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マーセナリーガール -仕事と学業の両立-  作者: 海野ゆーひ
第05話「傭兵少女の片想い・後編」
12/27

05-B

 向かって左へイライザ、右へ私が駆ける。フランカは私の少し後ろだ。


 家の壁を破壊するほどの突進を繰り出せる怪物であっても、足を失えば無力になるはず。

 私もイライザも体勢低く剣を横に構え、怪物の足めがけて一閃。


「――えっ?」


 手応えが、無い!


 何事かと急ブレーキをかけて振り返ると、ズシンと重たい音を立て、硬い地面を破砕しながら着地する怪物の姿が。


「あいつ、跳んだぞ……」

 イライザは驚愕の表情で眼前の敵を凝視する。フランカも、そして私も同じ表情でいるだろう。


 まさか、あの巨体で跳び上がることができるなんて。

 しかし、驚いてばかりもいられない。


「また来るぞ! 気をつけろ!」


 砕けた地面を前足でガシガシ蹴ってから、再び駆け出す怪物。

 狙いは、イライザだ。


 なんてスピードだ。さっきの突進よりも何倍も速い動きでイライザに肉薄。

 その勢いのままに、頭を大きく捻って鋭い角を突き出す。


「くっ!」

 イライザは咄嗟に横へ跳ぼうとするけど、なんと怪物はその動きを読んでいたかのように突然方向転換し、イライザの身体を、一突き!


「――イライザさんっ!」

 声を揃えて叫ぶ私とフランカの目の前で、イライザの身体が宙に舞い上がった。


「……!」

 と思いきや、彼女の手は怪物の角をしっかりと掴んでいる。


「あっぶねぇ!」

 空中で体勢を整えたイライザは、そのまま怪物の背に跨がり、大きく揺さぶられながら乗り回し始めた。


「あんたたち! 近寄るなよ!」

 あまりの展開に硬直していた私たちは、その声で我に返り、慌てて通りの隅へ。


 それで一体、この後イライザはどうするつもりなんだ?


「ん? なんか首の後ろにいるぞ!」

「?」

 どうやら、何かを発見したようだ。


 イライザは振り落とされそうになりつつも、怪物の首の後ろにいるという何かから視線を外さない。


「何がいるのっ?」

 叫ぶ私に、イライザはそれをどう表すか迷うような困惑を顔に貼り付けながらも、「虫だ!」と叫び返してきた。


「虫っ?」

「そう、虫だ! でっかい蜘蛛みてぇなのがくっついてる!」

 蜘蛛だって?


