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02-A

 傭兵になって1ヶ月が過ぎ、ようやくこの生活にも慣れてきた。


 この1ヶ月で、私は仕事を8件こなした。

 始めは、ちゃんと仕事が取れるか不安だったけど、思ったより順調に事が進んでホッとしたものだ。


 まぁ、やった仕事のほとんどが、ファミリアとは一切関係の無い、お使いみたいな仕事ばかりだったんだけどね。

 そもそも、この辺りでファミリアなんか出たら、一大事だし。



 そういえば、ひと月前に戦ったスクランブルバットというファミリアは、協会側も予想していた通り、東のヴァルトラウテ王国から飛来したという調べがついたようだ。


 隣国からファミリアが侵入してくることなんてよくあることなんだけど、オルトリンデの中央近くまで来ることはあまりない。

 だから、何かしら問題になるかと思ったんだけど、あのファミリアによる被害は無かったようなので、新聞などで騒がれることもなく沈静化した。



 ま、そんなことはもういいんだ。それよりも、今私は少し浮かれている。

 だって、ひと月振りだからね。3人揃うのは。



「なんだか、とても久し振りな気がしますね、ティナさん」

「うん、そだね~」

 茶色のもこもことした髪を揺らしながら、跳ねるように汽車を降りた少女に続き、私もホームに降り立つ。


 ここは、オルトリンデ北部の街フェンテス。

 傭兵候補生として3ヶ月間、幾度となく訪れた思い出深い街だ。


 今日はおよそひと月振りに、ある人に会うためにここへ来た。


「ノエリアさん、もういらっしゃっているでしょうか」

「どうだろ。でもなんかさ、初めてここに来た時のことを思い出すね」


「そういえば、あの日も一緒にこの街に来て、こうして駅の外へ向かいましたっけ」

「そうそう」


 あの日から4ヶ月。まだまだ、記憶に新しい。

 絶対に合格してやるんだって、すごく意気込んでた覚えがある。


 あの時の私に言ってやりたいな。あなたの努力は報われるよって。




「あ、ノエリアさん!」

 駅舎を出た先に広がる駅前広場。そこにあるベンチの一つに、見覚えのある後ろ姿があった。


 濃い茶色の長い髪の女性は、私の声に反応して、こちらへ振り返る。


「ティナ! フランカ!」

 パッと笑顔を咲かせて立ち上がった女性は、「待ってたよ~」と私たちの方へ早足で来て、私と隣の少女の手を順に握った。



 私の隣で微笑む少女の名は、フランカ・アルジェント。


 私が傭兵になるための訓練をしていた時に出会った少女で、その後、共に訓練に明け暮れ、傭兵採用試験、傭兵候補生を経て、一緒に傭兵になった私の友人。いや、親友だ。


 そして、その正体はなんとお姫様。このオルトリンデ王国の第二王女で、本当の名前はフランチェスカ・オルトリンデという。


 訳あって城から家出をしていて、今はオルトリンデ西部の街で、兄であるシルヴァーノ王子の活動拠点で暮らしている。



 そして、私たちの前で嬉しそうに笑っている女性の名は、ノエリア・クロッツ。


 傭兵候補生に選出された私とフランカの担当官として、共に3ヶ月間を過ごしたCランク傭兵だ。


 傭兵候補生期間中のとある事件で、彼女は腹を斬られる重傷を負い、入院していた。

 つい先日退院したとの連絡を受け、私、フランカ、そしてノエリアの3人で会う約束をし、今日を迎えたというわけだ。



「ノエリアさん。もう傷は大丈夫なんですか?」

 私の問いに、ノエリアは白い歯を見せながら「大丈夫だよ」と答える。


「まぁ、まだ激しい運動は無理だから、仕事は再開してないけどね。今は、家でごろごろしたり、軽く散歩したりしながら療養中」


 そりゃそうか。手術してから、まだひと月くらいしか経ってないわけだし。傷が開いたりしたら大変だもんね。

 傭兵なんて仕事、激しい動きしかしないし。


「お腹、見せてあげよっか」

 ニコニコしたまま服をめくり上げようとするノエリアに、私は慌てて「いいですいいです!」と制止する。人が少ないとはいえ、こんな場所でそんなことしないでほしい。


 いや、たとえ家の中であっても見たいとは思わないし、見せてくれなくていい。


 ノエリアは「そう?」となぜか残念そうな顔をしてから、自分の頬に手を触れた。


「どう? 顔もこの通り、元通りになってるでしょ?」

「ええ。本当に良かったです。痕が残らなくて」

 フランカにそう言われ、「そうそう。ホント良かったよぉ~」と笑うノエリア。



 例の事件のさなか、彼女はある男に顔がパンパンに腫れ上がるまで殴られた。

 実は私も同じ男に顔を殴られ、左半分が特に腫れてたんだけど、それはすぐに治った。



 ノエリアの顔も、確かに元通りになっている。どこにも違和感は無い。


 実際に会うまでは、もしかしたら何かしら痕が残っているんじゃないかと心配だったけど、ちゃんと治ったみたいで安心した。


「じゃ、立ち話もなんだし、私の家に行こうか。古くてちょっと狭い場所だけど、我慢してね」

 そう言って歩き出すノエリア。私とフランカは顔を見合わせ、彼女の後に続いた。




 ノエリアの家は、駅の東のエリアに建ち並ぶ集合住宅の一室らしい。その集合住宅は、相当古いもののようだ。


 傭兵もCランク辺りから稼ぎが安定するので、もっと作りのいい広い部屋を借りられるはずなんだけど、ほとんど家には戻らない彼女にとっては、住所を得ることが目的のようなものなので、どんな場所でも良かったようだ。



