07-B
「よし。こいつで最後だな」
血まみれの草原を見渡して一息ついたリュシーは、狼の頭から剣を引き抜いた。そして刀身に付着した血や脂を振り払い、鞘に収める。
「おい。それ抜いて持ってこいよ」
「え?」
倒れた狼を足でつついて生死を確かめていた私に、リュシーはそう言ってある方向を指差した。
見れば、彼女によって串刺しにされ、私が首を刎ねてとどめを刺した狼たちの、折り重なった死体が目に入る。
「……これ、もしかして槍?」
死体から抜き取ったそれは、先が尖った金属製の棒だった。結構重い。柄には等間隔に節がある。
「ああ。携帯用のな」
私から槍を受け取ったリュシーは、手慣れた感じでそれを縮めていった。節の部分に伸縮構造があるらしい。
縮めてナイフくらいの長さになったそれを、腰に剣と一緒に差している筒状の鞘に戻したリュシーは、目の前にいる私を眉根を寄せて睨みつけるように見上げる。
相変わらず、目付きが悪い。
「……あんた、なんかデカくなってねぇか?」
「え? うん、まぁ」
リュシーは忌々しげに舌打ちする。
「見下されてるみてぇでムカつくぜ」
……どうやら、人間の性質というものはそうそう変わらないものらしい。身長も、変わってないようだ。
「お久し振りです、リュシーさん。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
いつの間にか近くに来ていたフランカが、にこやかに挨拶と礼をする。
そんなフランカをまた睨むように見て、口を歪めるリュシー。
「こんな雑魚共に手こずってんじゃねぇよ」
そう言ってから、彼女は、視線を馬車の御者台で縮こまっている男性へと移動させる。
「ま、あんなお荷物がいちゃ仕方ねぇとは思うが」
するとリュシーは、ずかずかと御者のもとまで歩いていく。私とフランカも、その後を追う。
「おい、あんた。いつまでビビってんだ、もう終わったぞ」
腰に手を当て、尊大な態度で声をかけるリュシーに、御者は情けない顔を向けて小刻みに頷いた。
それを見てまた舌打ちしたリュシーは、その口の端を吊り上げた。
何か悪いことでも思いついたかのように。
「ちょうどいいや。おい、あたしもアマビスカまで乗せてけよ」
「え? ……あ、ああ」
リュシーの笑みが一層深まる。
「もちろん、タダでな」
「え?」
驚く御者に、リュシーは「あ?」と剣呑な目つきで詰め寄る。
「誰のおかげで、今あんたは生きてると思ってんだ? なんなら、ここにあんただけ置いてってもいいんだぜ? 馬車くらい運転できるからな」
「ひぃぃ! わ、わかりやした。ど、どうぞお乗り下さい!」
「へっ、わかりゃいいんだよ」
そして、満足げな顔を私たちに向け、「おら、乗れよ」と乗車を促すリュシー。
……完全に悪党の顔だな、これは。
傭兵採用試験で、私はある双子の姉妹にも会っていた。
その片割れが、私たちの窮地を救ったこの少女、リュシー・ヴェルレだ。
で、どうして彼女がこんなところにいるのかといえば、どうやら、偶然近くであの狼型のファミリア、ゲイズウルフの掃討の仕事をしていたようで、私たちを発見したのも偶然だったらしい。
「そういや、だいぶ前にマリサが言ってたな、あんたらが来るって。あれから随分経ってるけど、何してたんだよ」
客車の中、私たちの向かいに座って足を組んでいるリュシーにそう問われ、私はフランカと目を見合わせる。
答えるのは私だ。
「ちょっと、手続きに時間がかかっちゃって」
私が答えると、リュシーは「手続きぃ?」と睨んできた。
「……ああ、そういや、あたしらも試験に行く前にやったっけな。そうそう、やたら時間がかかるんだよな、あれ」
その時を思い出したのか、口の端を歪めるリュシー。
そしてそのままの顔で、次の質問を発する。
「ところであんたら、何のためにマリサに会いに来たんだ?」
その問いに答えるのはフランカだ。
「無事に傭兵になれたことをご報告させていただこうと思いまして」
それを聞いて、リュシーは鼻で笑う。
「それでわざわざ、何日もかけて来たってのか。律儀なもんだな。傭兵になれたよーって手紙に書いときゃ、それで済む話じゃねぇか」
「傭兵になれたことは手紙に書いたけど、やっぱり直接会って伝えたいなって思ったから……」
私の言葉に、リュシーはまた鼻で笑って、「そうかい」と呟いた。
それから30分ほどして、私たちはマリサが暮らしているというアマビスカに到着した。
御者の男に労いの言葉をかけて別れた後、私たちはリュシーの後について歩き出す。
「……なんだか随分、歴史を感じる街並みですね」
見渡せば、建物から通りまで全て石造り。
しかもそれらは欠けていたり角が丸くなっていたり、そして何より経年による汚れが目立つ、資材として使われてからもう随分経っていることが一目でわかる物ばかりだった。
「聞いた話じゃ、千年以上の歴史がある街なんだってよ。まぁ、今じゃ住人もほとんどいなくなって、打ち捨てられる寸前だけどな」
前をゆくリュシーは、こちらへ顔を向けずにそう言った。
なるほど確かに、人が少ない。さっき馬車と別れた中央広場ですら、人の姿はほとんど無かった。