 するとイライザは、刃を下にして剣を構え、怪物の首の後ろにいるという何かをすくい上げるように振り下ろした。


 直後、怪物は野太い悲鳴を上げてバランスを崩し、地面に倒れ込む。


「うわっとぉ!」

 そいつの身体が民家の壁に衝突する前に背中から離脱したイライザは、わずかにフラつきながらも無事に着地した。


 駆け寄る私たちは見ずに、彼女は眉をひそめて見つめている。

 剣に串刺しにされてまだわずかに蠢いている、その異形を。


「……これ、蜘蛛じゃねぇな。……ノミ、か?」


 遠くから届く街灯の光を浴びて明らかになるその姿は、いくつもの節を持つ橙色の身体と、そこから伸びる6本の長い足が特徴的な虫。

 確かに、蜘蛛というよりはノミに似ている気がする。


 だけど、その大きさはノミとは比べ物にならないくらい大きい。人間の頭くらいはある。


「あっちも、動かなくなったな」

 そして牛の方を見れば、民家の壁に頭をぶつけたままの状態でぴくりともしなくなっていた。


 近寄っても動かない。死んでいるようだ。


「……もしかすると、この牛はそのノミに操られていたのではないでしょうか」

 フランカの意見に、イライザは「なるほど」と呟く。私も同意見だ。


 このノミこそ、ファミリアだったんだ。


 そして思い出す。


「牛といえば、汽車から見た放牧地にもたくさんいたよね、フランカさん」

 そう言うと、フランカは「ええ」と頷いてから、ハッと何かに気付いたような顔になる。


「まさか……」

 フランカの言葉を継ぐのはイライザだ。


「……まさか、そこから来たってのか? そういやあんたたち、放牧地の柵が壊れて牛が脱走してたとか言ってたな。それが何か関係してるってことか?」

 イライザがそう言った直後、再び轟音が鳴り響き、考え事をしてる場合じゃないことを伝えてくる。


「考えんのは後だ。行くぞ!」

 剣を振ってノミの死骸を落としつつ駆け出すイライザに続き、私とフランカも駆け出した。




 駅前の広場では、すでにそこかしこで戦闘が始まっていた。

 街灯が少ないせいでよく見えないけど、相当数の建物が破壊されてしまっているようだ。


 私たちもそこに加わろうとした時、一本隣の通りから、剣を持った数人の男女が飛び出してきた。

 その中の男性1人が立ち止まり、私たちの方へ顔を向ける。


「イライザか! そこの2人も傭兵だな? お前たちは駅の東側を頼む。向こうには警官しか行ってないはずだ。加勢してやってくれ!」


 そう言い残し、「頼んだぞ!」と先に行った数人の後を追う男性。

 イライザは「はい!」と応じ、「こっちだ!」と私たちに声をかけて走り出す。


「今の人たちは?」

「この街の傭兵たちだ。あたしの先輩だよ」

「先輩……」


 へぇ。この街にはあんなに大勢の傭兵がいるんだな。




 牛を操っているファミリアを倒しても、牛は助からない。それがわかっているから、私たちはその後遭遇した全ての牛を、ファミリアごと斬っていった。


 倒し方さえわかれば、どうということのない相手だ。

 誰かが敵の気を引いて、すかさず反対側から別の誰かが攻撃する。その繰り返しで、私たちは駅の東側に広がる住宅街の中を駆けていく。




 そうして、もう何度目かになる建物の角を曲がった直後――


「うぐっ……!」

 鋭い角で腹を一突きされ、そのまま宙を舞う警官の姿が目に飛び込んできた。


「あっ……」

 少し前を走っていたイライザが、小さく声を発した。


「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 直後、悲鳴のようなイライザの絶叫。わずか後方を走る私の顔に、冷たい何かがかかる。


 それがイライザの涙であることを理解した時には、彼女は手を前に出し、走る速度を上げていた。


 角に貫かれ、上空へ突き上げられた警官は、イライザが想いを寄せるアーヴィンだった。

 彼は宙に血の筋を引きながら、そのまま地面へ背中から激突。



 その瞬間、ぞわっと全身が総毛立つ感覚が襲いくる。



「ティナっ!」

 気付けば、私はイライザを抜き去っていた。


「危ねぇっ!」

「――!」

 次の瞬間、私の真横、通りの建物を破壊しながら、別の牛が出現。


 それは確実に、私に衝突する軌道とタイミング。敵にとっては、必殺の間合い……のはずだった。


 私自身、激突されて吹き飛ばされるのを一瞬覚悟した。


「くっ!」

 ところが、私はその場で大きく跳び上がりつつ足を思いきり曲げ、突っ込んできた敵の頭を踏みつけ、そしてそのまま、敵の突撃の勢いを借りて前方へ飛んでいた。


 完全に、無意識だ。自分でも、何が起こったのかよくわかっていない。

 だけど、もうやるしかない!


 向かうは、アーヴィンを襲った牛のもと。


「うおおおおおおおおらああああぁぁぁぁっ!」

 空中でできる限り体勢を整え、剣を振り上げ、起き上がろうとしているアーヴィンに追い打ちをかけようとしている巨体めがけて身体を捻り、全力で剣を振り回す。


 直後、肉に刃が潜り込み、両断していく感触が柄を通して伝わってきた。

 その柄を両手で掴み、さらに身体を捻りながら突き抜ける。


「うぁっ! ぐぇっ、うぅ……」

 大して勢いも殺せないまま地面に叩きつけられた私は、そのまま地面を跳ね、そして転がり、しばらくしてようやく止まった。


「いっ、たたたたたぁ~……」

 全身痛いけど、痛がってばかりもいられない。


 すぐに顔を上げた私の視界に入ってきたのは、アーヴィンに駆け寄るイライザと、私を吹き飛ばしてくれた牛の首から剣を引き抜く、フランカの姿だった。




 牛に寄生していたノミ型ファミリアの名は、ブレインデビルというらしい。

 寄生した動物の脳を乗っ取って暴走させる、危険なファミリアだ。


 後で知ったことだけど、今回オラーリャを襲ったのは、私とフランカがこの街に来る前に汽車の中から見た、あの牛たちの一部だったようだ。

 二十頭ほど行方がわからなくなっていたらしい。


 おそらく、どこかでブレインデビルに寄生され、近くにあったこの街を襲撃しに来たということなんだろう。



 空が白み始める頃、私たちは駅前広場にて、ある光景を遠巻きに眺めていた。


 全てが終わり、牛の死骸や建物などの残骸を片付ける人々の中、平らな場所に集められた怪我人たち。

 その中の1人に縋り付き、安堵の涙を流す女性がいる。


「……わかってたんだ。あの人に、彼女がいること」

 女性が縋り付いているのは、一命を取り留めたアーヴィンだった。


「知ってたんだよ。……だけど、好きだったんだ。ずっと」

 その瞳からこぼれ落ちる、一筋の涙。


「だから、だからさ、……ずっと片想いでいることにしたんだ。それでいいって、自分に言い聞かせてさ」

 涙の筋は見る見る増えていき、顎から滴り地面に小さな染みを作っていく。


「フランカ……」

 その涙を、フランカは服のポケットから出したハンカチで拭い、そして無言のまま、イライザの身体をそっと抱き寄せた。


「うぅぅ、ありがと……」

 イライザもそっとフランカの身体に腕を回し、彼女の肩に顔を埋め、また涙を流した。




 やがてフランカから身体を離したイライザは、鼻をすすり、手の甲で目をこすってから、大きく深呼吸をした。


「さぁてと」

 イライザは、私とフランカを交互に見て、白い歯を見せて笑った。


「こんなとこでいつまでも突っ立ってらんない。あたしらも片付け手伝おう」

 そうして歩き出すイライザの背中を見て、私とフランカは顔を見合わせる。


 きっと、すぐには彼のことを吹っ切ることはできないだろう。

 でも、イライザなら大丈夫だと私は思った。フランカもそう思っているんじゃないかな。


「おい、何ぼさっとしてんだ。早く来いよ」

「はーい」


 振り返って腰に手を当てているイライザのもとへ、私たちは駆け出した。

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