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花のこころ

作者: 竹流

剣は、もう、折れてしまって使い物にはならなくなっていた。

いや、それ以前に、刃はぼろぼろに毀れてしまっていただろうか。

「…ここまでか、な」

岩にもたれかかりながら、ため息混じりに呟く男の顔には、けれど、悲壮感は微塵も感じられない。『やれるだけのことは、やった』そんな達成感にも似た、満足げな表情を男は浮かべている。


自分は、選ばれてこの荒れた大地にやってきた。

生まれたときから、戦うことだけを教えられ、その日が来るのを、ずっと待っていたのだ。

戦士たちには、名前すら与えられなかった。戦って死ぬだけの消耗品に、そんなものはいらないとでも言うのだろう。

だから、待っていた。

戦いの果てにやってくるだろう、自由を。


ふと、足元を見ると、小さな花が咲いているのが目に入った。岩盤の裂け目から、懸命に葉を伸ばして、可憐に咲いている。

ああ、こんな荒れた大地にも、花は咲くのだ。

男は、その花を見ながら、そっと口元を綻ばせた。

こんな身体でも、この花の栄養ぐらいにはなるかもしれない。足元に広がってゆく黒い血だまりを見つめながら、男はそんなことを考えた。そして、この次に生まれてくるのなら、何ものをも傷つけない、花に生まれてくるのもいいなと、最後に、思った。




黒い煙が上がっていた。

男の体から。


「また、失敗ですね」

今までただの岩だと思っていたものが、突然、左右に割れて、その中から白い上着を着た男がふたり、明滅する光を背後に現れた。

「完全なヒューマノイド型戦闘兵器として、今度のは完璧だと思ったんだがなあ。なにが、足りないんだろうなあ」

腕を組んで、う〜んと唸る初老の男の横で、助手と思しき若い男は言った。

「とりあえず、データは取れたんで、少し休憩にしましょうか、博士」

「そうだな、このところ、休む暇も無かったからな」

「まったく、こいつは良く戦ってくれましたよね。完全体が完成するのも、もう時間の問題ですよ」

「う〜ん、だがなあ、敵からの攻撃を自己判断するための回路の中に、いつもおかしな揺らぎが発生するのは、なぜなんだろうなあ。それがわからんと、先には進めんぞ」


動かなくなった人型兵器を前に、博士は首を捻っていた。もう、これまで、どれだけの試作品を作っては壊してきただろう。身体能力を測るための最後の実戦型戦闘テストで、まるで、自分がそれを望んでいるかのような行動をとりながら、兵器たちはみな壊れてゆく。

なんらかのバグなのだろうが、それが感情を持って行動しているように、博士には思えてならなかった。けれど、そんなはずは無いのだ。感情を発生させるようなプログラムなど、組み入れてはいない。


う〜んと唸りながら顔を上げると、ドーム内に人工的に作り出された青空が輝いているのが見えた。綺麗な青い空だ。錯覚だとわかっていても、空を吹き渡るさわやかな風さえ、感じてしまいそうになる。

この荒れた大地を模した実験場は、遠い昔、実際にそうであったのだろう条件を全てそろえて作られている。今はもう失われた青空が、ここにだけは存在していた。

人が、無益な戦いの末に失ってしまった空と大地。本来なら科学は、それを取り戻す努力をするために使われるべきはずのもの。なのに、人が住めなくなった地上で、まだ戦いを続けるべく人型の兵器が必要だなどと、人類は一体どこまで愚かなのだろう。

自分に兵器の開発を依頼してきた、要人の顔が思い浮かぶ。どうにも自分には、彼らよりもよっぽど自分の作った人型兵器のほうが、人間らしいような気がして仕方がない。

そう考えて、博士は苦笑混じりに、頭を軽く左右に振った。

人間の五感なんて、単純なものだ。きっと、人の形をしているから、こんな機械人形にさえ、心があるかのように感じてしまうのだろう。

それに、自分とて人のことは言えない。施設を維持するための研究費をもらうために、依頼された兵器の研究を、日夜続けているのだから。


ため息をひとつ吐くと、博士は助手に言った。

「さて、お茶にするか」

「今日は、いい菓子をいただいているんですよ」

この若い助手は、ティータイムの菓子をいつも楽しみにしている。甘味はなかなか一般には手に入らない貴重品であるから、余計そう思うのだろう。助手が嬉しそうに話すのを聞きながら、博士はもう一度だけ、壊れて黒煙を上げている自らが作った人型の兵器に視線を落とした。

人の形をしながら、決してそうではない機械の塊。けれどその時、魂など持つはずのない存在のその目から、黒い雫が一滴、まるで涙のように零れ落ちるのが見えた。

博士は一瞬眉を寄せたが、ただのオイル漏れだろうと納得して、何も言わずに助手とともに、岩の表面に開いた扉の中へと消えて行った。


動かなくなった人型兵器の足元には、その身体から流れ出した黒いオイルにまみれてしまった花が、揺れていた。

何者をも傷つけず、ただ、悲しげに。

作り物の花は、何体もの兵器が壊れてゆくのを見つめながら、いつまでも美しく咲き続けていた。

自らが本物であることを、ずっと、夢見たまま。



暗い設定のお話になってしまいましたが、心とは、命あるものにしか宿らないのだろうかということを考えて書きました。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] このような設定はよくあると思うんです。でも私は好きなんです。この世に生み出されたものは紙くずだろうが機械だろうが魂?みたいなものは宿ると思ってます。ラルクの「メトロポリス」という曲を思い出し…
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