堅物騎士の授業
データ消えたぇああああああ!
同じものって絶対掛けないですよね。
心折れそうです 涙
マシロの朝は早い。
早寝しようと思っても、長年培った社会人の生活が消えないのか、気がつけば早起きをしている。
マシロの体内時計では、朝4時ごろから女官たちの足音が広がり、5時ごろに武官だろう野太い声で朝練?が始まる。それから6時ごろに隣の部屋の住人ことキリュシエル起きだす声や物音。
贅沢にも、人に起こしてもらっているようだ。
キリュシエルが起床するろにはすでにマシロは朝の支度、洗面や歯磨き、着替えを済ませている。そしてキリュシエルは起床してしばらくたってから、マシロの部屋でマシロを構って出て行く。
それがいつもである。
そのいつもであるはずが、今日は勝手が違った。
「起きろ」
『…おはよう』
乱暴に扉が開いた、と思いきや、そこにたっていたのはキリュシエルではない。
男は、目をしばばたかせるマシロを見るなり、顔を赤くして怒鳴った。
「何だその格好は!」
『わぇっ。急に怒鳴らないで!びっくりしたでしょ』
「何を言って…クロっ、言葉が通じんとは厄介な」
『ノックくらいして』
「着替えろ」
男は一言残し、出て行った。
マシロは何だったんだと支度を進める。
マシロの格好は、洗面を終えたばかりで、まだ寝巻き姿。
この国の下着はかぼちゃぱんつに可愛らしいベビードール。肌触りも抜群で、寝るときは楽にしていたいマシロはその下着姿を寝巻きにしていた。
歯磨きを終えて貫頭衣のシンプルなワンピースを着て、髪を梳く。
朝ごはんまだかなぁと髪を邪魔にならないよう結っていると、またもノックなしに扉が開く。
「着たか。子供といえど婦女子があのような格好でうろつくな。それに、着替えてもお前はそれか」
男はあきれた視線を向け、ガラステーブルに食事を置く。
マシロは男を知っていた。
会ったのは昨日のことであるし、この世界にきて会った、二人目の人間だからだ。
『えぇーと、あ、あ、アギュ?』
「何を言っている」
マシロはアギレイが持っている朝食のプレートに気がつき、いつも食事をしているガラステーブルに席につく。
『いただきまーす』
「まじないか?」
プレートが置かれるなり、マシロは手を合わせておいしそうに朝食をつまみだす。
『くるみ?パンおいしい!バターないのかな。それともまだ作られてない?』
「…良く食べるな」
『牛乳?あるし、誰か作ってくれないかなー』
二人だがひとりのように両方が勝手に話す。
アギレイはおいしそうに頬張るマシロにほだされつつ、しかし自分を律し、マシロの観察を始める。
マシロは食事に夢中でアギレイの視線をまるっと無視できた。
マナーがなっていないが、綺麗に食べている。もしかすると、マシロの生国ではマシロは貴族だったのかもしれない。
この国のマナーではないが、下品な感じを受けないのだ。
言葉が今のことろ伝わらない以上、観察でマシロを見極めねば、とアギレイは恋焦がれる青年の視線よりも熱くマシロを見た。
ごちそうさまでした、とマシロが手を合わせるなり、アギレイは机へとマシロを促す。
「食器を片してくる、座っていろ」
『ん?なに』
アギレイは足早に食器を片し、マシロの部屋に戻る。
マシロは大人しく机に向かったまま座っていた。
『何するの?』
「陛下はお前が言葉や文字が通じなくてもいいと思っている。だが、いつか陛下がお前に飽きたとき、無碍にはせんだろうが困るのはお前だ。文字を知って悪いことはない」
『まさか、勉強?教えてくれるの?』
「武術以外に人に教えた事はないが、陛下はお前を衆人の目にさらさぬようにしている。教え下手かもしれんが、そこはあきらめて勉強してくれ」
分厚い本を差し出してくるアギレイに、マシロは思い本を受け取る。
勉強することは嫌じゃない。むしろ勉強したい。
社会人のときは、ただ平和にだらだら生きたい、と思ってたが、変化のない日々をただ安穏と送る事がこんなに退屈なことかとはマシロは知らなかった。
上司っぽいキリュシエルが、今この場にいないのは、朝から姿を現さないのは、もしかしたらこの男に教育を任せたということだろうかと、マシロは考える。
だからこそ、昨日顔合わせをさせ、キリュシエルは甘えさせないようマシロと会わないのだとしたら?
マシロは用紙とペンをしっかり握り、アギレイにお願いする。
『よろしくおねがいします』
アギレイの予想を裏切り、マシロは勉強に熱心だった。
「これはマシロ、お前の名前だ」
用紙に書いて指をさせば、
『マシロって、こう書くってこと?』
マシロは何かつぶやき、見本の文字を真似て書く。
それは初めてにしては上手で、思わす関心した。
「意外にうまいな」
『訂正されないってことは、及第点ってことかな?文字っていうより、記号って思えば簡単だよ』
「これはどうだ。キリュシエル、陛下のお名前だ。お前は恐れ多くもキリと略し呼んでいるようだが」
『キリってこれ?ずいぶん長く書くなぁ』
復習、練習をマシロは重ねる。
見本の文字の横に、マシロの母国語らしき文字を書いている。覚える気満々だ。
母国語であれば文字を書けるのであれば、やはりマシロの母国での地位はあったのだろう。その文字を書くことに考えるそぶりもなく、また、アギレイが見本を書いたときに文字の勉強だとすぐさま理解した。
就学したことがある者、もしくは理解の早い証拠だろう。
やる気があり、飲み込みも早いものに教えることは楽しい。
マシロも楽しく学んでいたせいか、手元が暗い、と思えば窓の外は夕闇に包まれつつあった。
楽しいと集中はイコールで結ばれているのではないか、とマシロは思った。思えば10時間以上勉強していたが、トイレにもたたなかった。
暇をもてあましすぎて、意味のある勉強が楽しすぎたと脳が判断して、生理現象までとめたのだろう。
そして、楽しいと時間の経過も早い。これも事実だろう。
―――ぐぅ。
楽しいときは、腹は減らない。これもマシロの頭の辞書にインプットされた。
「今日はここまでだ。食事にしよう」
アギレイは苦笑し、本を閉じた。
「えぇと、えーと『あぃとう、ござまいた』」
言われたアギレイはかすかに笑い、
「ありがとうございました」
『「あぃがとぉ、ございした」』
「ありがとう、ございました」
『「ありがぉう、ございました」』
「ありがとう」
『「ありがとう」』
「ございました」
『「ございました」』
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
根気良く、ゆっくりと発音するアギレイに習い、マシロは今日習った「ありがとうございます」と立派な発音でマスターしたのだった。