01-A
豊かな緑広がる長閑な山。その中にある坑道の一つから、私はよろよろとガニ股で歩きながら外に出る。
長い間薄暗い場所にいたせいで、日差しの眩しさが何割か増しているように感じた。
どうしてよろよろしているのかと言えば、重たい鉱石を山積みにした運搬用の一輪車を押しているからだ。
「よっ、いしょっと。……ふぅ~」
坑道から出て少し進んだところで足を止め、一輪車の取っ手から手を放して一息。
腰に手を当て「う~ん」と上体を反らし、戻してまた一息。
首に掛けていたタオルで、流れる汗を拭う。
「お疲れさん。そろそろ、昼飯にするか」
そう言いながら、私に続いて坑道から出てきたのは、きれいに剃られた頭を輝かせた、逞しい肉体を持つ男性。
日に焼けた浅黒い肌に、汗の滴も光っている。
「え。でも、まだ……」
まだ、運ぶべき鉱石は随分残っている。
「んなこと言ってもお前、さっきからフラフラして危なっかしいぞ。とにかく休め」
私の肩をべしっと叩いて横を通り過ぎて行く彼は、父の幼馴染で、私もよく知る人物だ。
名前はジーノ・フェリーニ。
私が暮らすモンテスの街の凄腕鍛冶師で、私の剣を作ってくれたのも彼だ。
そして私は今、彼の仕事の手伝いとしてここに来ている。
「そういやぁ、昼飯作ってきてくれたんだよな」
足を止め、振り返るジーノ。私は、「あ、はい」と返事して、彼の後を追った。
ごつごつとした岩場の中、平らで座れそうな場所に腰を下ろした私は、バッグから大きめの弁当箱を取り出し、包みを解いた。
そして蓋を開けると、ジーノの「ほぉ~」という感嘆の声が上がる。
「あのぉ、これ、ジーノさんの。こんなに食べられますか?」
弁当箱には、サンドイッチがびっちり詰まっている。
いつもよりちょっと早く起きて、気合いを入れて作った結果、気付けば大量のサンドイッチが完成していた。
それらを用意した弁当箱に入るくらいに切って詰め込み、持参したというわけだ。
それを差し出すと、ジーノは白い歯を見せて笑った。
「こんな美味そうなもん、残すわけねぇだろ。ありがとな、ティナ」
ジーノは弁当箱を受け取ると、一つサンドイッチを抜き取り、バクバクと頬張り始めた。
そして、口をもごもごさせながら、「ん~」と微笑む。
「美味い。美味いよ」
そう言って、次々にサンドイッチを口へ運ぶジーノを見て、私は「よかった」と安堵。
もう一つ、ジーノに渡したのより一回りは小さな自分の弁当箱も出して、同じくサンドイッチを食べ始める。
「人に弁当を作ってもらうのなんて、何十年振りだろうなぁ」
そのしみじみとした呟きに、サンドイッチを口に運びかけた手が止まる。
ちらりとジーノを見やると、彼もまた手を止め、どこか遠くを見つめていた。
……そういえばこの人、まだ独り身だっけ。子供の頃とか、昔の彼女とかの思い出にでも浸っているのだろうか。
「なぁ、ティナ」
「! えっ、はい?」
突然名を呼ばれ、慌てて返事をする。
「こっちから押しかけといてなんだけどよ、傭兵としての初仕事が、こんなのでよかったのか?」
「え?」
私の父から、私が傭兵になったことを聞いたジーノが家にやってきたのは、傭兵になって3日目の夕方。昨日のことだった。
学校から帰ったらすでにジーノが家にいて、父と談笑していた。
そして、私の姿を見るや、「初仕事だぞ、ティナ」と父が笑って立ち上がり、困惑する私を席につかせ、聞いてもいないのに事情を説明し始めた。
そうして、あれよあれよという間に、今回の初仕事が決まってしまったわけだけど、別に嫌ではなかったな。
「……えっと、ちゃんと仕事が見つかるか不安だったから、ありがたく思ってます」
突然の話だったけど、これが私の初仕事になるんだって思ったら、ホッとしたし、気合いも入った。
気合いが入ったからって、わざわざ2人分の弁当をこしらえちゃうとは思わなかったけど。
初仕事ってことで、緊張とか動揺のせいもあったんだろうと解釈してる。
山の近くに街があるんだから、食事なんてそこで済ませればいいんだもんね。
「そうか。でも、ほとんど力仕事だからな、疲れたろ」
このくらい、ファミリアとの戦闘に比べればどうということはない、……と言いたいところだけど、重たい石を何度も何度も運ぶというのは、かなりの重労働。
身体中の筋肉がすでに悲鳴を上げている。
でも、頑張らなきゃ!
