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Sweet hug  作者: 響かほり
儚いからこそ、花火は大輪を咲かす
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儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 15



     §



 帰り道、健斗の運転するディアブロの車内で、しばらく無言だった吉良は何かを思い出したように、「あっ!」と、切羽詰まった声を上げた。


「どうした」

「大変です、院長!豪華なビュッフェ食べ損ねちゃいましたっ!」


 気の抜ける一言に、健斗は「はぁ?」と不機嫌な声を上げる。


「黙っているから、感傷にでも浸っているのかと思えば…お前は色気より食い気か」

「…だって一食分、食費が浮くじゃないですか」

「お前、何時になったら、その貧乏症が治るんだ」

「失礼なっ!これは節約術です!」

「紫苑が稼いでいるだろ」

「だって、生活費は折半ですもの」

「はぁ?何ケチくさい事を言ってんだ、紫苑の奴は」

「紫苑じゃなくて、私が言ったんです。一緒に暮らし始めた時に、そう約束をしたんです」


 女性の為には惜しみなく金を使う健斗にしてみれば、なぜそんな奇怪な約束を紫苑が承諾したのか分からない。

 従兄弟はそんなしみったれた、羽振りの悪い金の使い方をする様な男ではなく、むしろ金には無頓着で財布の紐が緩すぎるくらいだったと、健斗は記憶する。


「正直、紫苑の言う『私への好き』は興味本位の一過性の物で、私に飽きるのは早いと思っていたので。そう約束をした方が、後腐れなくさようならが出来るかなって…」


 吉良にしてみれば、女遊びの激しい榊一族の人間を二十代前半から間近で見て来たので、紫苑の突飛な行動も、榊家の人間の戯れ程度にしか考えていなかった。

遊び慣れたその行動を真に受けて、恋愛に溺れるほど若くもなかったけれど。

 だから榊凱の言葉も、榊家の『社交辞令』程度にしか認識が出来なかった。

 吉良はそう言って、前を走行する車のテールランプを眺める。


「お前、その話、絶対に紫苑に言うなよ?」


 ドライすぎる発言に、健斗はクラッチの踏み込み加減を間違えそうになったが、努めて冷静な体を装ってそう吉良に念を押す。


“こんな話を聞いたら、間違いなく、あいつはへこむぞ”


 女遊びの手管は玄人でも、二十五で初恋をようやく体験した恋愛初心者が、恋する相手から別れ前提の話をされるのは、あまりにも酷な話だ。

 吉良の事に関してだけは異常に心が打たれ弱い従兄弟には、実は健斗も真っ青な黒思考を持つ吉良の本心など刺激が強すぎるのだ。

 一度、人間不信に陥った吉良の心に張った闇は深い。

 普段それを表現しないだけに、時折、零れ出る吉良の心の影は、鋭利な刃物の様だった。


「…もう、その約束をするときに、同じ事を言いましたよ?」

「お前は鬼か」

「え?鬼?何がですか?」


 意味がわからないと言った体で、吉良は首をかしげる。


「お前、ドMを装った鬼畜腹黒ドSだな」

「院長、そう言う変態性を助長させるカテゴリー分け止めてくださいよね」


 心外と言わんばかりに、そう言い放った吉良の視線が、運転席側の窓ガラスの先にくぎ付けになる。


「院長!」

「あぁ?」


 見通しの良い高台の道路を走行中の健斗に、吉良がテンションの上がった声を上げる。


「左見てください、左側!花火が上がってます!」


 街の摩天楼の隙間から上り、薄墨の空に打ち上がる花火を吉良は見つけたのだ。


「莫迦かっ、運転中にそんな方向見れるかっ!お前だけで見てろ」

「えー、どこかに車止めて見ましょうよ!綺麗ですよ!」


 吉良は運転中の健斗の肩をゆすり、子供の様なわがままを言う。


「っ危ねぇ!ハンドルがぶれるだろうがっ!止めりゃいいんだろ!」


 健斗は渋々、花火が見やすくて手頃な駐車スペースのある場所に車を停める。

 二人は車から降り、花火が見やすい場所に移動する。

 吉良は、打ち上がる花火に目を輝かせる。


「花火、久しぶりに観ました!」

「あぁ、そりゃよかったな」


 健斗は興味なさそうに、煙草を取り出して火をつける。

 ゆっくりと紫煙を吐き出す吐息が、溜め息の様だった。


「何ですか、院長。花火も嫌いなんですか?」

「儚いのが気にくわねぇ」


 花見にしても、花火にしても、大衆受けするものが嫌いと言う健斗に吉良は首を竦める。


「その儚さが良いんじゃないですか。儚いから、花火は夜空に綺麗な華を咲かせるんです」

「お前は詩人か?」

「あんなに大きくて鮮やかなものが長く形をとどめたら、ケバケバしくて魅力が半減です。儚いから次々と打ち上がる煌めきに、心奪われて見惚れるんです」

「お前の人生自体が、打ち上げ花火状態だろ」

「院長はさりげなく、きつくて嫌な事言いますよね?」


 吉良は怒る訳でもなく、ただ、困ったように笑って、花火に目を向ける。

 しばらく吉良は遠くに打ち上がる花火を、じっと眺めていた。

 健斗はそんな吉良を、相手に悟られないように横目で眺める。

 黙り込んでみたり、はしゃいでみたり、榊邸を後にした吉良の様子は明らかにおかしかった。


“まぁ、無理もねぇか…”


 地雷を踏んでみたものの、それを単にあしらった彼女の反応が、健斗には何とも言えないやるせなさを抱かせる。



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