06-B
翌日、私は睡魔と戦いながら授業を聞いていた。
アレットのおかげで、意味不明な呪文だらけの授業ではなくなってきているけれど、難しい話を聞いていると、蓄積していた疲労のせいもあり、眠くなってくる。
それでもどうにか気合いで起き続け、本日最後の授業である体育の時間になった。
グラウンドにて、跳んだり投げたり走ったりの陸上競技をやるわけだけど、私は全力を出しきれない。っていうか、出しきらないようにしてる。
だって、その方が楽しめるから。
以前、うっかり本気出して走ったら、あっという間にみんなを周回遅れにしちゃうほど差がついて驚かれちゃったから、それ以来、ずっと力を抑えて取り組んでいる。
時々、無性に思いっきり走ったりしたくなっちゃうけど、みんなとわいわい競った方が面白いもんね。
仕事で疲れているっていうのも、大したことない動きの理由になるから便利だ。
程よい運動を経て、今日の授業は終わり。
教室まで迎えに来てくれたアレットと共に学校を出て、帰路につく。
「昨日はごめんね。せっかく家まで来てくれたのにいなくて。仕事がすごく長引いちゃって、なかなか帰れなかったの」
帰り道、私は開口一番昨日のことを謝った。
するとアレットは、「いいって、わかってるから」と笑って許してくれた。
「でも、その分今日は詰め込むからね! 覚悟しなさい」
ちょっと強めの口調で言うアレットに、私は「はい……」と苦笑いを浮かべた。
中央広場には立ち寄らず、真っ直ぐ私の家へ。
そして、すぐにアレット先生の授業が始まる。
「あ、そうだ。実はね、昨日自分でこれだけやったんだ」
昨夜寝る前に、1時間ほど自力で勉強をした。そのノートを差し出すと、アレットは「どれどれ」と受け取り、中をパラパラと眺めていく。
そして、「うん」と一声。
「よく頑張ったねと言いたいところだけど、半分くらい間違ってる」
「えぇっ?」
そんな馬鹿な。ちゃんと習った通りにやったのに。
「でも、全然違うってわけじゃない。どれも、惜しい間違いをしてる」
やっぱり、フラフラの状態でやったのがマズかったかな……。
「せっかく頑張ってくれたんだし、今日はまず、この間違いを見直して完璧にするところから始めましょう」
え。またおんなじことをやるの?
……でも、そうだよね。間違ったままは良くないよね。
「……はい。お願いします」
「もうすぐ定期試験だからね。しっかりやらないと」
そうして、アレットは一問ずつわかりやすく、私に正しい解き方を教えてくれるのだった。
その後も学校へ行ったり仕事へ行ったりという日々が続く中、私は現在開催中の傭兵採用試験の推移を気にしていた。
第133期・傭兵採用試験のオルトリンデ国での受験者数は、前回より少し減って5311人。
内、女子受験者数は1588人なので、合格者数は16人だ。前回より1人少ない。
試験のことが気になるのは、別に知り合いが受験してるとかじゃなくて、間もなく後輩が16人もこの世界に入ってくるんだなぁという感慨のせいだ。
これまでは、先輩に追いつけ追い越せと自分を奮い立たせて仕事を請け負いまくってきたけど、私と同じような思いで後輩たちも働き始めるのだと思うと、妙な焦りを感じる。
きっと、後輩たちの中には、私より才能のある人もいると思う。
そういう人たちに、仕事を、居場所を、取られないようにしないといけない。
……いや、焦るな焦るな。
とにかく、自分にできることをコツコツと積み重ねていくんだ。
余計なことは、考えちゃ駄目だ。
そんなこんなでさらに数日後、学校の定期試験の日がやってきた。
アレット先生に教わったことを発揮して、良い点を、……いや、とにかく落第点だけは取らないように頑張ろう。
定期試験は、国語、数学、理科、社会の4教科分ある。1教科100点満点で、計400点。
その点数によって、学年別に順位が付けられ、結果が廊下の壁に貼り出される。
私はこれまで、学年で半分より上の順位になったことがない。真ん中かちょっと下辺りをフラフラしてる感じだった。
だけど、今回はやってやる。
ここで悪い点数なんか取ったら、自分の時間を割いて私に付き合ってくれたアレットに顔向けできないもんね。
うん、やれる。自信はある。
その3日後の放課後、廊下の壁に定期試験の結果が貼り出され、結果を見に集まった同級生らに混じり、私とアレットも順位表を眺めていた。
「……」
相変わらず、アレットは優秀だ。
私の視線の先には成績上位者の名前が並んでおり、その中にアレットの名前も入っていた。
3年生102人中、7位だってさ。あー、すごいすごい。
「う~ん、前回より順位1個落ちちゃったなぁ。やっぱり、数学のあの間違いが大きかったのか……」
私の横で何やらぶつぶつと呟いているアレットを、少し恨めしげに見やる。
そしたら、ちょうど彼女と目が合って、肩が跳ねた。
「それで、ティナはどうだった?」
可愛らしい笑みで問いかけてくるアレット。まだ私の順位見てないのかよ。
「あそこ……」
順位表に向き直り、仕方なく自分の名前を指差す。アレットよりもだいぶ下だ。
……50位。
結局、いつも通り真ん中くらいの順位だった。
「ごめんね。あんなに付きっきりで丁寧に教えてもらったのに、結果出せなくて」
謝る私に、アレットは「何言ってんの」と笑う。
「あれだけ仕事で疲れてる状態で勉強して、いつもの順位を維持できるのってすごいことだと思うよ、私は」
「そっかな……」
そう言われると、そんな気がしてくる。
確かに、ロクに授業も受けずにアレットとの勉強だけでこれだけの成績を残せたのだから、自信を持ってもいいのでは?
