そんなあなたも好きだから 5
「泣くほど嫌??」
あげはは大きく首を横に振る。
「私…変態かも…」
怖々、涙を堪えながら間近にいる青年を見るあげはは、嗚咽交じりにそう告白する。
衝撃的な告白に、された方はただ、目の前の年上の彼女を見る事しか出来ない。
「紫苑は耳掃除がくすぐったかっただけなのに、その我慢してる声にドキドキするなんて、…紫苑の声にムラムラしちゃって…私、変なんだもの」
申し訳なさそうに委縮するあげはは、固まったままの紫苑の視線から逃れるように顔をそむける。
恋愛に疎く経験も浅かったあげはにしてみれば、女性側が性欲を感じてしまうのがどこかいけない物の様な気がしていた。
浴衣を着せられた時(参照:『それを男は浪漫と云うの?』)のように肉体的に刺激されて求めた時とは、状況も違う。
勝手に妄想してしまったからこそ、恥ずかしい。
「…それって、俺としたいってこと?」
事実を容認できず、紫苑の声には相手を訝るものがあった。
その方面にとても疎くて苦手そうなあげはには、性欲などほとんどないと紫苑は勝手に思っていた。
何時だって誘うのは自分で、彼女からのアプローチなど片手で余るほどだ。
それだって、彼女が気を遣っているようにも見えた。
「そ…そうです…破廉恥な女でごめんなさぃ…」
顔をこれ以上ないくらい朱に染めて謝る彼女を、紫苑は信じられなくてじっと見据える。
あまりにその視線が鋭く、あげははまるで咎められているかのような錯覚を覚える。
「……軽蔑する…よね?」
びくびくと小動物の様に、恐る恐るあげはは問いかける。
目の前の相手のこういう所を見ると、どうしても彼女が年上には思えない紫苑は、頭を抱えて悩みたくなった。
あげはには、もう少しこの手の事に積極性を持ってほしい。ついでにそろそろ男心を察してほしいと、願わずにはいられない。
一昨日までの二週間の海外ロケは寒暖の差の激しい気候変化と、慣れない食生活で満足に睡眠もとれず疲弊しきりだった。
昨日はマンションに戻ってあげはの手料理を食べ、満足に入れなかった風呂に入ったら、その疲れが一気に体を襲った。
気付けばほぼ丸一日ベッドで眠りこけて、彼女とのスキンシップは一切なし。
しかもロケ前は、あげはの『女性の事情』で、そちらはずっと御無沙汰。
立派な肉食系男子である紫苑にしてみれば、我慢の限界値を超えている。
昨日一日で体力も完全復活し、耳かきの刺激でさえ、妙な気分になってしまうほど欲求不満な彼には、あげはの言葉は劣情を更に煽りたてる物でしかない。
「他の男にそんな台詞を言った事があるなら、赦さないけどね」
普段はそうでもないが、時々、紫苑はあげはを苛めたくなる。
真面目な彼女が、羞恥と色香に染まった表情で自分に溺れて堕ちて来る姿が、たまらなく愛しい。
自分が彼女に愛されていると確信し、安心できるから。
紫苑があげはの耳に唇を寄せてわざと意地悪く囁けば、あげはの体が骨の髄まで響く甘い声にびくりとはねる。
「ほ、他の人になんて、い、言ったことないわ」
「本当に?」
「貴方だから…そう思うの」
「俺だから?」
紫苑が喋る度、あげはの耳朶に紫苑の柔らかな唇が僅かに触れる。
それさえも、あげはには危険な刺激にしかならない。
心臓が高鳴って、ゾクゾクと身体の奥から沸き上がって来る淫靡な感覚に、心と身体が焦れて来て、無意識に紫苑の身体に腕を回して抱き寄せる。
二週間は長く、彼の居ない部屋もベッドも広過ぎて、温もりを感じられない夜は切なくて苦しかった。
それを埋める様に、紫苑の温もりを確かめる様に強くあげはは彼を抱きしめる。
「貴方が好きだから…貴方をたくさん感じたい」
熱を孕んだ甘く切ない恋人の呟きに、久しぶりなのだから少しは雰囲気も大事にして誘ってみようとか、まずは優しく抱いて…なんて、最初に考えていたことは紫苑の中から全て消し飛んだ。
あげはの甘美な戒めを解いた紫苑は、咬みつくように彼女に口づける。
求められるままに、求めるままにかわされるキスに、くすぶっていた互いの衝動が猛る熱を孕む。
互いを手繰り寄せ、堪え切れぬ慾に突き動かされていく。
「羞恥心を忘れるくらい淫らにさせるから、覚悟して」
熱を帯びた瞳に囚われ、あげはは上気した吐息を零しながら小さく頷く。
彼の頸に絡めた腕に力を込め、彼の唇に自らのそれを寄せる。
それが合図。
体を縛る灼熱と気だるい甘さを含んだ感覚に、何処までも堕ちる。
会えなかった淋しさと、触れあえなかった孤独を埋めるように、心のままに。
END
いつの間にか、『Sweet hug』のお気に入り登録が100件越え!?で、思わずPC画面を二度見してしてしまいました。
お読み下さる皆様、ありがとうございます。
スローペースな紫苑とあげはの恋愛ですが、どうぞ今後ともよしなに。