助かる」という曖昧な答えを返してくる。
いてくれた方が、ってことは、いなくても問題はないってことじゃないの?
「あ、そういえば、ティナも傭兵だったね」
「えっ? あ、うん」
良いことを思いついたとでも言わんばかりの顔で、ローレンツは私に一歩詰め寄る。
「ここへ来たってことは、仕事を探すのが目的だよね? だったら、僕の仕事の手伝いをしてもらえないかな」
なんと!
「えぇっ? 私が、あなたの仕事を?」
驚く私に、ローレンツは笑顔で頷く。
「その子は、まだ傭兵になったばかりの新人ですよ? いいんですか?」
割り込んできたのは、さっきまでローレンツの応対をしていたらしい協会員の女性だ。
ローレンツは「いいんだよ」と言いながら、彼女へ振り返る。
「新人でも、傭兵は傭兵だ。それに、彼女は僕にとっての注目株なんだよ」
えっ? 注目株?
頭の中でその言葉を繰り返した途端、ローレンツはこちらに向き直った。
「協力してもらえないかな、ティナ」
ずいっと綺麗な顔を寄せられて、私は思わず後ずさる。
どうする?
……でも、AAAランク傭兵の仕事の手伝いをできるというのは、貴重な体験なんじゃないのか?
だったら、出す答えは一つだ。
「え、えっと、……いいよ?」
「ホントかい? 良かった。じゃあ、早速行こうか」
そう言うと、ローレンツは私の手を握って支部の出入口に向かって歩き出す。
「ちょっ、ちょっと……!」
その強引さとあまりの急展開さに大した抵抗もできず、私は支部の外へ引っ張り出されてしまった。
支部の出入口横に立っていた男は、この高級そうな馬車の御者で、客車の車内にはこれまた身なりのいい親子がいた。
50代くらいの紳士と、20代くらいのいかにもお嬢様って感じの女性だ。
ローレンツの話では、この2人は西から来た貴族なんだとか。
それで、私に手伝ってほしい仕事というのは、この2人を目的地であるお屋敷まで送り届けるというもの。
で、そのお屋敷は、モンテスから南東へ20キロメートルほど行ったところにあるトルエバという街にあるらしい。
距離からして、大体1、2時間で着く計算だ。
だけど、そんな仕事なら尚更、ローレンツ1人で充分だろうに。
そう文句を言ってみると、どうやらその道中に通る森の中にファミリアが巣食っているという情報があるらしく、しかもそれは、複数の対象を守りながら戦うのは少し骨が折れる相手なんだという。
どんな奴かと問えば、ニードルボールという名前が返ってきた。
その名前には、聞き覚えがあった。いや、実際に戦った相手じゃないか。
まだ記憶に新しい2ヶ月くらい前の話だ。
傭兵候補生だった時に、フランカと協力して倒した、あの白い毛玉のようなファミリアだ。
鋭いくちばしを持っていて、樹木の枝からものすごいスピードで一直線に襲い掛かってきたあいつだ。
なるほど確かに、あいつが相手となると、1人じゃ辛いかもね。
守るべきは人間3人に馬2頭。あのスピードで襲ってくる奴相手に1人で全部守るのは、さすがのAAA傭兵でも無理ってことなのかも。
モンテス出発から1時間が過ぎた頃、馬車は問題の森の中へと入った。
ファミリアの話さえ無ければ、長閑で落ち着く自然を楽しみながら進める道だろうに、今はどこから敵が出てくるかわからない不安と緊張で、それどころではない。
だけど、御者台で御者の男を隔てた向こう側に座っているローレンツは、とてもじゃないけど緊張しているようには見えなかった。
私のように周囲にキョロキョロ視線を配るでもなく、ここに来るまでと変わらない穏やかな表情で前だけを見ている。
「本当に、大丈夫なんだろうね」
「心配ありません。このままどんどん進んで下さい」
恐怖で顔が強張っている御者に、ローレンツは明るく軽い口調で応じる。
本当に大丈夫なんだろうか。そう思いながら10分ほど進んだ時、ローレンツが突然立ち上がった。
「さてと。そろそろ始めようか、ティナ」
「ぅえっ? ちょっと、何?」
戸惑う私の目の前で、腰の剣を抜き放つローレンツ。
「いるよ。かなり多いな」
「えぇっ? どっ、どこに?」
慌てて立ち上がり、私も剣を抜く。
「おっ、おい! こんなところで戦うなよ!」
「止まらないで! スピードはこのままで走り続けて下さい!」
御者にそう指示を飛ばしてから、客車の屋根に飛び乗ったローレンツは、そこから窓を覗き込み、「大丈夫ですから、じっとしていて下さいね」と車内の2人に言い聞かせた。
そして屋根の上に立ち上がり、「さてと」と私の方を向く。
「さぁ、来るよティナ。気を引き締めて」
「え? え?」
相変わらずの急展開についていけてなかった私だけど、わずかに聞こえた音に反応し、振り向きざまに剣を振った。
「――!」
刀身の上スレスレを、何かが通り過ぎたのが見えた。ホントに出た! あいつだ!