「しかも、今回はどの教科も点数良かったんでしょ?」
「うん。……私にしてはね」
そうそう、そうなんだよ。国語88点、数学72点、理科76点、社会80点で、合計316点。
過去最高と言ってもいいくらいの高得点だったんだ。
特に数学なんて、今まで半分も取れればいい方だったんだから、今回の点数は奇跡と言っても過言じゃない。
「アレットが勉強を見てくれたおかげだよ。本当にありがとう」
笑ってそう言うと、アレットは私の両手をがしっと握って、「えへへへ~」と眩しい笑みとおでこを近付けてきた。
……だけど、ふと思う。
これだけの点数を取っても真ん中辺りの順位っていうのは、良いことなのか悪いことなのか。
いつもより点数は良いのに順位はほぼ変わらず。
……いや、でもそうか。頑張ったのは私だけじゃないわけで、周りも同じように頑張って順位を維持したんだとしたら、この結果も頷ける……よね。うん。
でもまぁ、落第点を取らずに済んだわけだし、もう余計なことを考えるのはよそう。
それから何日かして、第133期・傭兵採用試験が終わった。
マーセナリーライセンスを渡された合格者たちは、明日から正式に傭兵として認められ、仕事を始めていくんだ。
女子合格者は16人いるけど、モンテスの街から新たに女傭兵が誕生することはなかった。
いや、男女合わせても、モンテスに新人はいないみたいだ。
協会支部で聞いた話では、そもそもオルトリンデ国出身の合格者は、男女合わせても10人しかいなかったらしい。
そしてやっぱり、ヘルムヴィーゲ国出身者は優秀だったようだ。
環境の違いっていうのは、ここまで影響するものなんだね。
でも、常にファミリアと戦える環境があることを羨ましいとは思えないな。
だって、奴らの数だけ苦しめられている人々がいるってことだもん。
それに、環境のせいにするのは良くない。強くなる人は、環境が悪くても強くなる。
強くなりたいという意志を持って努力して力を得る人もいれば、才能だけで上り詰める人だっている。
……私は、どちらでもない気がする。
強いて言うなら前者寄りなんだろうけど、まだまだ自分が強くなったとは思えない。
頑張ろう。
そして今日も、私はいくつか仕事を掛け持ちし、くたくたになって帰り道を歩いていた。
なんか、疲れてるのが普通の状態になりつつあるな。
このところ、元気に満ち溢れている自分を見かけない。
よく身体を壊さないなって思うよ、ホント。
「ティナー!」
「ん……」
中央広場の横の道に入ろうとしたところで、その声に足を止める。
通りの向こうから駆けてくるのは、もちろんアレットだ。
「今帰り?」
相変わらずの弾ける明るさで聞いてくるアレットに、私は「うん」と頷く。
「大丈夫? 最近ずっとだるそうな顔してるけど」
アレットは私の顔をまじまじと見てから、心配そうに眉根を寄せる。
だから私は、努めて明るい口調で、「だいじょぶだいじょぶ」と笑顔を作って見せた。
「今日も勉強お願いします、アレット先生」
そう言って歩き出す私だけど、路面のちょっとした出っ張りに躓きそうになり、アレットに支えられた。
「ホントに大丈夫なの? 今日はやめた方がいいんじゃない?」
……さすがに、ちょっとは休んだ方がいいかも。
「うん、そうする」
そう言ってみると、アレットはなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「そうそう、無理は禁物だよ。じゃあ、ゆっくり行こうか。家まで一緒に行ってあげる」
「ええ? 悪いよ、そんなの」
「遠慮しないの。ほら、行くよ」
そうして、半ば強引に私の腕を掴んで歩き出すアレット。
私はその笑顔には勝てず、「ありがと」と従うしかなかった。




