01-B
掘り出した最後の青黒鉄を運び出す頃には、すでに日が傾き始めていた。
「あ~、疲れたぁ」
掘っては運び、掘っては運び、坑道の前には小さな山ができていた。
ここにある青黒鉄は全て、私が運び出したものだ。
見れば、軍手だけでなく、全身が黒く汚れている。髪の毛もなんだかじゃりじゃりするし、この分だときっと顔も汚れているだろう。
「……」
何より、大量の汗で肌にべったりとくっつく服が不快だ。嗅いでみれば、当然だけど汗臭い。髪も顔もべったべた。
一刻も早く、風呂に入りたいところだ。
「お疲れさん」
私に続いて坑道から出てきたジーノも、汗だくだ。頭部に浮かぶ大量の汗の粒が、キラキラと光っている。
「あ、はい。お疲れ様です」
「後は業者に任せよう。明後日には、俺の工房に届くはずだ」
運び出した青黒鉄は、この後専門業者の手によってアルテタ山から近くの街へ運ばれ、そこで箱詰めされた後、馬車に積まれてモンテスにあるジーノの工房へ送られることになっている。
つまり、私の仕事はこれで終わりということだ。
ホント、疲れた。こりゃあ、しばらく筋肉痛だな。
とりあえずタオルで汗と汚れを拭いてみるけど、汚れの塊が一つ増えただけだった。
やっぱり、風呂できれいにするしか爽快感を得る方法は無いようだ。
「よぉし、じゃあ、下の事務所に一言入れて帰るか」
「はい」
自前の道具を担いで歩き始めるジーノ。
私もバッグを肩に掛け、剣を腰のベルトに差し、彼の後を追う。
「……?」
けれど、すぐに足を止める。なんだろう。なんか、視線を感じる。
「ん、どうした、ティナ」
少し離れた場所で振り返ったジーノが、私に声をかける。
「……――!」
周囲に視線を巡らせていた私は、ハッとして空を見上げた。
坑道へ続く山道を囲む森林。
その中の一本の樹木、私たちのすぐそばにある木のてっぺんに大きな黒い影を見つけ、私は硬直した。
それは、鳥の形をしている。
だけど明らかに、大きさがおかしい。普通じゃない。
「……ティナ。ありゃあ何だ」
ジーノも気が付いたようだ。そして、私はその質問に対する答えをすでに用意していた。
「ファミリア……」
「ファミリアぁ?」
そう。あれは、ファミリアだ。
あんな大きな鳥はいないし、何より、くちばしのシルエットが異様さを醸し出している。
くちばしが、……二つある。と言うより、頭部が二つあると表すべきか。
だけど、それらは分かれてはおらず、ぴったりと同化している。
「うおっ、飛んだぞ!」
ファミリアはしわがれた声を発し、木のてっぺんから飛び立った。
そして、私とジーノがいる場所の上空をぐるぐると旋回し始める。
……明らかに、あいつは私たちを狙ってる。そう確信した私は、バッグを地面に放り、剣を抜き放った。
「お、おい。戦うつもりか?」
動揺を塗りたくった顔でこちらを見るジーノに対し、私は冷静に言葉を紡ぐ。
「私たちが狙われている内に倒すべきです。逃したら、どこでどんな被害が出るかわからない」
あいつは、ここで倒さなきゃ駄目だ。そして今、それができるのは私しかいない。
「ジーノさんは、物陰に隠れていて」
「お、おう。でも、大丈夫なのか?」
心配そうに私を見つめるジーノに、私は「大丈夫」と力強く返答。
「――!」
直後、ジーノが動き始めるのと同時に、上空にいたファミリアが急降下してきた。
「走って!」
私は叫び、ジーノの方へ駆ける。
しかし、ジーノはファミリアに視線を釘付けにしたまま動けないでいる。迫るファミリア。
間に合え!
「だぁっ!」
足のバネを使って思い切り跳び、空中で剣を振り上げ、ちょうど前方に下りてきたファミリアめがけて振り下ろす。
「!」
どうにか、ジーノが餌食になるのは防いだものの、私は驚愕した。
ファミリアは再び上空へ。だけど、さっきより高度は低い。
空振り……。あいつ今、どんな動きをした?
振り下ろした私の剣が届く直前、あいつは素早く方向転換した……ように見えた。
あの速さで下りてきて、あんなに急激に曲がれるものなのか?
しかも、攻撃を避けたってことは、私の攻撃が見えてたってことだ。
視野が広い。動きも素早い。
……ただの雑魚ファミリアではない?
