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Sweet hug  作者: 響かほり
それを男は浪漫と云うの?
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それを男は浪漫と云うの? 前篇

※この小説は、『儚いからこそ、花火は大輪を咲かす』の後日談的なお話です。



「あげは、お願いがあるんだけど」


 榊凱に招待されたパーティーに出席をして、一週間が経った日。

 三日前にようやく長いロケから帰ってきた紫苑と、吉良は珍しく休みが一緒になった。

 そんな土曜日の午前九時に、神妙な面持ちで紫苑は吉良を呼ぶ。

 掃除の途中だった吉良は掃除機のスイッチを切って、傍に寄ってきた紫苑を見上げる。

 お願いなんて滅多に言わない相手に、吉良は首をかしげる。


「どうかしたの?」

「ちょっと来てくれる?」

「?」


 内容を言わない紫苑の後に付いて行けば、そこは寝室。

 ベッドの上には浴衣や帯などが広げて置かれている。

 しかも、吉良の物ではない。黒地に菊と疋田柄をあしらったしとやかな浴衣。

 生地はどう見ても、そこいらの安物ではない。


「これ着て?」

「…どうしたの、これ?」

「あげは、健斗に浴衣を貰ったんだろ?」

「…美菜先生からは、確かに貰ったけど」

「出所が一緒なら、同じことだよ」


 紫苑はそう言って、吉良に自分の携帯電話の待ち受け画面を見せる。

 そこには、白と薄紫の生地に薔薇と蝶をあしらった浴衣を着ている吉良の姿がある。

 しかも、明らかな隠し撮りだった。


「なにこれ、いつ撮ったの!?」


 驚いた吉良は、思わず紫苑の携帯を両手で掴んで、マジマジと画面を眺める。


「健斗が送ってきた…あげはを同伴でパーティーに連れて行ったって」

「…院長、いつの間に…」


 油断も隙もない上司の行動力に、吉良は呆れる。

 きっと、この写真をネタに健斗から何かしらの皮肉を紫苑が言われたのだと、吉良にはおおよそ察しが付いた。


「俺だけあげはの浴衣姿を直に見てないから、着ている所が見たいんだ」

「それは構わないけど…写真の浴衣あるわよ?」

「健斗の買った浴衣なんて癪に障る」


 健斗に張り合って、自分も浴衣を特注で用意した紫苑は不機嫌そうに答える。


「どうしてそんなに、院長に対して対抗意識を燃やすの?」

「吉良が、俺じゃなくて健斗に浴衣を頼んだからだよ。なんで、健斗ばっかり頼るわけ?俺、そんなに頼りない?」


 言われて、吉良は首をひねる。

 上司に浴衣を頼んだ覚えはないし、当日までドレスコードが浴衣になっていることすら吉良は気付いていなかった。

そもそも、聖心会がらみのパーティーに行く時は、必ず美菜が吉良の全身をコーディネイトする。

 衣装に関しては吉良の意思に関係なく、吉良を着飾ることを趣味とする美菜に全て一任されている。


「そう言う訳じゃないのよ」

「じゃ、どういう訳?」

「仕事関係のパーティーは、いつも美菜先生がお洋服を選んでいるのよ」

「なんで美菜様が?」

「えっと…『健の横に立つのなら、全てにおいて妥協は許さなくてよ!』とか、『貴女をあたくし好みの淑女に変えて差し上げてよ』って言われて…」


 それは前者が建前で、後者が美菜の本音だろうと、紫苑は思う。

 なにせ、夫である健斗よりも吉良の方に、美菜はご執心なのだから。


「だから今回も、美菜先生にすべてお任せだったの。お洋服に関しては、院長も美菜先生に口出し出来ないって言ってたから、院長は何にも介入してないと思うわよ」

「…本当に?」

「美菜先生に聞けば確実よ?」

「…いい。美菜様なら…仕方ない」


 妙に納得した恋人に、吉良は曖昧に笑う。

 紫苑が美菜に逆らえない事を知っているから。


「それじゃあ、お掃除が終わってから着替え…」

「今すぐ着て」

「でも途…」

「部屋なんて、大して汚れてないから」


 言葉を次々に遮った紫苑の口調は、有無を言わせぬ気迫がある。

 吉良はただならぬ気迫に気押され、小さく頷く。


「わ、分かったわ…い、今から着替えるから、リビングで待ってね?」

「…なんで?今更、恥ずかしがる仲でもないでしょ?」


 至極当然の如く言い放った相手に、吉良は頬が朱に染まる。

 吉良にしてみれば、自分が脱衣する姿をじっと見つめられるなんて、脱がせられるより恥ずかしい。

 初々しい反応に、紫苑は淫靡に笑いそっと吉良の耳元に顔を寄せる。


「どうせなら、脱がせてあげようか?いつもみたいに」

「ば、莫迦ぁ!朝から、エロい声でそんな事言わないのっ!もうほら、早く出て!」


 吉良は耳まで真っ赤にして、紫苑を強引に押しやって部屋から追い出すと、扉を閉めて両手で火照る頬を押さえる。

 上司である榊健斗の様に、下ネタを言うこと前提で身構えて話をしていれば、あしらってかわせる。

 だが、意識していない場面で不意に言われると、元からそういう話が得意ではない吉良は、恥ずかしさに打ちのめされる。


“紫苑ってば、確信犯で不意打ちするなんてひどい…しかも、自分の声のエロさを分かっていてやるから、性質が悪いのよ”


 色気豊かな恋人の破壊力絶大な戯言に、いつまでも慣れない吉良はそう心の中で悪態づいて、恥ずかしさを誤魔化そうと必死になった。




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