08-A
マリサたちが共同生活を送る家の中は、外観通りそこまで広いということはないものの、元々金持ちが住んでいただけあって、広めのエントランスや二階へ上がる階段、廊下の壁や部屋の天井に下げられた電灯などに、装飾的なこだわりが感じられた。
試験を終え、ヘルムヴィーゲに帰ったおよそ2ヶ月後、マリサたちはこのアマビスカを訪れた。
そして、傭兵として稼いだ金を3人で出し合って、この家を買ったらしい。
テッサいわく、超格安で。
それがどのくらいの値段なのかはわからないけれど、傭兵になって2ヶ月、しかも低ランク傭兵なのにもかかわらず、家一軒買えてしまうほどに稼いでしまう彼女らは、やっぱりとんでもないなと感じた。
きっと、それだけファミリア関係の仕事が多いんだろう。
そして彼女らは、きっちりそれらをこなしてきたわけだ。
……ホント、すごいよ。
どうやらマリサは、ここより少し東へ仕事に出ているようで、今日は戻らないだろうとテッサは言った。
どんな仕事かと問えば、それはやっぱりファミリア関係なんだけど、その内容が凄かった。
なんと、すでに高ランク傭兵たちに混ざって仕事をしているのだという。
しかも、全く足手まといになることなく。
この辺りの傭兵や協会員たちには、すでに彼女の天才っぷりが知れ渡っているようだ。
それに対し、リュシーは不満そうだったけど。
……活躍しているだろうとは予想していたけれど、まさかすでに低ランク傭兵の域を超えているとは思ってなかったよ。
傭兵になっただけじゃ追いつけないのはわかっていたけれど、これはもう、並の努力じゃ絶対に埋められないくらいの差がついていそうだな、あの子とは。
なんか、すっごく悔しいよ……。
明日には帰ってくるだろうから、今日はここに泊まっていってくれというテッサの言葉に甘えて、私とフランカは二階の空き部屋を使わせてもらうことに。
それほど広くない部屋だから掃除はすぐに終わったんだけど、部屋にはベッドが一つしかない。
そこでフランカが、嬉々として「一緒に寝ましょう」と提案するけれど、私は部屋にあるソファで寝るからと言って、やんわりとお断りした。
翌朝、テッサと私で作った朝食を食べ終えた後、4人で外出。
マリサが戻ってくるまで、アマビスカの街なかを見て回ることにした。
リュシーは嫌そうな顔をしていたけれど、なんだかんだ言って結局ついてきてくれる。
口は悪いし態度も大きいけれど、根っからのワルじゃないんだよね、この子。
などと見直していたら、そのリュシーが急に駆け出した。
「どうしたの、リュシー」
すぐにその後を追うテッサに続き、私とフランカも走る。
「ファミリアだ」
短く答えるリュシーに、テッサは「どこ?」と問う。
「あそこだ。いくつか動いてる影が見えた」
街外れのこの高台からは、東に広がる草原がよく見渡せる。
そして、リュシーが指差したのはその草原の中。
「あ……」
確かに、遠くで何かが動いている。
その影が向かう先には、小さな森。
そしてその森の外周に沿うようにして、いくつかの民家らしき建物が並んでいるのが見えた。
「早く行かないと!」
慌てる私とは対照的に、リュシーは「大丈夫だ」と落ち着き払っている。
「何言ってんの? 早くしなきゃ、あそこに住んでる人たちが……」
「だからぁ、大丈夫なんだって。あそこにゃもう誰もいねぇんだから」
「え?」
誰もいない? もう一度遠くにある家屋を見やる。
「あの辺の家に住んでた奴らは、1人残らず殺された」
「殺された……?」
「ああ。つい最近のことだ。生まれた土地を離れたくないとか抜かしてたジジババや、ほかにも何組かの貧乏人共が住んでたんだが、ある日あたしらがファミリアを倒すついでに見回りに行ったら、すでに全員殺されてたんだ」
その時のことを思い出したのか、リュシーとテッサは顔を曇らせる。
「……現場は、酷い有り様でした。全員、原型を留めないくらいに八つ裂きにされていて、家の中は赤黒く染まっていました。だから、死体を片付けてもなかなかその、……臭いが消えないんだと思います」
「もしかして、あのファミリアたちはその臭いに誘われて?」
フランカがそう言うと、テッサが「でしょうね」と頷いた。
「もう人間はいねぇが、奴らを放っておくわけにはいかねぇな。行くぞ」
そう言って駆け出すリュシーにテッサが続き、私とフランカも後を追った。
森の近くに並ぶ家屋は、いずれも襲撃された時のままのようだ。
どの家も、玄関のドアはすでに無く、窓ガラスもほぼ全て割れている。
そして、そのボロボロの家屋の周囲をうろつく影は、二足歩行だ。
「あれって……」
離れた草むらから奴らを窺っていた私は、いや、ここにいる4人共、あそこにいるファミリアのことを知っている。
「懐かしいだろ」
リュシーはすでに、標的への殺意に目を輝かせていた。
「アサルトウルフ……!」
そう。それは、あの日危うく殺されかけた相手と同じ姿をしていた。
傭兵採用試験の最終試験最終日。
その日受験者たちの相手として用意されていたのが、青い体毛で覆われた筋骨隆々の肉体を持つ狼型のファミリア、アサルトウルフだった。
四足歩行も二足歩行も軽やかにこなすそいつは、狼の獰猛さと人間の体術を併せ持った強敵。
私は戦闘開始早々に追い込まれ、意識を失う寸前まで傷めつけられた。
それでもどうにか勝てたものの、まぐれと言われても全く否定できない勝ち方だったのを、かなり鮮明に覚えてる。
「ちょうど4匹だな。よし、誰が一番早く殺せるか勝負するか」
そう言って立ち上がったリュシーは、腰の剣を抜き放つ。
「勝負、ですか」
フランカは質問したわけではないようだ。
楽しげに輝く双眸、そしてその表情には、これから行うことに対する期待と高揚が見て取れる。
その手は、すでに剣の柄をぎゅっと握っていた。
「リュシーや私はいいとして、ティナさんたちは大丈夫なの? ちゃんと戦えますか?」
剣を抜きながら、私とフランカを見据えるテッサ。
「問題ありません」
その言葉と鞘走りの音を返答とするフランカ。
テッサの目が、いや、3人の目が、私に集中する。
「わ……」
私は、戦えるのか?
