そんなあなたも好きだから 1
榊紫苑は眉間に深い皺を作り、酷く難しい顔をしてリビングに入ってきた。
「あげは…」
酷く深刻そうな声でソファーに腰をかけている自分の恋人を呼ぶ。
呼ばれた吉良あげはは、看護師御用達の月刊雑誌から眼を離し、年下の彼を見る。
「どうしたの?」
足早にあげはの傍に来て腰を下ろした榊紫苑は、じっと彼女を見つめる。
鬼気迫った顔で。
だが、言葉は何時まで経っても返って来ない。
「…何?」
「俺の耳、変なんだ」
「変?」
「なんか、ガサガサ音がする。耳の中に虫でもいるのかな…」
「え????」
至極真面目な顔をして告白した紫苑に、吉良は眼を瞬かせる。
「虫??どっちの耳?何時から音がするの?」
「さっきから左耳で」
「それまでは音とかしなかった?何か入ったような感じした?」
「解らない…突然、音がするようになって…俺、死ぬ??」
真剣にそう尋ねて来た相手に、吉良は慌てて首を横に振る。
「…し、死なないと思うけと…耳の中に指入れたりしてない?」
「出来る訳ないだろ。虫がいたら怖いじゃないか…」
そう言って視線を逸らした紫苑の手が、わずかに震えていた。
平静を装いながらも、本気で怯えている恋人を見てあげはは彼の手を握る。
本当に虫かどうかは解らないが、本当に虫が耳の中に入ったとしたら、誰だって恐怖を感じずにはいられない。
「それなら大丈夫。すぐ取ってあげるわ」
「本当に?」
「ええ。私に任せて」
そう言って、あげははその場から立ち上がり、隣の部屋からペンライトを持ってくる。
そして、部屋の電気を消すと、ライトの明かりを頼りに紫苑の傍に腰を下ろす。
「こんなに暗くして虫がとれるの?」
不思議そうに尋ねる相手に、あげはは頷く。
「虫が耳に入った時はね、耳の中をつついて虫を出そうとしたら駄目なのよ。余計に奥に入ったり、虫が暴れて耳を傷つけてしまうから」
「それなら、どうやって取るわけ?」
「虫はね、明るい所に移動する習性があるから、部屋の中を暗くして、耳の中に光を当ててあげると外に自分から出てくるのよ」
「それで、本当に出てくるの?」
「病院で実際に行っている処置方法だから、心配いらないわ。ちゃんと出てくるから、音がして気持ち悪かったりするけど、少しの間だけは我慢してね」
不安がる患者に言い聞かせるように、優しくあげはは説明する。
そんな彼女を、やっぱり看護師なんだなと思いながら、紫苑は頷いた。
「分かった」
あげはは紫苑の左側に、膝立ちの格好で立つ。
「じっとしていてね?」
あげはは紫苑の耳朶を摘まみ、ライトの光を耳の中に差し込む。
そして、彼の耳の中を注視して確認する。
「……」
しばらく間を置いて、そして、困ったように笑う。
「紫苑…大変。虫じゃないわ」
「な、ど、どうしたのあげは?」
「…すごく大きな耳垢さんが住んでるわ」
その重大な事実に、紫苑はしばらく口がきけなかった。
閲覧、本当にありがとうございます。
Parfumの更新との兼ね合いがあって、こちらの更新が少しスローになりますが、よろしくお願いします。