「今のうちに、早く!」
固まっているジーノに向かって声を荒らげ、慌てて動き始めたジーノを横目で確認した後、ファミリアを見上げる。
「……」
これで、あいつは私を標的に定めたはず。
その思い通りに、ファミリアは威嚇するように耳障りな声を発した後、私めがけて急降下してきた。
向かってくるなら、返すだけだ!
剣を構え、勢いよく前進した後、素早く小さく横へ跳びつつ剣を振る。
その刀身は、一直線に向かってくるファミリアの頭部を両断するタイミングのはずだった。
「――?」
が、また空振り。直後、一瞬の突風。
見れば、ファミリアはまた方向転換し、上空へ上がっていくところだった。
今の突風は、あいつが私の攻撃を避けるために方向転換した際に生じたものか。
「くっ」
腹立つな、こいつ。馬鹿にされている感じだ。来るなら来いよ。
「……よし」
それならと、私は敵に背を向けて走り出す。全速力で。
ちらりと後ろを見ると、狙い通りにファミリアは私を追って急降下、接近してきていた。
速い。このままじゃ、10秒もしないうちに追いつかれる。
……だけど、本気で逃げるつもりなんて無い。その逆だ。
「ふっ!」
タイミングを見計らい、地についた足を踏ん張ってぐりっと急反転。そしてそのままその足のバネを使い、すぐ後ろにまで迫ってきていたファミリアめがけて跳ぶ。
さすがにその動きには驚いたのか、ファミリアは慌てたように大きな翼をバサバサと暴れさせるけど、今度は、――捉えた!
「ふんっ!」
手応えは薄い。だけど、私の一閃は確実にファミリアに直撃し、右翼を骨ごと大きく斬り裂いた。
濁った悲鳴を上げ、上空へ逃げようとするファミリアだけど、片方の翼が裂けているせいで、うまく飛べないでいる。
その隙を、逃すわけがない。
やや高めの位置でもたもたしているファミリアの直下まで移動し、跳び、弧を描くように剣を振る。
刀身は、易々とファミリアの左翼を根本から斬り飛ばし、後は落下していくだけのファミリアに対し、着地と同時に剣を突き出すだけだ。
頭と頭の間を貫かれ、潰れたような声を上げたファミリアは、わずかな痙攣を残して絶命した。
一息ついて、ファミリアの死骸を剣を振って落とし、まじまじと観察する。
……一言で表すなら、とにかく気持ち悪い外見のファミリアだ。
二つの頭部は根本から頭の先まで横に連なり、くちばしは二つあるものの、目は左右に一つずつしかない。
大きく見えた身体は、実は翼が大きかっただけで、その翼はまるでコウモリの翼のような形をしている。
全身はカラスのように黒っぽいけど、よく見れば赤い斑模様が混ざっている。
見たことのないファミリアだ。名前は何て言うんだろうか。
いや、そんなことより、こんなオルトリンデの内地にファミリアが現れるなんて……。
「……」
そういえば、私が傭兵採用試験に向けて訓練を始めたばかりの頃、モンテスにファミリアが侵入してきたことがあったっけ。
あの時の奴とは種類は違うけど、今度はまぐれじゃない。
自分の力で倒したんだ。自分1人で。
「ティナ! 大丈夫だったか」
ファミリアが死んだのを確認してか、ジーノが駆け寄ってきた。
私は「大丈夫です」と笑い、もう一度剣を振って血と脂を落とし、鞘に戻す。
「すげぇな、お前。あんなにふうに戦えるんだもんな。本当にお前、傭兵になったんだなぁ……」
しみじみとそう褒められ、私は「えへへ」と照れておいた。
アルテタ山の麓、私たちがいた場所から少し下った場所にある鉱山管理者の事務所へ立ち寄り、運搬業者の手配を行った。
その際、管理者にファミリアが出たことを告げたら驚き、そしてそれを私が倒したことを知ってまた驚いていた。
日が沈みかける頃にモンテスに到着した私たちは、すぐに傭兵支援協会支部へ向かい、仕事完遂を報告。もちろん、ファミリアのことも報告しておいた。
その時に伝えた特徴から、私が倒したのはスクランブルバットという名前のファミリアであることを知る。
オルトリンデへの侵入経路などに関して、すぐに調査を始めるそうだ。
「お疲れさん、ティナ。今日はありがとな。これからも頑張れよ」
商店街の賑わいが届く十字路。ここでジーノとはお別れだ。
「はい。初仕事がジーノさんの手伝いで良かったです。ありがとうございました」
「そうかい。んじゃ、また何かあったら頼むよ」
笑顔でそう言い残して立ち去っていくジーノを見送り、帰路につく。
あ~、疲れた。
家に帰ったら、まず風呂に入ろう。
今回から、日曜日の夕方に投稿時間を変えました。
これからもよろしくお願いします。