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Sweet hug  作者: 響かほり
そんなあなたも好きだから
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そんなあなたも好きだから 2



     §



 榊紫苑は、人生でも五本の指に入るくらい恥ずかしい思いを体験した。

 あまりの衝撃に、彼はソファーに突っ伏し、しばらくクッションに顔をうずめていた。


“耳垢に怯えていたなんて、恥ずかし過ぎるだろ、俺!”


 人生初めての耳のガサガサ音が、虫ではなかったと安堵したのが一割、後は羞恥心しかない。

 我を取り戻した彼は、顔を真っ赤にして今の場所に、今のポジションになって彼女の視線から逃げた。


“何時もなら、マメに綿棒で掃除してるのに!くそっ、あの砂漠ロケのせいだ”


 紫苑は、一昨日までドキュメンタリー番組の撮影の為に、某有名砂漠で二週間過ごした。

 お風呂には入れないし、昼と夜の寒暖の差が激し過ぎて満足に休息も出来ない。

 まして、恋人がいない他人ばかりの環境で、紫苑が満足に眠れるはずもない。唯一お守り代わりに持って行った吉良が調香してくれたアロマに、僅かな眠りを与えられたのが、彼にとっては救いだった。

 そんな過酷で慣れない環境の中では、細かい所まで手入れをする余裕さえなかった。


“マジで最悪…あげは呆れたかな”


 耳垢ごときにびくびくした自分を。

 耳垢を溜めているような男に、彼女は呆れただろうかと不安になる。

 だが、確かめる勇気はないし、肯定されたら立ち直れない。


「ねえ紫苑」


 頭の上から吉良あげはの声がしたが、紫苑は返事をしなかった。

 傍で、彼女が屈む気配がした。


「お願いがあるんだけど…」

「…何?」

「耳掃除させて?」


 紫苑は、耳が詰まっている為に幻聴を聞いたのだと思った。


「…は?」


 確認するようにちらりと相手を覗き見れば、年上の彼女は満面の笑み。

 そして手には耳かきと綿棒。


「…もしかして、人に掃除されるの嫌い?」

「いや、人にされたことない…って、そうじゃなくて」


 不思議そうに首をかしげる相手に、紫苑は体を起こす。


「情けない男とか、思わないの?その…耳垢ためてその音に驚くなんてさ」

「…どうして?誰でもたまるし、突然、耳から音がしたら怖いじゃない?」

「…汚いとか思わないの?」


 そう尋ねれば、吉良はくすっと笑う。


「そんな感覚で考えたことないわ。入院病棟に勤務していた時は、爪を切ったり耳を綺麗にしたり…そう言うケアもしてたのよ?お風呂の介助もするし、おむつ交換も、おトイレの介助も色々」


「看護師って、何でも屋みたいだね」

「そうね。で、久々にやりがいのある耳を見つけたらから、人の耳をお掃除したくなっちゃって。ね、良いでしょ?」


 両手を顔の前で合わせ、覗き込むように頼んでくる相手に、紫苑は脱力して小さく笑う。

 やりたくてうずうずしているのが、あげはの表情から見てとれる。

 紫苑の恥ずかしい失態など、既に頭の片隅にもない様子で、目をキラキラさせている。

 下手な慰めなどせず、別ごとに興味を示している恋人に、紫苑はほっとする。

 彼女は紫苑の自尊心を傷つけないようにするのがとても上手だった。


“きっとあげはは、無意識なんだろうけどな”


 こうして吉良と話しているだけで、自分の失態など何でもない事のように紫苑は思えて塞ぎこんでいた気持ちが少しずつ楽になる。


「お願い。ね?…駄目?」


“この年上彼女、可愛すぎるんだけど…どうしてくれよう”


 滅多におねだりされない相手から、上目遣いで熱心にお願いをされ、榊紫苑の心は疼く。


「良いけど…」

「けど…?」


 反芻した相手の耳元に顔を寄せ、そっと囁く。


「俺、してもらうの初めてだから…痛くしないでね?」


 重低音があげはの耳にダイレクトに届き、彼女の体がピクリと跳ねる。

 彼が囁くと真っ当な言葉も淫靡な響きを持ってしまい、あげはの頬は思わず朱に染まる。


「い、痛くならないように…頑張るから」

「俺、痛いの苦手だから、優しくね?」

「わ、分かったから、耳元でそんな風に釘刺さないで…」


 何時まで経っても彼の悪戯に慣れないあげはは、消え入るような声でそう答えた。




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