星降る夜の愛し方 3
§
「うわっ…どうしようこれ…」
家に帰って一通りの事を済ませた後、院長からもらった服を開いて見た瞬間、私の思考は停止した。
トナカイの着ぐるみではなく(勿論、それだったらそれで微妙なのだけど)、サンタクロースのコスチューム。しかも、女の子用の。
マイクロミニでボディーラインがはっきり出る深紅のベルベッド生地のワンピース。
しかもチューブトップで胸元が大きく開いている上、ワンピの前は臍上からⅤ字に開いていて、紐でクロスステッチにして結ばれている。
オプションにサンタ帽と、リボンのつい手掌と手首を覆う指なしの手袋。
「…いや、これ…お色気担当なお洋服ですけど…院長…」
その場にいない鬼院長に、私は思わず呟いていた。
ゴスロリなサンタ衣装でも困るけど、これはこれで大いに困る。
“これは美菜先生担当でしょう?私じゃない気がする”
試しに一応、着てみたけれど、諸肌は見えるし、胸の谷間は出るし…丈が短すぎてちょっと屈んだらいろんな所が見えちゃいそうで恥ずかしい。
しかも、測ったように私にぴったり…やっぱり院長の女性のスリーサイズを見抜く目は伊達じゃないわ。
ただ、私の今の髪型と、普段している薄化粧ではこの衣装は似合わない。
「…ウィッグをつけて、お化粧もそれなりにしないと駄目ね…」
一応、院長と約束した手前、それを果たさないと後で院長にどんな仕置きを受けるか分からないし。
そもそも、院長相手に引きうけてしまった以上、私に拒否権と言うものはほぼないに等しい。
安請け合いするんじゃなかったと後悔しても、時既に遅し。
幸いにも、美菜先生がくれたウィッグが何種類かあるし、もう、別人になりきって早く写メをとってしまおうと、早々に決意した。
で、腰丈の金髪のスーパーロングウィッグをつけて、普段はしないちょっと大人な女性を演出するメイクをして、姿見の前に立つ。
「…な…なんとか…見られるかな…まぁ…土台が私だから、仕方ないわよね」
似合う似合わないは別にして、美菜先生直伝の“変装メイク”だから、ぱっと見は私かすぐにはわからない。
私の腕ではこれ以上は無理だった。
早々に、適当なポーズをとって写メをとり、美菜先生にクリスマスメッセージを添えてメールを送信する。
これで任務は終了。
着替えようと思った時、携帯電話が鳴る。
見ると、美菜先生からの電話着信だったから、すぐに出る。
「はい、吉良です」
『あげは~!もう、何て素敵なクリスマスプレゼントですのっ!!』
大層ご機嫌な美菜先生の声に、私は思わず笑みがこぼれる。
「喜んでもらえましたか?」
『勿論でしてよ。今すぐ生の姿を見たいくらいですわっ!』
「それはちょっと恥ずかしくて無理です…」
『まぁ、でしたら今日はしーちゃんがその姿の貴女を独り占め?憎たらしいですわね』
院長から紫苑の話を聞いていないらしい美菜先生に、私は曖昧に笑う。
『でも、そんな格好をさせたのは、健ね?大方、あたくしへのサプライズとか言って』
さすが妻。院長の行動をよく読んでいらっしゃる。
『本当に健ったら、どうしてこんなに可愛い貴女を本気で口説いてくれないのかしら…』
紫苑と付き合うようになってからも、美菜先生はまだ私を院長の愛人にしようとするのを諦めていないらしい。
「多分、院長は娘を嫁にやりたくない父親みたいな心境で、私を見ているからだと思いますよ?」
『まぁ、どうして?』
「お昼に丁度そんな話をしてたんです。俺の認めた男でないと嫁にやらんと、豪語されました」
『健ったら甘いわ!』
「え?」
『可愛いあげはをお嫁になんてあげませんわよっ!例えしーちゃんでも!どんな男でも許しませんわっ!健にしておきなさいっ』
本当に、似た者夫婦だと思う。こんな二人が私は大好きなのだけれど…院長の愛人だけは勘弁されたい。
「私には紫苑がいるので、院長は美菜先生にお任せします」
『こうなったら、しーちゃんを洗脳して我が家に同居させようかしら。それなら、仮にマスコミへ二人の関係がばれても貴女を守れますし、貴女をずっとあたくしの手元に置いておけますでしょう?』
具体的な未来構図を提示した院長以上のつわものに、愛想笑しかできなかった。
正直、仕事が上り調子な紫苑がすぐに結婚をするとは思えないし、世間に秘密にしたこの生活が、どれだけ続けられるのかも分からない。
でも、私は今のちょっと窮屈な生活でも十分に幸せだと思う。
誰かをまた好きになる事が出来た今、あまり多くを望むのは、贅沢過ぎる気もする。
紫苑もいて、美菜先生や院長だっている。
とても幸せで、夢の様な日々を生きている。
紫苑がいないクリスマスイヴだって、今日一日を我慢すれば、それで済む事。
彼が消えてしまう訳じゃない。