星降る夜の愛し方 4
「美菜先生、そろそろ院長の相手をしないと、院長が拗ねちゃいますよ?」
『ふふっ。それもそうね。そろそろ失礼しますわ、あげは』
「はい。院長によろしくお伝えください」
『ええ。それでは、ごきげんよう』
「ごきげんよう、美菜先生。メリークリスマス」
メリークリスマスと、美菜先生は言葉を返して電話を切った。
私も電話を切り、じっと携帯電話を眺めた。
美菜先生と院長が、楽しいクリスマスを過ごしてくれたら良いな。
そう願いながら、携帯を握りしめる。
“紫苑も、楽しくやってるかな”
多分今頃、紫苑は仕事仲間とパーティーの最中だろう。
会えない時、電話を自分からはかけないと言う約束になっているけど、無性に声が聞きたくなる事がある。
やっぱり、淋しい時は淋しい。
電話でも良いから、今すぐ紫苑の声が聴きたい。そう彼に電話をしたら困るのかな…。我儘で迷惑だって…。
「…せめて声だけでも聴きたいなぁ」
そう呟いた瞬間、背後から体を抱きしめられた。
思わず悲鳴を上げそうになった私の口を、大きな手が塞ぐ。
「誰の声が聞きたい訳?」
聞き慣れたその声に、そっと後ろを見ようと視線を上げれば、見慣れた彼の姿がそこにある。
微笑して手を離した相手に、私は一瞬何が何だか分からなくなる。
驚きで跳ね上がった鼓動が、相手にも伝わりそうなくらい大きな音を立てている。
彼が部屋に何故いるのかも分からないし、何時の間に部屋の中にいたのかもわからなかった。
美菜先生との電話に夢中で、帰ってきた事に私が気付かなかっただけなのかしら。
「…し、紫苑?」
「ただいま、あげは」
間近にあるアッシュブルーの瞳が優しく揺れて、紫苑が微笑む。
「…ど、して?パーティーは?」
「途中で抜けて来た。あげはに早く会いたかったから」
「…大丈夫なの?」
「すぐに皆、出来上がっていたから平気」
耳元でそう囁いた紫苑は、私の耳朶に唇を寄せて甘咬みする。
少しお酒の匂いを含んだ熱っぽい吐息と、軽い痛いみにゾクリと体が震える。
「どうしてそんな格好してる訳?」
さっきまで口を押さえていた手が、私の顎をなぞり、首筋を降りていく。
普段は絶対に晒さない素肌を晒した肩を、紫苑の指先が繊細な動きでなぞる。
「っ…」
「おかしいよね?俺がいないのに…教えてくれない?誰の所に行くつもりだったの?それとも、誰かを呼ぶつもりだった?ねえ、色っぽいサンタさん」
「やぁっ…」
首筋に降りてきた口づけに、思わず上擦ってしまった声。媚態が混じってしまったその声に恥ずかしくなって思わず顔が熱くなるけど、紫苑の尋問の手は止まない。
「浮気なんて、許さないよ?」
怒りを孕んだような低い彼の声が鼓膜をふるわせ、危機感で体が強張る。
「そ、そんなのじゃ…」
「言い訳は、後で聞くよ」
胸元に降りてきた紫苑の指が、結ばれた紐の片方の端を摘まむ。ゆっくりと引っ張られるそれに、私はあわてて彼の手を掴む。
これはいけないパターンなのよ。
怒っている紫苑に成すがままになったら、いろいろ大変なことになるのよ。それだけは絶対に阻止しないと。
「し、紫苑!ま、待って!お願いよ。これは、美菜先生の為にしたことなのよ。本当よ、信じて」
必死にそう紫苑に訴えれば、不意に声を押した笑い声が聞こえる。
「そんなに怯えてあわてなくても良いのに。ちゃんと解っているから。美菜様と話をしていたのをずっと聞いていたし」
穏やかな声と、その言葉に、私は彼にからかわれていたのだと気付く。同時に、深いため息が無意識に漏れてしまう。
「もう…びっくりしたわ…」
「ごめん。その姿を一番に見たのが俺じゃないなんて、悔しくて…その姿の吉良がクリスマスプレゼントだと嬉しいんだけど…どう?」
「そ、そんな恥ずかしい事、言いません!」
身を捩って紫苑の腕の中で彼と向き合えば、紫苑は小さく残念と呟いた。
本当に、残念そうに。
「…紫苑、酔ってるでしょ?」
「ちょっとだけね」
そう言って紫苑は私の頬に唇を寄せる。
「いつもの髪型も似合うけど、長い髪も可愛いよ?一瞬、誰か解らなかったけど」
後ろ姿しか見ていないのに、紫苑はどうして「誰?」とも聞かずに私を抱きしめたんだろう。
声で聞き分けたのかしら…
でも、不法侵入者だって思わなかったのかしら。
「…いつもと違う姿なのに、よく解ったわね?声で気付いたの?」
紫苑はうっすらと笑みを浮かべる。
「喋らなくてもわかるよ。変装していても、姿を見ればね」
「…も、もしかして…院長と同じで、服の上からでもスリーサイズを看破れるとか!?」
「…いや、確かにそれもできるけど……毎回、情熱的に愛し合えば、五感すべてで覚えているに決まっているじゃないか」
爆弾発言をした紫苑に、思わず恥ずかしさから顔が熱くなって、彼から視線をそむけた。
私をすぐに見分けてくれる紫苑が愛しく思う。
でも、紫苑の愛情表現にはまだ翻弄されっ放しで、時々、言葉を返せなくなる。
黙って俯いていた次の瞬間、自分の体が傾いたと同時に、ふわりと浮いた。
「!!!な、なにっ!???」
気付けば紫苑に横抱きの格好で抱きあげられていて、私は無意識に彼の頸に両腕を回して抱きついていた。
「聞くだけ野暮だよ?」
「はい??」
意味が解らず首を傾げれば、紫苑が小さく口角を動かして笑う。
その誘惑に満ちた表情に、胸の鼓動が跳ね上がる。
「見せたいものがあるんだ」
紫苑はそう言って歩き出す。
向かったのは寝室。