星降る夜の愛し方 1
星降る夜の愛し方
世の中はクリスマスイヴ。
華燭のようなイルミネーションに彩られた幻想的な街の中も、その中を歩く人も、朝からどこか浮かれている。
それは私が勤めるクリニックの中も同じ。
待合室にはクリスマスツリーが置かれ、ガラス窓にはクリスマスをイメージしたステンドグラス仕様のフィルムが貼られている。
そのほかにも、小さなアクセサリーが至る所に飾られている。
イベント事が大好きなスタッフが飾り付けたのだけれど、ハロウィン同様、院長は渋い顔をして診療室でコーヒーをすする。
「今度はクリスマスか。まったく、日本人の八百万信仰はどうにかならんのか」
そんな事を言いながらも、院長がクリスマスイヴを意識して今夜は美菜先生とデートの約束をしている事を、私は知っている。
勿論、情報源は美菜先生。
「賑やかで楽しいことなら、多いに越したことはないじゃないですか」
「お前も浮かれて紫苑とデートか?」
「いいえ。今年は一人です」
「なんだと?」
答えた私に、院長がものすごく不機嫌な顔をする。
「紫苑、ファンクラブのクリスマスイベントの後に、打ち上げがあるらしくて。多分、午前様です」
「お前、紫苑に文句の一つでも言ってやったか?」
「紫苑の意思で仕事を中止出来ないし、人気商売ですからファンを大事にしないといけませんし…それにお互い、仕事に関する文句は言わないって約束をしていますから」
だから、紫苑は私が休日に勉強会に出かけても文句を言わないし、自分の休みに休暇を合わせろとも絶対に言わない。
私も紫苑の仕事に関しては口を挟まないし、文句も言わない。
勿論、淋しいとか嫌だって思うこともたくさんある。
だけど、紫苑が人気俳優の上坂伊織である以上、普通の恋人同士の出来ることはほとんど出来ないと初めから覚悟の上。
それに、私の為に上坂伊織としての活動を支えてくれるファンを蔑ろにしてもらいたくない。
上坂伊織も榊紫苑の一部だから、彼の仕事を否定することは紫苑を否定する事になる。
そう思うと、不満も何も言えなくなる。
「物分かりの良過ぎる女より、少し我が侭なくらいが男には刺激的で丁度いいぞ」
私の心を見透かしたように、院長がそう忠言してくれる。
「同じようなことを、亮さんにもこの間メールで突っ込まれました。もっと困らせてハラハラさせないと浮気するぞって」
「あいつもたまには真っ当な事を言うじゃねえか」
「そういうものなんですかねぇ…」
そういえば、紫苑ももっと我がまま言ってと、随分前に言ってくれたことがあったのを思い出してしまう。
あの頃に比べたら、我がままを言っているけど、亮さんや院長から指摘をされるくらいだから、まだ駄目って言う事なのかしら。
それとも、彼らが女性に甘いだけ?そう考えると、亮さんの場合は困らせろって言っていたから、ちょっと我がままとは違う気もするけれど。
流石に三十路間近になってくると、十代の頃のように無邪気に我がままなんて言えないし…。
「歳を重ねるごとに、どんどん自分にも人にも素直になれなくなるんですよね…」
感情よりも理性が働いて、いろんなことに臆病になって、言いたい事が言えなくなって、どんどん可愛げがなくなって…。
わがままは別にして、もう少し素直に気持ちを伝えられたら良いのかなって思う。
「お前は物事を先読みしすぎて雁字搦めになって、我慢しているだけだろうが」
「…たぶん、臆病なんでしょうね。紫苑のことになると、嫌われたくないって気持ちが先行しちゃうんです」
「紫苑が餓鬼だからだろ。俺なら、お前に我慢などさせない」
そう言った院長の眼鏡越しの真摯な瞳に、ドキリとさせられる。
真顔の院長は紫苑に似ているから、ちょっと苦手。
「院長はどんな女性も上手に掌で転がして、甘やかしてくれそうですよね」
茶化して私が言えば、院長は鼻で笑う。
「お前が望むなら、他の男が見えなくなるくらいドロドロに甘やかしてやるぞ?」
本気か冗談か解らない口調で、院長は扇情的な視線を私に向けながら誘惑の言葉を紡ぐ。
もしこの言葉が紫苑だったら、たぶん、誘惑から逃れらない。
院長の様に、大人の余裕で私を心ごと抱擁して甘やかしてくれなくても、私はもう、紫苑に囚われている。
「もう紫苑しか見えてませんから、遠慮しておきます」
院長は一瞬、驚いたような顔をした後、声を殺すように笑う。
「恋愛などしないと言っていたお前の台詞とは思えんな」
「そう言う院長だって、美菜先生しか見えていないでしょう?」
「美菜以上の女はいない」
いつもならうまく誤魔化される所を、率直な返事が来たので私は思わず恥ずかしくなる。
「お前が照れてどうする」
「す、すごい惚気を聞きました…」
誤爆して熱くなった頬を手で押さえながらそう答えれば、院長が不敵に笑う。
「美菜は不動の一位だが、お前は不動の第二位だ」
「…何のランキングですか?」
「良い女格付けだ」
女性に対する審美眼が厳しい院長から、破格の順位を言い渡された私は、思わず院長をじっと見つめてしまった。
「…私をおだてて、雑務を押し付けようとか思ってます?」
「随分と理解力があるな、雑用係」
「…院長、私より処理能力高いんですから、もう少しやる気出してくださいよ」
その気にならなくても片付けられる仕事も、病院の運営に関わる際どい部分の内容でさえも、私に回したりする院長はすました顔でコーヒーを飲む。
面倒くさがりと言う訳でもないのに、どうしてそこまでするのか私にはわからない。
何か思う事があってしているのか、単に楽だからなのか…。