04-B
「ありがとうございます。ありがとうございます」
イライザからバッグを受け取った女性は、何度もお礼の言葉を口にする。
「いやいや。あたしはなんにもしちゃいないよ。礼ならこの子に言ってやって」
そう言ってイライザが私を指差すと、女性は私へ一歩踏み出し、同じようにお礼を連発した。
数分もしないうちに駆けつけてきた警官らに強盗を任せ、私とフランカは、イライザと一緒に商店街の通りを抜けた。
「飯を食ってたらさ、大変だーっつって呼び出されて行ってみりゃ、もう終わってるんだもんよ。しかも、犯人を制圧したのがあんたと来たもんだ」
相変わらずの快活さで話すイライザに、私は妙に安心していた。
彼女のそういうところは、あの時と全然変わっていない。
「あんた、強くなったんだねぇ、ティナ」
私の背中をバシバシ叩いて言うイライザに、「まぁね」と笑顔を返す。
するとイライザは、「ん?」と何かに気付いた顔になる。
「なんかさ、あんた背ぇ伸びたんじゃない? 試験の時は、あたしより少し低かったよね?」
「え? ……ああ、そういえば」
確かに、あの頃はイライザの方が少し背が高かった。
でも今は、目線の高さがぴったり同じくらいになっている。
「そうなのです。この数ヶ月で、ティナさんったらどんどん大きくなられて。私もとうとう追い抜かれてしまいました」
フランカの言葉に、イライザは笑う。
「追い抜かれたって、そう変わんねぇぞ? つーか、同じくらいだろ、みんな」
言われ、フランカは隣を歩く私の頭から自分の頭へと手を横に動かし、「そのようですね」と微笑んだ。
「あんたは相変わらずだな、フランカ。あ、でも、ちょっと髪伸びたか」
言われてみれば、ちょっと長くなってるかも。
「そうですね。そろそろ短くしないといけないですね」
自分の髪をふわふわ触りながら言うフランカ。
「そうだなー。長いと戦う時に邪魔になるしな」
「ええ……」
戦う時に邪魔になるっていうのは一般的な考え方であって、フランカにとっては、髪を短く保っておかなければならない理由がほかにもある。
むしろ、そっちの方が理由としては大きい。
……私としては、どうしてそれだけで大丈夫なのか不思議で仕方ないんだけどね。
商店街から続く広い通りから一本横道に入ると、途端に道幅が狭くなる。おまけに、両側の建物のせいで結構暗い。
昼間でもこんな感じなのだから、夜はさぞ不気味な路地になるのだろう。街灯も少ないし。
「さっきみたいなことはさ、ここじゃ珍しくないんだ」
「さっきのって、強盗のこと?」
イライザは「ああ」と頷く。
「知ってると思うけど、オルトリンデの南部は北部と比べると貧しくてさ、犯罪も比べ物にならないくらい多いんだ。その分警官の数も多いんだけど、それでも防ぎきれてないのが現実なんだよ」
そういえば、南北の貧富の差はかなり大きいとか、そういう話を聞いたことがあるな。
「この街だって例外じゃない。日が落ちれば、どこかで犯罪が起こる。さっきみたいな盗っ人なんて可愛いもんさ。それに……」
「それに?」
「最近になって、ファミリアの目撃情報も増えてきた。実際、あたしも今までに相当な数倒したしな。ホント、迂闊に外も出歩けないよ、ここは」
そう言って建物の角を曲がったところで、イライザの歩みが突然止まった。
「? どしたの、イライザさん」
彼女は、ある一点を見つめたまま固まっていた。私とフランカも、そちらに顔を向ける。
2人の若い男性警官が、談笑しながらこちらへ歩いてきていた。
その内の、向かって右側の警官が、私たちというかイライザに気付いて、「やぁ」と声をかけてきた。
「こんにちは、イライザ。……ん? その子らは、君の友だちかい?」
長身というほどではないけど私たちよりは背の高いその警官の問いに、イライザは「は、はい」とびっくりするほど小さな声で答える。
警官と目も合わせず、身体をもじもじとさせて落ち着きが無い。
心なしか、頬が赤くなってるような……。
「君たちも傭兵かい?」
その茶髪の警官は、髪と同じ色の瞳で私とフランカの腰の剣を見て、そう聞いてきた。
「はい、そうです」
答えるのはフランカだ。
「傭兵と言っても女の子には変わりない。この街は悪い奴らが多いから、夜は出歩かないようにね。昼間でも、人気のないところには近付かないように」
そう言ってから、警官は再びイライザを見て、その整った顔に笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺たちは巡回中だから。またね、イライザ」
そして同僚と思しき警官と歩き去っていく彼の背中に、イライザは「は、はい。また」と呟くように返事。そんな声じゃ聞こえないと思うけど。
「……」
さっきまであんなに明るかったイライザの突然の変貌。私は不思議に思い、イライザの顔をじっと見つめる。
「……な、なんだよ」
それに気付き、一歩後ずさるイライザ。
「どうしちゃったの、イライザさん。急に態度が変わっちゃってさ。……あ、もしかして、なんか悪いことでもしちゃったの?」
そう言ってずいっと一歩近付くと、イライザは「んなわけねぇだろ、馬鹿言うなよ」と口を引きつらせる。
……怪しい。
まさかこの人、何かしらの悪事に手を染めてしまったんじゃ……。
「違いますよ、ティナさん。イライザさんは、あの方が好きなのです。そうですよね、イライザさん」
「なっ!」
微笑むフランカの言葉に、目を見開くイライザ。
「え?」
どういうこと?
