黒い襖
あなたの家に襖はありますか?
今の家は洋風の作りで襖がないという方も少なくないと思います。
だけど、もし。
夜中に目が覚めた時、
「あれ、こんなとこに襖があったかな?」とか
「あれ、この襖、こんな色だったかな?」とか
思うようなことがあったなら。
すぐに目を反らして。
そして、襖ではない何か別のものを見て、それから目を閉じて下さい。
別のものは時計でも携帯でもタンスでもなんでもいい。
とにかく、見ないことだけじゃなく目を反らすことも大事なんです。
私が見たのは真っ黒な襖でした。
そこには壁があったはずの場所に。一枚の黒い襖。
たまたま怖い話を読んだから、真っ暗にするのが怖くて枕元のスタンドをつけたまま寝ていたんです。
目が覚めたら夜中でした。
ふと寒気がして起きたのですが……それは、まだ寒い季節の夜に窓が空いていたような寒さで……最初は窓を見たんです。
もちろん窓は閉じています。
次に私は、部屋のドアを見ました。その窓からドアに視線を移す途中の壁に、黒い襖があったんです。
あれ?
こんなところに?
その襖が実家にあった襖によく似ていたから、私は夢を見て居るのかなって思いました。そして寝ている時にこんな寒いのだから、リアルの私はきっと布団とかはだけて寝ているんじゃないかな、って思い、起きようとしてみました。
目を閉じて……でもあの黒い襖が、瞼の裏側に張り付いたかのようにずっと頭の中に浮かび続けます。
嫌な夢だな。
まったく。
寒気はしたもののその時はまだ余裕があったため、もう一度、黒い襖を眺めました。
まだそこにありました。
しかも、その襖の端が若干、白くなっています。
え?
心なしか、襖の中央部分の「黒」が濃くなっているようにも感じます。
嫌だな。
次の瞬間、寒いのではなく寒気がしているのだと気付きました。首から二の腕にかけて鳥肌が立つくらいにざわついた寒気。
目を閉じても、襖はそこに「在り」続けています。
私は怖くなって思わず大声を出しました。
「あー! あー! あー!」
声は出ました。
でも襖の中の「黒」が中心に向かって巻き込まれてゆくように、自分の声もその「黒」の中心に引きずり込まれてゆくような気もするのです。
そんな風に怯えているうちに、どんどん「黒」はカタチになってゆきます。
カタチ?
まさか……でも……「黒」は人の形のように……ぐいぐいと。
あれ、このカタチ。
首を吊った人の影のように。
その時、私はなぜかその人が分かりました。黒いシルエットでしかないそれが、私の仲の良い従兄弟だと。
不意に携帯の着信音が鳴り、意識が一瞬そちらに移りました。
メールの内容は、友達からの他愛のないもの。週末の呑み会の待ち合わせ時間と場所の確認の。
「よかった……」
と一瞬、目を閉じると、もう瞼の裏に襖は見えていません。
私はそのまま何もかも見なかったことにして、布団を頭からかぶって寝ました。
翌日、母から電話がかかってきて、あの従兄弟が自殺したと聞かされました。
借金を苦にしての首吊りだったそうです。
あの襖を見たから死んだのか、それとも伝えに来ただけだったのか、私にはわかりません。
ただ後日、呑み会をすっぽかしてしまったお詫びにとあらためて開いた呑み会で、私がぽろりとこの話をしてしまった時、友人がこう言ったのです。
「私も見たことあるよ」
って。
彼女が見たのは、実家で飼っていた兄弟同然の飼い犬のシルエット。
薄暗がりの中で急に大きくジャンプして……彼女は懐かしいなとか感じはしたものの、それ以上は気にせずそのまま寝てしまったそうです。
翌朝、彼女の実家から連絡があって彼女の父と飼い犬とが散歩中に車にはねられ、飼い犬だけ死んだと聞かされたそうです。
それを聞いていたもう一人の友人が、急に私を抱きしめました。
「ごめんね。ごめんね。あたし見ちゃった。そんなものだなんて知らなかった」
彼女は泣きながら私を強く強く抱きしめたのです。
それ以上は何を聞いても彼女は答えてくれませんでした。
けれど彼女が見た影が誰だったのかを、私はなんとなく察しました。
こんな話は今まで聞いたことなかったし、どういう条件で襖が、影が見えるのかはわかりませんが……もし、誰かの役に立つのならと、私はこのことを書きとめておくことにしました。
これを書いている今はまだ、私は信じていません。
それに、どんな最期の姿だったのかまでは聞いていmmmmmmmmmmmmmmmmmmms