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12-B

 アレットの誘いで彼女の家で昼食をとった後、私の部屋から持ち出された物をバッグに詰めて、およそひと月振りに自宅に帰った。




 するとすぐに、父がリビングの方から飛び出してきた。


「おう、お帰り、ティナ。なんか久しぶりにお前の顔を見た気がするぞ」

 その言葉に私は小さく吹き出し、「ただいま」と応じる。


「っていうか、気がするんじゃなくて、実際に久しぶりなんだよ」

 ひと月以上、一度だって会っていなかったんだから。


「まぁとりあえず、こっち来て座れよ。昼飯は食ったのか?」

「うん。アレットがご飯食べていきなよって誘ってくれたから」

「そうか。本当にいい子だな、あの子は」

「うん」


 部屋の入り口に鞄とバッグを起き、父の後に続いてダイニングへ。




「お父さんは? もうお昼食べたの?」

 問いかけると、父は「ああ、外で食ってきた」と答える。


 私は「そう」と応じ、ダイニングの隣のリビングへ行き、ソファに腰を下ろす。

 向かいのソファに、父も座る。


「で、どうだった。試験、ちゃんとできたか?」


 ソファに座った途端、どっと疲れが溢れ出し、それが全身を蝕んでいく感覚を覚えた。

 返事をするのも億劫だなと思いつつ、私は「うん」とだけ発して頷く。


「そうか、そりゃよかった。これで後は、卒業式を待つだけだ」

「その前に、結果発表を待たなきゃだけど」

 溜め息混じりの私に、父は「ああ、そうだな」と笑う。


 それからすぐに、「あ」と言葉を続ける。


「そうだ。お前の剣、もう直ってるぞ」

「え?」

 父はリビングの壁の方を指差した。首を巡らせれば、壁に立て掛けられた剣を見つける。


 私は疲れを忘れて立ち上がり、剣を手に取って抜き放つ。

 半ばから折れて無くなっていた刃は、しっかり元通りになっていた。


「お前がアレットちゃんの家に行った日にな、あの子がお前の折れた剣を届けてくれたんだ。で、その日の内に俺がジーノんとこに持って行った。あいつすぐに直してくれてな、翌日には届けてくれたよ。お前、あいつによっぽど気に入られてんだな」


「え? ああ、うん。そう、なのかな」

 初仕事でお世話になって以来、何度かジーノの仕事を手伝っていたことを思い出す。


 あの人も私のこと、気に入ってくれてるのかな。


「ありがとう、お父さん」

「礼ならジーノに言えよ。ああそれと、アレットちゃんにもな」

「うん」


 本当に、いろんな人に支えられているんだなぁ、私。




 弟スヴェンと妹ミリィが学校から帰ってくるまで、私はどこへ行く気にもなれず、自室のベッドで休むことを決めた。


「……」

 ひと月振りの、自分の部屋。


 天井、壁、窓、床、そして勉強机に小さなタンス。そして、今私が寝転がっているベッド。


 何から何まで、久しぶりだった。


 けれど、それ以上の感慨は無かった。

 これまでだって、何度か長期間に渡って家に帰らなかったことはあるからね。

 懐かしさに浸ることに、慣れたっていうのかな。


 そしてそんなことより、私が深く深く感じていることはほかにある。


「……疲れた」

 そう。私は疲れていた。仕事の疲れとはまた別の種類の疲れだ。


「あ……」

 今私、仕事のことを思い出したな。


 ああ、そうそう、私は傭兵だった。

 何もかもを、思い出した。


「あ~、長かったぁ……」


 深い深い溜め息と共にそう漏らした私は、その後、帰宅したスヴェンたちが起こしに来るまで、熟睡していた。




「お帰り! 姉ちゃん!」

 ベッドで眠っていた私を大きく揺さぶって起こしたスヴェンとミリィは、寝ぼけ眼の私の眠気が吹っ飛ぶほどの大声で、声を揃えてそう言い放った。


 その元気な笑顔に、私は息を吐きながら笑みを浮かべる。

 ……まったく、相変わらずだな。


 ベッドからふらふら~っと下りた私は、私を見上げる二対の瞳に胸が熱くなり、思わず2人を胸に抱き寄せていた。


「ただいま」

 そして、2人の頭をわしゃわしゃと撫で回して、さらに抱き寄せる手に力を込めた。


「いたたたっ、痛いよ、姉ちゃん」

「苦しい苦しい」

 おっと、嬉しくてつい。


「ごめんごめん」

 解放してやると、2人は顔を見合わせ、なぜか私をベッドに突き飛ばした。


「なっ、なにすんの!」

 驚く私に、2人は揃ってニヤリと口角を上げる。


 先に口を開いたのはミリィだ。


「今から、腕によりをかけてご飯を作るからね。できるまで、もう少し寝てていいよ」


 スヴェンが言葉を継ぐ。


「ご飯できたら、また起こしにきてやるよ」


 そう言い残し、2人は「じゃーねー」とどたどた足音を立てながら部屋から出て行った。


「……」

 だったら、ご飯ができてから起こしにくればよかったんじゃないの?


