星降る夜の愛し方 2
「そんなにぐうたらして、私がもし仕事を辞めたらどうするんですか?」
刹那、院長の瞳に鋭い光が走る。
「なんだ、紫苑は結婚したらお前に家庭に入れとでも言っているのか?そんな狭量の男との結婚は許さんぞ」
「は、はぁ…」
「可愛いお前を嫁に出来るのは、この俺が認めた男だけだ」
「…娘にベタ甘な頑固おやじですか、貴方は」
院長の言い分に、思わず苦笑が浮かぶ。
冗談半分、本気半分であることは、院長の顔を見ればわかる。何処が本気かは、言わずと知れた所だけど。
過保護もここまで来ると、ちょっと問題よね。
「お前と俺の歳の差じゃ、せいぜい、シスコンの兄貴だろ」
「年齢の問題じゃなくて、発想の問題ですよ?」
「発想だと?…極論、お前から仕事を奪うような男は、お前を幸せに出来ないだろ」
看護師をしない自分の人生なんて、抜け殻の自分しか残らない。
どんなに辛くても、この仕事が好きだから、今もこれからもこうして働いていたい。
他の事は多少、犠牲には出来るけど仕事だけは無理。
だから院長の言うように、仕事を辞めて家庭に入れと言われたら結婚はできない。
たとえ、仮にそれが紫苑の申し出だとしても、答えは一つしかない。
「ま、紫苑なら矯正がきく。あいつがふざけた事を言うのなら、俺か美菜に言え。お前好みに洗脳してやるから」
恐ろしい事をさらりと言ってのけた医者の笑顔は、凄艶かつ邪悪だった。
“この人、本気だわ…絶対”
やると言うからには、確実に人格矯正を施すだろう。
間違っても、院長と美菜先生だけには相談できない。
紫苑がどんな目にあわされるか、想像するだけで怖い。
私はむしろ、真逆の決意を胸に新たにした。
院長は診療室の机の横にあった紙袋をおもむろに取り出し、私の前に差し出す。
「何ですか?」
「俺からのクリスマスプレゼントだ」
「え…院長、クリスマス嫌いなのに?」
「クリスマスは嫌いだが、女に物を贈ることは嫌いじゃない」
院長から何か物を贈られた経験は、これまでにない訳じゃないけれど…どちらかと言うと、プレゼントには見せかけない形で貰う事が多かった。
だから、『プレゼント』だと言って何かを貰うのは殆どない。
素直に受け取っていいのか、ちょっと迷う。
「毎年、美菜が無理を言ってケーキを作らせているからな」
美菜先生からは、毎年、クリスマス用のホールケーキが欲しいと頼まれて、年々違うケーキを贈っているけれど。
ちなみに今年は薪の形をしたケーキ、ブッシュドノエル。
院長でも食べられるように、甘さ控え目にしたコーヒー味というリクエスト。
実はもう、昨日の家に院長宅にお届けしてある。
でもケーキなんて、いつも院長や美菜先生が私にしてくれる事への恩返しにもならない、本当にささやかなお礼。
「お菓子作りは、ほとんど趣味ですから」
「まあそう言うな。今夜、そいつを着た所を写メに撮って、美菜の携帯に送ってやれ」
「…袋の中身、お洋服ですか?」
「あぁ。少し前に、お前が着た所が見てみたいと美菜が恍惚と呟いていた。たまにはあいつを驚かせてやるのも良いだろう?」
「つまり、サプライズ?」
なぜだか美菜先生は、私を着せ替え人形の様に色々、服を着せるのがお好き。
私より美菜先生の方が断然、プロポーションも良いし、美人だから似合うと思うのに。
「嫌か?」
つまり、プレゼントと言いつつ、美菜先生の為にこれを使って一肌脱げと院長は言っているのだ。私の写メで、美菜先生を驚かせようと言うコンセプトらしい。
サプライズに協力するのは嫌じゃない。
「…いえ。解りました。今夜、写メで送れば良いんですね?」
「あぁ。頼んだぞ」
まあ、服を着て写メをとるだけなら、別に大したこともないし…
なんて思っていたけど、院長の表情が微妙になにか含むものがあって、少し気になる。
「…もしかしてと思いますけど、この服…」
「なに、単なるクリスマス用のコスプレ衣装だ」
こ、コスプレって…
「え、トナカイの着ぐるみ?」
「家に帰ってから開けろよ」
ボキャブラリーの少ない発想しか出来ない私の問いには答えず、院長は淫靡に笑ってそう念押しをした。