07-A
傭兵になって5ヶ月が経とうとしていたある日、私はまた、フランカと一緒に汽車に乗っていた。
ある傭兵に、会いに行くために。
傭兵採用試験にて、受験者寮で同室になった少女は、イライザ・ヴィッカーズのほかにもう1人いる。
それが、マリサ・トレンスだ。
全試験通して1位の座を誰にも明け渡すことなく、それどころか、試験途中でトップ合格を決めてしまうというとんでもない天才っぷりを見せつけてくれたあの子。
……彼女は今、傭兵としてどのくらいの活躍をしているのだろう。
まぁ、とんでもなく活躍しているだろうことは、容易に想像できるけど。
イライザとマリサに会いに行こうと決め、2人にそれぞれ手紙を出したのがおよそ3ヶ月前のこと。
数日で返事が来たイライザに先に会いに行ったんだけど、マリサからの返事はなかなか届かなかった。
それもそのはず。私たちが暮らすオルトリンデ王国とマリサが暮らすヘルムヴィーゲ王国は、地図上では隣国でありとても近くにあるように見えるけれど、実際行こうと思えば何日もかかってしまうほどに遠いのだから。
それに加え、ヘルムヴィーゲは日々ファミリアに攻められ続けているせいで、人々は住む場所をコロコロ変えなければならない。
だから、昨日住んでいた住所に手紙を送っても、今日そこにその人が住んでいるとは限らない。
つまり、無事にその人の手に届くかどうかはもはや賭けでしかなく、私が送った手紙も、もしかしたらそんな感じで迷子になってしまったのではと半ば諦めかけていたところだった。
だから、手紙を出してひと月ほど経ってから返事が来た時は、驚いたものだ。
ちなみに、マリサからの手紙には、彼女が現在暮らしている場所の住所と、そこまでの行き方、それと「いつでも来ていいよ」という短いメッセージが綴られていた。
マリサから返事が来たことをフランカに伝え、いざヘルムヴィーゲに行く準備に取り掛かったわけだけど、ここからがまた長かった。
外国に行くためには、いろいろと面倒くさい手続きが必要なんだ。
特に、ヘルムヴィーゲはファミリアの件で物騒なので、国境を越える許可がなかなか下りないことで有名だったし。
返事が来てすぐに手続きを始めたんだけど、それがなかなか進まないまま早2ヶ月。
ようやく全ての手続きが完了したところでフランカと待ち合わせの約束をして、5日前の朝、フランカとの汽車の旅が始まった。
オルトリンデ首都のカランカで待ち合わせをした私たちは、まずは東のヴァルトラウテ王国との国境へ向かう汽車に乗った。
オルトリンデからヘルムヴィーゲへ行くためには、ヴァルトラウテを経由する必要がある。
つまり、国境を二つ越えなくてはならないというわけだ。
何度か乗り換えをし、2日経ってようやくヴァルトラウテとの国境に到着。
南にあるヘルムヴィーゲとの国境に向かう汽車が出る街まで移動し、そこで一泊。
そこまでで、すでに3日も経っていた。
その翌日の昼頃に汽車に乗って南下を始め、また何度か乗り換えをしながら汽車の旅を続けてさらに2日。現在に至る。
汽車の中で見る、何度目かの夕暮れ。
あれだけ眩しかった日の光は汽車に揺られている間に傾き弱り、ついには遠くに望む山の稜線へと沈んでいった。
私たちは、この5日間のほとんどを、汽車の中で過ごしている。
「……さすがに、疲れましたね」
「そだね……」
私はもちろん、さすがのフランカもはしゃぐ気力をなくし、座席の背もたれに身を預けてぐったりとしている。
ガタンゴトンという音、振動。あまりにもそれらを感じていたからか、汽車が停車している時も、音は耳に残り、身体は常に揺さぶられているような錯覚を植え付けられてしまっていた。
まぁ、実際はそうでもないんだけど、そうなっちゃいそうなくらいの長旅ってことだ。
「ヘルムヴィーゲまで直通の汽車があれば、この半分くらいで着いたのかな」
溜め息混じりの私の言葉に、フランカは「でしょうね」と同じく溜め息をつく。
「けれどおそらく、この先も直通の線路が敷かれることはないでしょう」
フランカの言葉の意味、なんとなくわかるな。
「……利用者、少ないだろうからね。わざわざ、ファミリアだらけの危ない国に行こうなんて思うのは、傭兵くらいだろうし」
フランカは「ええ」と頷き、窓外を一瞥してから、思い出したように服のポケットから懐中時計を取り出して蓋を開ける。
「時刻表通りなら、あと1時間くらいで国境地帯ですね」
「まだ1時間もあるのか~」
私はぐーっと伸びをして、ぐったりと力を抜いていく。
あ~、お尻が痛い。
汽車は順調に夜闇の中を進み、1時間ほどしてヘルムヴィーゲとの国境地帯に到着。
カランカを出発しておよそ5日。ようやく私たちは、ヘルムヴィーゲ国へ足を踏み入れることができたわけだ。
今日はもう夜遅いので、国境地帯の街で一泊することにした。
翌日、私たちは朝早くに汽車に乗って移動を開始。
ヘルムヴィーゲの中央やや西寄りにあるというアマビスカという街を目指し、東へ向かった。