通りには様々な店の看板があるけれど、それを掲げる建物はほとんどシャッターが下りており、静まり返っている。
「昔はちょっとは名の知れた観光地だったみてぇだけど、こうもファミリアが多くちゃ、人なんて寄り付くわけがねぇ。まぁ、そのおかげで空き家がたくさんあるし、傭兵にとっちゃなかなか住みやすい街なんだ」
「へぇ~」
避難させるべき住人も少なく、ファミリアは多い。
確かに、傭兵にとっては嬉しい環境なのかもしれないな。
「こっちだ」
周囲をきょろきょろと見渡していた私たちは、さっさと角を曲がっていくリュシーの後を慌てて追った。
今にも崩れそうな家屋が並ぶ通りを直進し、「あそこだ」とリュシーが指差した先にあったのは、広い庭付きの二階建ての住宅だった。
建物自体は、これまで見てきた物とあまり変わらないものの、その趣には若干の高級感があるように思える。
「ここらじゃそこそこ金持ってた奴が暮らしてた家だ。今じゃ金持ち共はみんな西の方へ逃げちまって、街にゃあたしら傭兵以外は貧乏人しか残ってねぇ」
そう言ってずかずかと庭を歩いていくリュシー。その時、家のドアが錆びた音を立てて開いた。
「あ、おかえりなさい、リュシー」
「!」
家の中から出てきたのは、マリサとは別の少女だった。
だけど、全く知らない人物ではない。
「テッサさん?」
「え?」
私に名を呼ばれてきょとんとした顔をこちらに向けた少女は、すぐに穏やかな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。リュシーと同じ胡桃色の髪がさらさらと揺れる。
「ティナさんとフランカさんじゃないですか、久しぶりですね。あんな遠くからホントに来るとは思ってなかったですよ」
それからリュシーの方を向き、「途中で会ったの?」と問う。それに対し、リュシーは「まぁな」と答える。
「偶然、ゲイズウルフの群れに囲まれてたこいつらを見つけたんだよ」
「それで、助けてあげたの?」
「そーいうこと。あたしが偶然見つけてなかったら、こいつらやられてたかもな」
そして「感謝しろよ?」と得意げに言うリュシーに、私はちょっとイラッとしつつも、「はいはい、ありがと」と礼を言っておいた。
「ところで、テッサさん」
そこでようやく、私はずっと感じていた疑問を口にする。
「ここって、マリサさんの家じゃないの?」
そう問いかけた途端、テッサは目を細めて再びリュシーを見やる。
「なぁに? 言ってないの? 私たちが一緒に暮らしてること」
「え? そうなのですかっ?」
なぜか嬉しそうにフランカが割り込んでくる。
そんな彼女に、テッサは「うん」と頷いた。
「私たちね、国に帰ってからずっと一緒にいるんだよ」
それは、意外な事実だった。
リュシーの双子の姉、テッサ・ヴェルレ。
笑顔の似合う物腰柔らかな女の子だけど、実は妹のような荒々しい一面も隠し持っていることを私は知ってる。
「マリサさんと仲直りできたんだねぇ、リュシーさん」
ちょっとからかうように言ってみると、案の定リュシーは不愉快そうな顔になった。
「そんなんじゃねぇよ。あいつがどうしてもって言うから仕方なく一緒にいるだけだ」
それを聞いたテッサは、笑い混じりに「違うでしょ」と訂正を始める。
「マリサが1人でどこかに行こうとしてたところを、あんたが呼び止めたんじゃない」
するとリュシーは、「余計なこと言うんじゃねぇよ!」と頬を赤らめる。
「あたしは、どこに行くんだって聞いただけだ。そしたら、別に行くあては無いって言うからよ……」
「それで、一緒に暮らそうってお誘いになられたのですね」
フランカがそう言うと、リュシーは「ちげーよ、バァカ」と言い、テッサは「その通り」と意地悪な笑みで頷いた。
リュシーはテッサを睨みつけたものの、「だって事実でしょ」と返され、二の句が継げない様子で口を歪める。
へぇ~。結局、マリサと仲良くしたかったのか。素直じゃないなぁ。
「……それより、ティナさん。あの頃より背が伸びたんじゃないですか?」
急に話題を変えたテッサに、私は「え?」と戸惑う。
「試験の時も私たちよりは背が高かったけど、あの時よりさらに伸びてるよね?」
そこに割り込んでくるのはフランカだ。
「そうなのですよ。ティナさんったら、お会いするたびに大きくなられていて、私は毎回驚かされてしまうのです」
「羨ましいなぁ。私たちは、もうあまり伸びなくなってきちゃったから」
苦笑して、自分の頭に手のひらを当てるテッサ。
「ふん。図体ばっかデカくなっても意味ねぇだろ。傭兵なら、剣の腕を上げろってんだ」
腕を組み、私から顔を背けて言い捨てるリュシー。
そんな妹に、テッサはニヤリと口の端を吊り上げる。
「そんなこと言ってぇ。ホントは羨ましいんでしょ?」
姉の言葉に、リュシーは「うっせぇなぁ」と吐き捨てる。
そんな妹のことは無視して私たちの方を向いたテッサは、さっき自分が出てきた玄関のドアを手で指し示した。
「立ち話もなんだし、中に入りましょう」
そう言って、リュシーの背を押しながらドアへと向かうテッサ。
私はフランカと目を合わせて笑った後、彼女らに続いて家の中へと足を踏み入れた。




