そんなあなたも好きだから 4
§
優しく腔の中をなぞりあげる感覚と共に、何かが引きずり出される。
それと共に、紫苑の脊髄に震えが走り、腔の中を蠢いた異物の感覚が消える。
紫苑はうっとりと熱を帯びた双眸で、ゆっくりと相手を見上げる。
「はい、これでおしまいよ」
ティッシュペーパーに耳垢を包んで丸めながら、あげはの視線はゴミ箱を探すように違う方向を向いていた。
「ありがとう。すっきりした」
「そう。良かったわ」
ぎこちなく返事をする相手はゴミ箱にゴミを捨てても、初めての膝枕から離れない青年を見ない。
「そろそろ、膝から退いてくれる?夕食の支度したいんだけど」
「支度なんてまだ早いだろ?もう少しだけこのまま」
耳掃除と膝枕のコラボの心地良さに浸りつつ、ロケでしばらく会えなかった時間を埋める様に紫苑はスキンシップを求め、彼女の手を取ると、指の先に軽く口付ける。
「でも…」
けれど、あげははやはり紫苑を見ることなく、心底困ったように彼の手を離そうと試みるが、紫苑はその手を強く握る。
「こんな風にゆっくりできるの、久しぶりなんだよ?どうして逃げようとする訳?」
訊ねてみても、あげはは何も答えなかった。
そっけない相手の異変に気付いた紫苑は、左側を向いていた体を仰向けに変えて、恋人の頬に手を伸ばす。
「…あげは、こっち向いて?」
「む、無理…」
頬を優しくなぞる紫苑の指先にびくりと震えたあげはは、慌てて彼の手を掴んで首を横に振る。
「やっぱり俺の事、呆れて嫌になったんだろ?」
「違うわ。そんな事じゃ嫌いにならない…」
「じゃあ、俺を見て訳を話して。言えないなら…言いたくなるようにしてあげるよ?」
不意に身を震わせたくなる様な脅し文句を低く呟いた紫苑に、あげはは恐る恐る、ようやく彼に視線を向ける。
ちらりと送った視線は少し怒っているようでもあった。
「さっきの紫苑の声がエロティック過ぎて、顔見れないのっ!」
顔を真っ赤にして顔を両手で覆ったあげはは、俯いてそう抗議する。
最後まで平静を装って紫苑の両耳を掃除していたものの、本当は漏れ聞こえる扇情的な甘美な声に、泣いて逃げ出したかった。
それでなくとも年下の美青年の声は、あげはの五感を刺激するような魅惑的な声だと言うのに。
“紫苑だって、きっと恥ずかしいのにっ…”
相手も悪気があって出した声ではないと分かってもいる。
それでも、耳かきの最中に聞こえた声にちょっぴり煽られてしまったなんて、はしたなくて口にも出来ない。
早く紫苑から離れて、自分の動悸をどうにかしないと、あげはは本当に変な気分になってしまいそうだった。
それなのに彼から逃れることが出来ないこの状況は、拷問に等しい。
そんな彼女の気持ちなどさっぱりわからぬ男は体を起こし、あげはの逃げ場を塞ぐように彼女に身を寄せる。
あげはの左右のソファが軽く沈んだ。
何かと思い、彼女がそっと手を顔の半分まで下げれば、目の前に紫苑の顔がある。
慌てて身を後ろに引こうとしたが、ソファの背がそれを邪魔する。
紫苑は官能に近い心地良さの余韻を引きずったままの表情で、あげはをじっと見る。
羞恥から上気した顔だと思っていた相手の表情に、色気を孕んでいる事に紫苑は気付く。
そして、察してしまう。
「…欲情した?」
小さく笑って茶化すように尋ねた紫苑に、あげはは強烈な衝撃を受けて呼吸さえ忘れて固まった。
“ば、ばれてるっ!!!”
「…おーい、あげはさーん?」
硬直したまま、全く動かなくなってしまった相手に、紫苑は首をかしげる。
彼女の目の前で手を振ってみても、瞬き一つしない。
「ねぇ、戻ってくれないとこのまま襲うよ?」
「…うぅ…ごめんなさぃ…」
突然そう謝ったあげはの瞳から大粒の涙があふれ出る。
「な…」
予想外の反応に、紫苑が激しく狼狽えた。