あの時、あれだけ苦戦した相手に、私はまともに太刀打ちできるのか?
……でも、ここでこれ以外の答えを発するわけにはいかない。
「私も、やれるよ」
やってやる。あの時の私とは違うんだ。
リュシーとテッサは、揃って口の端を上げる。
「それじゃ、行くか」
リュシーの言葉を合図に、私たちは草むらから駆け出した。
風を切って繰り出された右の拳の下をくぐり、剣を振る。しかし、アサルトウルフは後ろへ跳んでそれを軽々と躱した。
そして、着地と同時に前進。上へ跳びつつ身体を回転させ、蹴りを放ってきた。
「うっ!」
横へ跳び、さらに細かいステップを踏んでどうにかそれを回避できたと思いきや、迫り来るは左拳。
「うぅっ!」
どうにか身体を横へ倒して避けるけど、バランスが大きく崩れた。そこへ、足を大きく踏み出して勢いをつけた右拳が放たれる。
「――うぁっ!」
咄嗟に刀身で左横腹を守ったものの、その拳のあまりの威力に剣は弾かれ、身体も吹き飛んだ。
「くっ……そ!」
地面に手と膝をついて倒れることだけは防いだけど、敵はすでに眼前。しかも、次の攻撃を繰り出す構えに入っている。
右足を大きく振り上げ、私の頭部めがけて踵を振り下ろすアサルトウルフ。この体勢で避けられるスピードじゃない。
避けられないなら、……斬り裂いてやる!
「だぁぁっ!」
片膝をついた格好のまま、私は敵の足裏を睨みながら、弧を描くように剣を振り上げた。
固い手応え。噴き出る鮮血と狼の悲鳴は同時。
直後、私は自分の意志に反して開いた口が笑みの形を作るのを感じていた。
足裏から足首までぱっくり裂かれたアサルトウルフは、二足歩行から四足歩行へ切り替え、私から距離を取ろうと後ろへ飛び退る。
逃がさない。
飛び出すように駆け出した私は、その勢いのままに剣を振り下ろす。が、敵はすんでのところで横へ跳び、そして怯むことなく反撃とばかりに跳びかかってきた。
私はその場で横へステップ。さらに身体を回転させて噛み付き攻撃を避けつつ、横を突き抜けていく狼へ袈裟懸けに剣を振る。
前足が地面につくのと同時に、それを軸に全身を回転させて私の攻撃を避けた狼は、後ろ足も着地すると同時に私の右腕めがけて突撃。
狙いは剣か!
私の攻撃力を大幅に削ごうと画策したのはいいけど、それによって敵の視野はやや狭まったようだ。
狼の口腔をギリギリまで接近させつつ、そこで大きく身体を時計回りに回転させ、そのまま剣を振る。ずぶりと、刃が肉に潜り込む感触。炸裂する悲鳴。
それらを感じ取ると同時に、身体が一気に熱くなった。
アサルトウルフの胴を斜めに大きく斬り裂いた剣を引き戻し、地面でふらつくそいつを思いきり蹴り飛ばす。
そして露わになった腹部、その割れた腹筋を踏みつけ、切っ先を下向けた剣をそいつの下顎に突き立て、全体重を乗せて刀身を埋め込み、地面に串刺しにしてやった。
狼は潰れたような苦鳴に喉を鳴らして身体を大きく痙攣させた後、ぐったりと脱力して動かなくなった。
4人の中で、敵を倒すのに最も時間がかかったのは私。
ほかの3人は、戦闘開始早々に敵の首を刎ね、あとはずっと私の戦いっぷりを眺めていたようだ。
一番早かったのはリュシーで、直後にテッサ。少し経ってフランカが敵を倒し、そのだいぶ後に私。
リュシーやテッサはわかるけど、まさかフランカまで一撃で倒してしまうなんて思わなかった。
首を刎ねる? できるのならそうしたよ。だけど、私にはできなかった。
強くなったと自分では思っていたんだけど、そこまで劇的に変わってたわけじゃない。
それがわかって、本当に悔しかった。
その後、アマビスカの協会支部に行ってアサルトウルフの件を報告。
そろそろマリサが帰ってきてるんじゃないかということで、帰路についた。
マリサたちの家に戻ると、庭にある木の下に座り、本を読んでいる少女の姿を見つけた。
「マリサさん!」
私とフランカが揃って呼ぶと、彼女は本からゆっくりとこちらへ顔を向け、そっと本を閉じて立ち上がった。