そのアマビスカに、マリサは暮らしているらしい。
国境地帯の街から数えて四つ目の駅で降り、そこからは馬車で移動することになった。
なぜなら、線路がここまでしかないからだ。
いや、あるにはあるんだけど、その先の線路は雑草などに覆われ、もう長い間使われていないだろうことがひと目で理解できた。
聞けば、ここより東はファミリアの数が多く、また、実際にファミリアの襲撃に遭った汽車もあり、さらにはその際に線路の一部が大きく欠損してしまったことから、やむなくここを終点としたらしい。
仕方なく馬車を探すことになったわけだけど、これがなかなか見つからない。
ヘルムヴィーゲの中央から少しでも東へ行けば、もうそこは人の住める場所ではない。
ファミリアの領域だ。
つまり、中央へ近付けば近付くほどに襲撃される危険性が上がるわけで、西へ行くならともかく、そもそもわざわざ好き好んで東へ行くような客もいないし、いても私たちのような傭兵ばかり。
そして、そんな奴らに付き合おうと思う御者はそうそうおらず、結局金を積んで頼み込み、半ば強引にどうにか足を確保するに至った。
……たくさんお金持ってきてよかった。でも、痛い出費だ。
そして、馬車の旅を始めて2時間ほど経った頃、それは起きた。
「く、くそっ、ファミリアだ!」
御者の男は動揺の声を発し、馬車を停めた。ぼーっとしていた私たちは瞬時に顔を引き締め、外へ飛び出す。
「――!」
緑豊かな草原の中を走る道。馬車の行く手を阻むように次々に草むらから出てくるのは、黒い体毛を風になびかせる狼型のファミリアたち。
「あいつ……」
私は、このファミリアを知っている。
4本の細く長い足、大きな身体に大きな頭。そしてその顔にある大きな黄色の眼球は、ただ一つだけ。
黒い体毛の単眼狼。私は、こいつを知ってる!
傭兵を目指し始めてまだ間もない頃、私が暮らすモンテスの街を襲撃したファミリアだ。
私の、弟と妹を襲おうとした奴だ。
あの時、私はほとんど無意識でこいつを倒したけれど、いい機会だ。
今度は、ちゃんと自分の意思でこいつを倒す!
「行くよ、フランカさん」
私は深呼吸をしながら剣を抜く。フランカも、「はい」と剣を抜いた。
その二つの銀光に興奮したか、狼たちは一斉に唸り声を上げ始めた。
それを聞いて引きつった声を漏らす御者に大人しくしているよう言い、私たちは敵に向かって駆け出した。
一言で言えば、「どうということはない」だね。
初めて対峙したあの時は恐怖したものだけど、今戦ってみれば、ただの雑魚ファミリアでしかなかった。
「よっ! ほっ!」
次々に突撃してくる狼たちを、私は移動しながら斬り伏せていく。
噴き出す鮮血の間をくぐり抜け、前方から迫り来る2体へスピードを落とさず肉薄。
直前で跳びかかってきた1体の身体の下に潜り込むと同時に剣を突き上げ、そいつの胴体を貫く。
そして、走る速度はそのままに剣を振り下ろし、胴を縦に両断。噴き出すのは鮮血だけではない。
視界の隅に舞い散る臓腑を捉えつつ、もう1体へ向き直る。
そいつは仲間の死に怯まず、すでに私のすぐ横にまで迫っていた。
「ぅわっ!」
鋭い牙で噛み切られるすんでのところで横へ跳んだ私は、血が冷える感覚も治まらないままに走って敵の背後を捉えると、思いきり剣を振り下ろした。
胴の左側を大きく抉られたそいつは、甲高い悲鳴を上げつつも黄色の眼球を血走らせ、怒りを露わにする。
そして、よだれをまき散らしながら襲い掛かってくる時にはすでに、私は上へ跳び、そいつの眼球めがけて剣を突き下ろしていた。
びくんと大きく全身を痙攣させた後、そいつはその場でぐったりと静かになる。
潰れた眼球の中身が、どろりとそいつの死に顔を彩っていく。
「ティナさん!」
「!」
フランカの声に、私は剣を引き抜いて辺りに視線を走らせる。
……こいつらは弱いけど、この数が厄介だ。
私たちの周囲には、まだ20体近くの狼がいる。
見れば、ほかにも数体、遠くの方から草むらの中をこちらへ移動してきている。これじゃキリがない。
どうするべきかなんて考えてる余裕は無い。
奴らはじりじりと確実に包囲網を縮め、今にも一斉に跳びかかってきそうだ。
「くっ……」
私とフランカだけだったら、突破は容易。だけど、今は御者を守らなくちゃいけない。
そして狼たちは、今から襲うぞと宣言するかのように一斉に低い鳴き声を発し始めた。
くそっ、このままじゃ……!
「動くなよ!」
「――えっ?」
謎の声が届いた直後、私たちの前にいた狼たちが横へ吹き飛んでいった。
「――なっ!」
一体、何が?
鈍い音を立て、太い血の筋をいくつも宙に引いて吹き飛んでいった狼たちは、長い棒のような物で串刺しになっていた。
「おい! さっさと止めを刺せよ!」
……? この声、聞いたことあるぞ。
「――あっ」
そして、こちらへ駆けてくる胡桃色の髪の人物を見て、記憶が繋がる。
「リュシーさん!」
声を揃える私とフランカに対し、返ってきたのは「ぼさっとすんな、馬鹿共!」という悪態だった。




