Trick or treat.
今回は健人視点。
職場での吉良の『日常風景の一コマ』風に書いてあります。
ちなみに昨年書いたものなので、ハロウィンの日の曜日が違っております。
西洋の大晦日とお盆を一緒にしたかのような日が近付くにつれ、街の中が南瓜お化け色に染まる。
正直、俺はこの日本人特有の八百万の神々を信仰する節操のない気質が嫌いだ。
ハロウィンの正しい意味さえ理解しないまま、仮装をして子供がお菓子を巻き上げる日と思っている奴が、一体どれだけいるのか。
バレンタインにしろ、クリスマスにしろ、このハロウィンにしろ、商戦根性丸出しの日本の世情が情けない限りだ。
もっとも、敬虔なクリスチャンでもない俺は、布教を兼ねたこの行事自体に正しさを求めて行動するようなこともしないが。
だが、俺の職場にもその商戦に煽られた職員が大多数で、半月ほど前からクリニックの至る所に南瓜のお化けが存在している。
「何時から此処は、南瓜お化けの巣窟になり果てた」
診療前、コーヒーを持ってきた吉良に俺は思わずそう文句を垂れた。
「今日までの辛抱ですよ」
今年はハロウィンが日曜日で良かった。一日でも辛抱する時間が減ったのだから。
「お前も、ハロウィンに浮かれた一人か」
吉良は、苦笑いする。
「すいません。今日、南瓜のタルトを焼いて持ってきちゃいました」
俺の右腕でさえこのありさまだ。呆れて溜め息しか出ん。
「もういっそ、お前ら全員仮装して業務をしたらどうだ」
「…さすがに患者さまにドン引きされますよ」
「南瓜お化け(ジャック・オー・ランタン)まみれのクリニックに、既に俺がドン引き状態だ」
スタイリッシュさの欠片もない、賑やかな待合。
それでも、見る者を楽しませる工夫を怠っている訳ではないので、今年も他の連中には吉良が俺を説得して黙認と言う形にはなっている。
誰も出勤していないこの時間帯に吉良に小言の様に言うのは、こいつがスタッフをまとめる看護師長だからだ。
別に吉良の看護師長としての能力に欠如があって言っている訳でもない。
「すみません。来年は装飾をもう少し押さえる様に伝えます」
「これ以上にならねぇ様にだけ、注意しとけ」
「はい」
職員を人選した俺が言うのも何だが、基本的に仕事は出来るが個性派揃いのあいつらを一つに纏めて同じ方向性へ操舵するのは容易ではない。それに、行事ごとが好きな連中だ。何かに付けて暴走気味の装飾や行動を起こそうとする。
今年もこの程度で済んで良かったと、俺は正直思っている。
自由にやらせれば、確実に仮装パーティ会場になる。
俺が直に采配を下せば、絶対に装飾など認めない。
吉良だから、俺とあいつらの最大譲歩点を探り出して、俺とあいつらの間に溝を作らないよう交渉術を駆使している。
「まあ、お前が深いスリットの入ったタイトな黒ドレスで魔女のコスプレをして診療介助に入るなら、何でも許すが?」
「絶対、着ません」
即答で返事をする吉良に、俺はつい笑みがこぼれる。
拒まれると余計に着せたくなるのが、性だ。美菜に相談して、いつか着せてやろうと密かに思う。
俺の心情を察したのか、吉良は心底それだけは嫌ですと言う顔をして、コーヒーカップを盆ごと差し出す。
俺はソーサーごとカップを受け取り、コーヒーに口をつける。
それを吉良が黙って見ている。
「…なんだ」
「ケルトでは、十月三十一日に死んだ家族の霊が帰ってくるんですよね?」
そう尋ねて来た吉良に、俺は鼻で笑う。
「それがどうした」
「…お祭り事が大好きだったんで、もしかして、両親の魂も喧騒に誘われて帰ってくるかなって思って」
複雑な顔をして吉良はそう答えた。
憎い半面、吉良の性格からして冷酷に突き放すことも出来ないのだろう。
未だに、両親の死を自分のせいだと引きずっている感がある。
「あの世とやらがあるのなら、大方地獄逝き。逃げ出すことも抜け出す事も出来ねぇだろ。そもそも、どの面下げてあいつらがお前に会いに来るって言うんだ」
娘に多額の借金を擦り付けて豪遊した揚句に、借金取りに追われて自殺したような奴が。
だが、どんな親でも親は親。
情の深い吉良の様な女は、簡単に切り捨てられないだろう。
「そうですよねぇ」
両親の事となると、吉良は途端に辛そうな顔をする。
無理に笑うから、それが痛々しく見える。
以前なら、抱き寄せて宥めるくらいはしてやったが、紫苑の女になった以上、今はそう言う訳にもいかない。
「Trick or treat.」
「…はい?」
「Trick or treat.…だ」
吉良は目を瞬かせてから、俺の言葉をようやく理解したように笑う。
「診療が終わったら、南瓜のタルト出しますね」
「俺に甘いものを喰えと言うのか。悪戯希望か、お前」
「そんな事言われても、院長、元からお菓子なんて食べないじゃないですか」
俺は、鞄から掌サイズの小さな包みを出して吉良に放り投げる。
吉良はラッピングされたそれを受け取り、包みと俺を交互に見る。
包みは可愛らしい不線布生地で、中身は見えないようにしてある。
「…これ、なんですか?」
「Kornigouだ。ハロウィンの起源となったサウィン祭じゃ、そいつを焼くのが主流だ」
「そうなんですか?院長、無駄な所で意外な博識ですね?」
「無駄と意外は余計だ。サウィン祭じゃ徘徊する幽霊にワインと食べ物を供える。お前の莫迦親を追い返すために、明日はそいつを供えとけ」
「莫迦親も失礼ですけど、追い返すって…嫌がらせですか?」
「なんだ?俺が自ら行って、悪霊になったお前の両親をエクソシストよろしく追い出せばいいのか?」
「もぅ、勝手に悪霊にしないで下さい。院長が来るとややこしくなりそうなんで、大人しくこれをお供えします」
「そうしろ」
呆れたように俺を見ていた吉良は、不意に小さく笑った。
「でも院長、普通、Trick or treat.って聞いた方はお菓子を渡さないものですよ?」
「俺が普通の悪戯をするとでも?」
「…随分、可愛らしい悪戯ですね?」
「なんだお前、めくるめく大人の悪戯が良かったのか?」
「…院長が言うと、なんだか卑猥に聞こえるんですけど」
「診療室で医者と看護師の蜜事なんざ、卑猥そのものだろうが。まあ、お前の白衣はワンピースタイプじゃねえから脱がせにくいけどな」
刹那、吉良が顔を真っ赤にして絶叫する。
「朝から下品ですっ!!」
期待を裏切らない反応をした吉良に、俺は思わず噴き出す。
こいつが傍にいると退屈しなくて良い。
吉良が居るのなら、たまには、こういう莫迦げた行事に乗るのも悪くない。
END
今月末はハロウィンですね。
このお話を書くにあたってハロウィンを調べてみたら、まぁ、諸説があるわあるわ…
ハロウィンの起源は豊饒を祝うとか日本で言うお盆の様なものだったり…カボチャではなく、カブのお化けだったり、そこかしこの地域で色々違う所があって何を参考にしたらよいのやらさっぱり。
このお話では、あまり日本では馴染みのなさそうなケルト起源のお話を参考にしました。
視点を健斗前提で考えたら、この起源の方がしっくりきたので…。
もし、皆様のイメージされるハロウィンと違ったら申し訳ないです。