「な、なななっ、何言ってんだよフランカ! あたしがそんな、好きとか、んなわけねぇだろ。マジ意味わかんねぇんだけど? ははっ!」
引きつった笑顔で、早口でまくし立てるイライザ。なんだ、この激しい動揺は。
……え? 好き? さっきの警官のことが?
あ、そういえば、前に好きな人がいるみたいなことを言ってたような気が……。
「そうなの? あの人のこと好きなの? イライザさん」
「ぅえっ? あ、あんたまで何言ってんだよ、ティナ。だから違うって、……わぁっ!」
いつの間にかイライザの横まで移動していたフランカが、彼女の腕にそっと触れて笑顔を近付ける。
「隠さなくても良いではありませんか。恋をするのは、悪いことではないのですよ? うふふふ」
……時々怖いな、この人。
「う、うぅ……」
観念したように「はぁ」と溜め息をつくイライザ。
「……ああ、そうだよ。あたしは、もうずっと、片想いしてるんだ」
「詳しくお聞かせ願えますか、イライザさん!」
両手を胸の前で握り、綺麗な瞳をさらにキラキラさせて詰め寄るフランカ。
やたらグイグイくるフランカに押され気味のイライザは、「わかったわかった」と両の手のひらをフランカへ向ける。
「ちょっと落ち着きなよ。とりあえずさ、あたしの部屋に行こう。そこで話すからさ」
「はい!」
ビシッと手を上げるフランカに、イライザはやれやれといった表情だ。
そうして私とフランカは、そこからすぐのところにあった集合住宅に案内され、二階に上がってすぐのイライザの部屋で、彼女の話を聞くことになった。
イライザが片想いをしているというさっきの警官の名は、アーヴィン・エヴェレット。
歳は、イライザより6つ上の24歳。階級は巡査。
イライザが初めてアーヴィンと出会ったのは、今から2年と少し前。
ちょうど彼女が、ミドルスクールを卒業したのと同じくらいの時期に、アーヴィンも警察学校を卒業して、このオラーリャの街の警察署に配属されたらしい。
「あたし、もうその頃には傭兵を目指しててさ、身体を作るために毎日運動してたんだ。でも、だからって仕事をしないってわけにもいかなかったからさ、あたしがさっき昼飯食ってた食堂で働いてたんだよ。自分で言うのも恥ずかしいけど、これでも看板娘って感じで人気あったんだよ?」
へぇ、意外な過去だな。
あ、でも、彼女が人気者になるのはなんとなくわかるかも。
「もしかして、そこにアーヴィンさんがお食事にいらっしゃったのですか?」
出されたコップを両手で持ったまま、フランカが身を乗り出す。
「まぁ、そういうこと。で、あたしはあの人に惚れちまったってわけ」
「ひ、一目惚れですか?」
さらに身を乗り出すフランカ。コップの水がこぼれそうだ。
「い、いや、最初はただの客としか思ってなかったさ。だけど、その、……あの人あたしのこと、女の子として扱ってくれたんだよ。その日の夜、仕事が終わった帰りに偶然巡回中のあの人と出会ってさ、そしたら女の子が1人で帰るのは危ないからって、ここの入り口まで送ってくれたんだ」
そう話すイライザの顔は、緩みきっていた。
「それまでの人生で、女の子だからって優しくされたの初めてだったからさ、あたし嬉しくって。それで……」
「惚れた、と」
私が言うと、イライザは頬を赤くしてコクリと頷いた。
そんな彼女の様子に、私はフランカと顔を見合わせる。
……うん、わかるよ。フランカの言いたいことはわかる。私も、同じこと考えてるから。
だけど、ちょっと言えないな。
「そんなふうに優しくされてしまったら、私もドキッとしてしまいそうです」
「だろぉ?」
当たり障りの無いフランカの言葉に、イライザは照れ笑いを浮かべる。
……もしかしたら、アーヴィンは警官として仕事しただけなのでは?
私も、きっとフランカもそう思っているだろうけど、言わないでおくことにした。




