それを男は浪漫と云うの? 後篇
※注意
表現が確実に15禁だと思われる個所がございます。
苦手な方は御自重下さい。
「今日はゆっくり、時間をかけてmake loveしたい」
低く掠れた声で囁かれ、吉良は泣き出しそうな顔で羞恥心に顔を染めて紫苑から顔を逸らす。
「だ、だからその声で言うのは反則、っ!」
隙だらけに目の前に露わになった吉良の細く白い首筋に、紫苑の唇が落される。
首筋を舌先でなぞりあげられる様なキスに、痺れるような甘い感覚が身体の奥底から沸き上がり、吉良の声から気だるい吐息が漏れる。
相手を押し退けようと紫苑の肩に手をのばされた吉良の手は、彼に耳朶に優しく咬みつかれた瞬間、吉良は甘い喘ぎを零して震える。
「紫苑…貴方、変…んっ…」
「何が?」
身を捩る吉良を逃さぬように、片腕を吉良の腰に回し、彼女の反対の頸をもう片手で捉えていた紫苑は、首元で囁く。
過敏になったそこに、紫苑の吐息が触れ、吉良は大きく身を震わせる。
「そこで、喋らないでっ」
「…俺の何が変なのか、言って?」
わざと、同じように肌に触れるか触れぬかのギリギリのラインで囁いた紫苑は、わずかに熱を帯びて来た吉良の柔肌に再び唇を寄せる。
濃厚に絡んでくる愛撫に、吉良は紫苑の後ろ頭に手を回し、自分を侵食する快楽を堪えるように彼の髪を乱すように掻き抱く。
「ぁっ…しぉ…帰ってから、んっ…機嫌…悪い…いんちょ…の、事じゃ…ない…でしょ?」
どうしてこういう時だけ鋭いのかと、紫苑は内心で舌打ちする。
快楽流されて、自分を酔わせて不安を忘れさせてくれたらいいのにと。
「私…悪いこと…した?」
聞きたいけれど、確かめたくない。
吉良が凱と恋人関係であったと認めたら、嫉妬で狂いそうだった。
吉良が悪い訳ではない。
彼女の相手が、自分と犬猿の仲である義兄である事が、胸を裂くように掻き千切るのだ。
その男が、日本に戻ったことが。そして、吉良に近付いたことが許せない。
「パーティーで、昔、付き合ってた男に会ったんだろ」
「…誰の…事?」
「…榊凱」
艶めく表情の中にわずかな驚きを見せた吉良に、紫苑は彼女の浴衣の両襟を掴んで強引に開く。
肌蹴て諸肌が晒される。それに伴って大きく露出し広がった胸には、紫苑が一昨日の夜に刻んだ赤く染まった痕が幾つも見えた。
「やっ!んぁっ!」
相手に抵抗の隙を与えず、自分が刻んだその痕の上に紫苑は同じ痕を刻む。
微かな痛みを伴う陶酔に、吉良は甘い悲鳴を上げて、幾度も襲うその快楽に身を捩る。
彼女の声と姿は、媚薬の様に紫苑の感情と身体を高揚させる。
けれど、心はくすんだ炎がチラつく。
凱が…義兄が吉良のこの姿を見たかもしれないと思うと、醜い感情が噴き出す。
「あいつにも、こんなことされた?」
「ちがっ…凱先生は…彼氏じゃない」
息を乱しながら答えた恋人を、紫苑は怪訝そうな顔で見上げた。
「院長にも…元彼かって聞かれたけど…彼は元上司よ」
「上司?」
「凱先生のオペチームにいたの…仲は良かったけど、医師と看護師以外の関係なんて無かったわ…」
「本当に?」
「尊敬はしてたけど…恋愛感情はなかったもの」
「でも、健斗が勘ぐるくらい仲は良かったんだろ」
恋愛の機微に鋭い健斗が、感じるほどの何かはあるのだと、紫苑は信じて疑わない。
「症例で分からない所を凄く丁寧に教えてくれたから、良く勉強の話をしてたの…先生の様で、お兄さんみたいな感じだったのよ」
吉良は不機嫌を隠さない紫苑の頬にそっと手をのばす。
「私、一人っ子だったから、お兄さんとかお姉さんに憧れてたの。だから勝手に、こういうお兄さんがいてくれたら良かったのにって…」