 ……まぁいいや。もう少し、寝よう。




 ひと月振りの我が家での夕食。

 家族で食卓を囲んで食べるご飯は、とても美味しかった。


 いや、アレットの家で食べたご飯もそりゃ美味しかったんだけど、やっぱり家族揃っての食事は特別だ。


 ミリィの作る野菜スープを久しぶりに味わい、私は思わず涙が出そうになった。


 ああ、やっぱいいなぁ。我が家って。




 そして2日後、学年末試験結果発表の日。その放課後。

 私は、アレットにそれらを渡した。返却された、4教科分の答案用紙だ。


「……よかった」

 そこに記された点数を見て、アレットは肩の力を抜いた。私は「うん」と頷く。


 4教科共、試験日に感じた手応えの通り、落第点は無かった。


 答案用紙返却の際、もっとドキドキするものだと思っていたけれど、蓋を開けてみればあっさりとしたものだ。

 さすがに、苦手な数学の結果を見る時はちょっと緊張したけれど。


 4教科全て、平均点。

 放課後、廊下に貼り出された順位表を見れば、私の名前はやっぱり真ん中くらいにあった。


 ちなみにアレットは、驚くべきことに、順位を落とすどころか上げていた。

 一体この子はどういう頭をしているんだろうかと、少し恐ろしくなったよ。




 帰宅途中にまた中央広場に立ち寄り、ベンチに並んで座る。

 見上げる空は、きれいに赤く染まっていた。


「本当に、ありがとう。アレット」

 もう何度言ったかわからないお礼を、私はまた自然と口にしていた。


 私1人では、こうはいかなかった。確実に、全教科落第点を取っていた。

 アレットには、感謝してもしきれない。


「もう。3回目だよ、それ。何回言うの? それに、これももう3回目だけど、あれだけの点数が取れたのは、ティナが努力した成果なんだからね。私は、少し力を貸しただけ」


「でも、やっぱりアレットのおかげだよ。アレットがいなかったら、私はきっとここまで頑張ることはできなかったと思う。何度だって言うよ、っていうか言わせて。ありがとうって」


 このままここで、アレットに抱きついてしまいたい。

 そんな衝動に駆られていた私に、なんとアレットが肩を寄せてきた。


 え? もしかして、心を読まれたのか?

 ……と思ったら違った。


「ところでさぁ、ティナ。私ね、ティナがここに帰ってきてからずっと聞きたかったことがあるんだ」

「え? な、なに?」

 聞きたいこと? 何だろう。ドキドキ。


「えっとね、その、……あのローレンツって人とは、どういう関係なの?」

「……へ?」

 ドキドキは、別のドキドキへと変貌する。


「ど、どうって……?」

「もしかしてティナ、あの人のこと好きなの? っていうか、付き合ってるの? ねぇ、どういう関係なの? 教えてっ!」

「ちょっ、ちょちょちょっ……!」

 ぐいぐい迫ってくるアレットに、私はついにベンチの端まで追い詰められる。


 彼女の顔は、鼻先がくっつきそうなくらい目の前だ。

 そのギラギラ輝く双眸に見つめられながら、私は返答の口を開く。


「……あ、あの人とは、……別になんにも無いよ。ただ、これまで何度か会ってちょっと言葉を交わしたり、この前は怪我をした私をただ送ってくれただけで……」

 嘘は言ってない。言ってない……と思う。


 私の内心まで見透かそうとするかのごとく私の目を凝視していたアレットは、やがて「ふぅん、そう。なーんだ」とつまらなそうに顔を離して身体を引き、座り直した。


 信じてくれた、かな?


 ……っていうか、これをずっと聞きたかったって、もしかしてこの子、それを糧に、このひと月私のために頑張ってくれてたってこと?


 そんな余計なことを考えながら、私に勉強を教えて自分は成績を落とさないとは、ホント、恐れ入るね。




 それから2週間が経ち、ついにミドルスクール卒業式の日がやってきた。


 思い起こせば、在学期間の半分くらい、およそ1年半の間に本当にいろんなことがあったな。

 いや、さらにその1年ほど前には父の傭兵引退という大事件があり、それからずっと苦労し続けてきたわけだから、実に波瀾万丈な3年間だったと言える。


 そしてこれからは、私は一家の大黒柱的存在となり、傭兵として仕事をして家計を支えていかなければならない。


 むしろここからが、私の波瀾万丈な人生の始まりなのかもしれないな。

 その、新たなスタートラインに立ったんだ。


 ……頑張ろう。




「私も、頑張るよ」


 卒業式が終わり、クラスメイトたちとの別れも済ませた私とアレットは、並んで帰路についていた。


「そっか。アレット、協会員になるんだったね」

「忘れてたの?」

 眉を寄せるアレットに、「そんなことないよ」と慌てる私。


「頑張ってね。私、応援してるから」

 アレットは嬉しそうに「うん」と笑った。今日も、彼女のおでこは綺麗だ。


「ねぇ、ティナ」

「ん、なぁに?」

 立ち止まったアレットは、私の方を向いて、右手を差し出してきた。


「これからも、ずっと友達でいようね。ティナ」

「アレット……」

 私も右手を出し、彼女の手を握る。


 ぎゅっと握り返してくるその手は、私の手より少し小さくて、柔らかかった。


「もちろんだよ、アレット。私たちは、ずっと友達だよ!」

 そうして私たちは笑い合う。



 この先、きっと様々なことが私たちを待ち受けているだろう。

 でも、どんなことがあっても、この絆が消えることはない。

 私は、そう信じている。


 いつまでも、信じ続ける。




 ――マーセナリーガール・仕事と学業の両立 END――

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