「あ」

 集合住宅に向かう道すがら、私はあることを思い出した。


「そういえばノエリアさん、あいつはどうなりました?」

 問いかけると、ノエリアは「あいつ?」と首を傾げる。


「キースですよ、キース。今も、ビダオラの警察病院にいるんですか?」



 キース・ラブレス。

 例の事件の関係者で、ノエリアに重傷を負わせ、私たちの顔を殴りまくった張本人だ。


 今でも、たまにあいつの顔を夢に見る。そのたびに、吐きそうなくらいの嫌悪感を催すんだ。



「うん。まだ入院してるみたいだね」


 やっぱり。普通の人なら絶対に死んでるであろう大怪我を負った、……いや、負わせてやったんだ。

 1ヶ月やそこらで動けるようになるわけがない。


「ただ、近々中央に移送されるって話だよ」

「え? 中央って、カランカにですか? どうして?」

 ノエリアは「う~ん」と顔を上向ける。


「ビダオラには、あんな凶悪犯罪者を入れておく刑務所が無いってのも理由の一つなんだろうけど、主な理由はほかにありそうね」

「主な理由?」

 ノエリアの顔を見れば、そこにはやや視線を下げた複雑な表情があった。


「……あの救出劇でさ、たくさん亡くなったでしょ、警官や傭兵が。その内の8割くらいがキースによって殺されたんじゃないかって話が、すでに広まっちゃってるんだよ。もちろん、犠牲者の遺族たちにもね」


「……! もしかして……」

 あることに考えが至った私に対し、ノエリアは「そう」と頷いてから言葉を続ける。


「遺族たちによるキース襲撃の噂が立っているみたいでね、警察病院の関係者は戦々恐々としてるらしいの。だから、危険を避けるために中央に移送しようってわけ。カランカなら、凶悪犯罪者を入れておける厳重警備の刑務所があるからね」

 ノエリアは一瞬眉をひそめ、「それに」と言葉を継ぐ。


「あそこには、処刑場もあるから……」

「……」



 あの男は、キースは、人を殺し過ぎた。今回の件以前にも、おそらく奴は多くの人をその手で殺めていることだろう。


 だから、あいつが死刑になるのは当然の流れだ。むしろ、手術を施されて今も病院のベッドで寝ていられる現状の方が不自然。

 まぁ、それは仕方のないことなんだけど。


 だってあいつは、ちゃんと裁判で死刑を宣告されなきゃいけないんだから。


 そうしてようやく、あいつは処刑という形でこの世から消える。それで遺族全員が納得するとはとても思えないけど、救われる心も少なからずあるはずだ。

 そう思うしかない。



「正直、いろいろ考えちゃうんだよね。どうしてあいつは、あんなふうになっちゃったのかな、とかさ。まぁ、考えたところで何も変わらないんだけど」

 そう言って、複雑な思いを乗せたままの笑みを浮かべるノエリア。


 いくら剣の師を見殺しにされて恨んでいても、一緒に剣を学んだ日々があるから、あいつに対する情みたいなものが少しはあるんだろうな……。




「あ、見えてきた。あれだよ、私の住んでる集合住宅」


 それから少し歩いた先にあったのは、そりゃもう見るからに古そうな建物だった。


 二階建てで作りはしっかりしてそうだけど、汚れきった壁にはよくわからない植物のツタが這い回り、入り口をくぐれば、目の前には錆びた手すりの汚い階段が。


 それよりも驚いたのは、周囲にも同じような様相の集合住宅が建ち並んでいることだ。


「この辺りの集合住宅にはね、もうちょっと向こうにある工業地域で働く従業員さんたちが多く暮らしてるんだよ。こんな見た目だから家賃は格安でね。お金の無い若者たちや出稼ぎの人たちにも人気ってわけ」


 なるほどなと思いながら、隣を歩くフランカを見やると、彼女は珍しいものでも見るように、そしてなぜか楽しそうに、きょろきょろと建物内を眺めていた。嫌な顔一つしない。


 ……ホント、この人はお姫様っぽくないよなぁ。




「ここだよ」

 階段を上がって右端の部屋の前で止まったノエリアは、服のポケットから鍵を出してドアを開け、「どうぞー」と私たちに入室を促す。


 部屋に入ろうと一歩を踏み出したその時、隣の部屋のドアがガチャリと開いた。


「ん~、ノエリアぁ。まだ安静にしてなきゃ駄目だぞ~」

「モニカ?」


 部屋から出てきたのは、濃い山吹色の髪の、眼鏡をかけた女性だった。

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