「はい、少し。でも、午後からも頑張ります」
握り拳を作って言い放つ私に、ジーノは「おう」と笑い、手にしていたサンドイッチの残りを口に放り込んだ。
ジーノの仕事の手伝いというのが私の初仕事なわけだけど、その仕事内容は、彼が言った通り、力を使うものばかりだった。
今私たちがいるのは、モンテスから北東へ1時間ほど行ったところにあるアルテタという小さな山の中。
この山では、“青黒鉄”という鉱石が採れる。
それは、剣の材料となる鉄の中でも指折りの強度を誇り、ジーノが作る剣には全てこの青黒鉄が使われている。
もちろん、私の剣も例外ではない。
そんな青黒鉄だけど、これがすごく重たい。
重たいのは単純に、掘り出されるひと塊が大きいせいなんだけど、これを拾い上げては一輪車に積み、足場の悪い中を押して進むというのはかなり疲れる。
青黒鉄を掘り出す作業は、慣れているジーノがやっている。
一回だけやらせてもらったけど、道具も重たければ壁も硬い。
きっと何かしらのコツがいるんだろうけど、私じゃどうにも作業が進みそうになかったので、掘り出した青黒鉄を坑道の外へ運び出すことに徹している。
……しっかし、この作業をもし毎日続けていたら、かなりガタイのいい女になりそうだな。
それくらいの重労働だ。
「それにしても、まさか本当に親父と同じ傭兵になっちまうなんてな」
昼食を終え、弁当箱を片付けていた私の耳に、ジーノの声が滑り込んできた。
「クレイグがお前のために剣を作ってくれって頼みに来た時もそりゃ驚いたもんだが、お前が傭兵になったって聞いた時の驚きの方がでかかったよ」
明るく話すジーノに、私は笑みを浮かべておくことにした。
「お前が傭兵を目指し始めた頃から、クレイグの奴は変わったよ」
「……」
確かにそうだ。
「あいつ、右腕を失ってから人が変わったみてぇに暗くなってよ、毎日酒ばっか飲んでやがった。そりゃあ、あいつにとっては傭兵として働くことが生きがいみてぇなもんだったからな。ああなっちまうのはしょうがねぇとは思ってた」
そんな父に、ジーノは昔と何ら変わらない調子で接していたことを知っている。
「それがだ。お前に特訓をつけ始めてからは、飲んだくれになる前のあいつに戻ったんだ。なんかこう、いきいきとしてるっつーかさ。きっとあいつは、お前に生きがいを見出したんだろうな」
「私に?」
頷くジーノ。
「ああ。お前を絶対に傭兵にする。それがあいつの新しい生きがいになったんだ」
……そっか。そうだったんだ。
「お前が傭兵になった今は、傭兵として活躍するお前を見守るのが、あいつの生きがいみたいだな。俺にお前のことを報告しに来た時に、そんなようなことを言ってたよ」
「そう、ですか……」
そんなこと、言ってたんだ。
「だから、あいつが立ち直れたのは、お前のおかげだよ。親友として、礼を言うぜ」
「えっ、あ、どうも……」
こりゃあ、これから頑張っていかなきゃいけないな。父の期待に応えなきゃ。
そう意気込んだ私の横で、ジーノの明るさが薄くなっていく。
「……だが、今でも酒が入ると本音を漏らすよ。傭兵を続けたかったとか、働きてぇとかさ」
私が傭兵候補生になった辺りから、10日に1回くらいの頻度で、父はジーノと酒を飲みに行くようになった。
以前のように、べろべろに酔っ払って帰ってくることはないけど、そんなことを言ってたなんて。
「40代でも、普通なら再就職口はいくつかあるもんだ。あいつくらい名声があって、力も体力もあるなら、それこそ引く手あまただったろう。それが、利き腕が無いってだけで門前払い。障害者にとっちゃ、厳しい世の中だよな。まぁ幸い、お前が傭兵になれたから良かったものの、そうでなきゃどうなってたことか……」
それに関しては、私も何度か考えたことがある。
本当に、傭兵になれて良かったと思う。
「やっぱり、娘だけを働かせることに、何も思わないってわけじゃないんだろう。だから、酒を飲むたびにあんなことを言うんだ。……何か、あいつにもできる仕事はねぇだろうか」
やっぱり、親友っていうだけのことはあるな。この人は、ずっと父のことを心配してくれてるんだ。
父にもできる仕事、か。……そんなこと、考えたこともなかったな。
だって、私が傭兵になって父の代わりにお金を稼いで、それで家族を養っていければそれでいいってずっと考えていたから。
でも、そっか。……そうだよね。まだ40代だし、働きたいよね。
う~ん……。
「さてと」
そう言って立ち上がったジーノを見上げる。
「ごちゃごちゃ考えててもしょうがねぇし、そろそろ残りの作業に取りかかるか」
ズボンのポケットから汚れた軍手を取り出してはめながら、ジーノは坑道の方へ歩き出す。
「はい」
話を始めたのは誰だよと思いつつも立ち上がり、その背を追う。
……とりあえず、今はこの仕事に集中しよう。
考え事をするのは後だ。