そして一斉に襲い来る、ニードルボールの群れ。
さっきの奴が、襲撃の合図か。
「ひっ、ひぃええええぇぇぇぇっ!」
ビュンビュンと風切り音を纏って突撃してくるニードルボールたち。
私は、悲鳴を上げる御者に頭を下げさせつつ、直撃コースの敵にだけ標的を絞って剣を振り続ける。
前に戦った時と同じだ。こいつらは、突撃を始めたら軌道を変えられない。
だから、しっかり目で追えてさえいれば、どうということもない雑魚だ。
御者台という、とんでもなく狭い足場全体を使って、私はニードルボールたちを一匹、また一匹と斬り落としていく。
やっぱりこいつらは人間の方がお好みなのか、ほとんど馬を襲おうとはせず、私たちの方にばかり飛んでくる。
ふとローレンツを一瞥すれば、彼は客車の天井で踊るように、しかし最低限の動きで、ニードルボールをサクサクと斬り捨てている。
結構風圧もあるというのに、とんでもないバランス感覚だ。
「ぅおっと!」
わずかなよそ見も命取り。私の頭部まであと一歩というところまで迫っていたニードルボールを首を傾けて躱しつつ、即座に身体を回転させて剣を突き出し、刺し殺す。
返す刀で、背後から迫っていた一匹を斬殺。
さらに身体を回転させ、次々に飛んでくる敵を斬りまくる。
「もう少しで森を抜ける! 頑張れるね、ティナ!」
「大丈夫!」
「ひぃぃぃぃっ! もう勘弁してくれ~!」
涙目の御者の叫びを纏いながら、馬車は森の中を駆け抜けていった。
森を抜け、鮮やかな緑広がる平原に出る頃には、馬車はニードルボールの死骸まみれになっていた。
見れば、御者や私の身体にも、ニードルボールの羽根や血、肉片などがべっとりと付着していて、ねちゃりと音を立てる。
「お疲れ、ティナ」
ひょいっと御者台に舞い戻ったローレンツの身体にもそれらは付いていたものの、私たちのより明らかに少量だ。
「ふぃ~。死ぬかと思ったぜぇ」
大きく息を吐く御者の肩に手を置き、「お疲れ様です」と笑うローレンツ。
御者は「おう」と応じるものの、緊張と恐怖の名残か、顔は大いに引きつっていた。
その後は順調に進み、計算した通り、出発から2時間ほどでトルエバの街に到着。
「ありがとう、お二人さん。おかげでパーティーに間に合ったよ」
「とても刺激的な旅でしたわ。私、ドキドキしっぱなしでした」
なぜか満足した様子の貴族の親子に対し、御者は肩を落として「あたしゃ、もう二度と御免ですよ……」とぐったりしていた。
貴族らと別れた私たちは、カフェのテラス席で休むことにした。
「そういえば、帰り道はどうするの? また、ニードルボールと戦うの?」
私たち2人で相当な数を倒したものの、あの場に巣食っている全てを倒せたわけじゃないと思うんだけど……。
するとローレンツは、「いや、その必要は無いよ」と余裕の表情を崩さない。
「今頃、あの森に到着した傭兵たちが、一匹残らず倒してるだろうからね」
「え、そうなの?」
聞けば、貴族らを急いでこの街へ送り届ける必要があり、傭兵らがあの森へ到着するのを待っている暇がなかったらしく、タイミング良く私が支部に現れたことで、全てがうまくいったとのこと。
あの貴族たちが帰路につく頃には、あの森は元の静かな姿を取り戻しているというわけか。
私は安堵し、目にかかりそうになった前髪を指で払う。
「あ、ティナ、怪我してるじゃないか」
そう言って、私の左腕に触れるローレンツ。
服の袖が小さく裂け、その下の腕がわずかに切れていた。
どうやら、敵の攻撃が掠っていたみたいだ。
ローレンツは、腰に着けていたポーチから小瓶を出し、私の服の袖をまくり上げ、「消毒するよ」と言って傷口に消毒液をかける。
ちょっとピリッと染みたけど、見た目通り大した怪我ではなかったようだ。
彼は流れた消毒液をそっと拭き取った後、絆創膏を貼ってくれた。
……とても手慣れた、そして優しい手当てだった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
そう言ってにっこり微笑むローレンツに、私はドキッとしてしまった。
え? あれ?
なんだろう、この気持ち……。