よりによって、あんな性格の悪い陰険な男を兄にしたいなんて。相手が吉良でなければ、熨斗をつけてくれてやる。と、苦々しい顔の紫苑は内心で舌打ちする。
そんな相手を見て、吉良は、皺の寄ったままの紫苑の眉間を優しく撫でる。
「…院長…また貴方に変な事だけ言って、正しい事は何も伝えなかったのね…」
毎回、従兄弟の言葉に翻弄される恋人に、吉良は苦笑する。
大方、『昔の恋人』と再会して良い雰囲気だったとか、上司は吹きこんだのだろう。
だから、紫苑がいつも以上に不機嫌で、愛情表現が過多だったのだとようやく分かる。
毎回のように騙される年下のこの彼氏も、そろそろ学習能力を発揮しても良いはずなのだが、一向に改善される気配はない。
「紫苑は、院長の言葉を話半分で聞かないと駄目よ」
「聞いてるけど…吉良の事だけは出来ない…俺は健斗みたいにずっとあげはの傍にいる訳じゃない…居ない時間は不安だらけだ」
眉間の皺に触れている吉良の手を掴み、紫苑は吉良をそっと抱き締める。
紫苑の心を乱すのも、心を癒すのも吉良だけ。
どうしようもない悋気で嫉妬をして、怒りを吉良にぶつけて。
それでも吉良は紫苑を包み込んで気持ちに応えてくれるから、わがままになる。
「俺、どうしようもない餓鬼みたいだ…一人で莫迦みたいに嫉妬して…」
「…貴方が昔の彼女かもしれない人に会っていたら…私だって嫉妬するわ…」
そっと顔を上げた紫苑に、既に怒りや不愉快を示す眉間の皺は刻まれていない。
どこか自信がなさそうで、不安に怯える愛情に飢えた子どもの様な顔をした、演技では絶対に見せない、素の彼がいる。
『たまには、あげはからお誘いのキスしてほしいんだけど』
恋愛慣れしているのに愛し愛されることには不器用な紫苑がそう言ったのは、自分が愛されているのか酷く不安だから。
いつも、気持ちをぶつけてくるのは、確かめたいから。
確かめなければ、愛されているのか自信がない。
母親の愛も、女性すべてから注がれる愛もすべて虚構だと、吉良に出会うまではそう信じていた。
愛という思いそのものが空蝉のような物だと思っていた紫苑には、それが何かを知れば知るほど渇き飢える。
砂漠に垂れる水の滴の様に、得ても得ても満たされない。
求めるだけでは足りなくて。
もっと求められたい。愛を、束縛を乞われたいと願う。
胸を占める不安をかき消すほどの、吉良の心が欲しいのだ。
願う紫苑の額に、柔らかな唇が落される。
「貴方は毎日電話やメールをくれるのに、いつも早く帰ってきてほしいって思うの…紫苑の温もりが傍に無いのは淋しくて…私、どんどん我が侭になっていくの」
「あげは…」
言葉を紡ごうとした紫苑の唇を、吉良が優しくついばむ。幾度も触れては離れ、次第に深く唇を重ねて紫苑の腔を吉良が淫らに犯していく。
初めて受ける吉良からの扇情的な口付けに、紫苑は溺れる。
媚態を帯びた表情で自分を貪る肌蹴た浴衣姿の彼女が艶めかしく、互いを求める口付けの合間に響く吐息とリップ音が紫苑の欲望を煽る。
「あげは…すごく淫らで綺麗だ」
「…紫苑が変なことするからでしょ…ちゃんと…責任とって」
いつもなら赤面をして恥ずかしそうに返答する所だが、焦れたようにそう囁いた吉良に紫苑は軽く口づけをする。
「俺が欲しくてたまらなくしてあげる」
「…莫迦……いつでも貴方が欲しいわ」
どちらからともなく口づけを重ねた先は、享楽。
深く溺れて睦み、ただ互いに貪欲に体と心を求めて、離れていた時を埋めるように愛を交わし合う。
休日はまだ、始まったばかり…。
END