儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 14
凱は健斗の姿に舌打ちし、吉良の腕を強引に掴んで引く。
「来い」
「え?あ、ちょ、待ってください、凱先生!」
無理やり手を引かれ、吉良は思わず転びそうになり、思わず凱の腕を振り払おうとする。
だが、凱は聞く耳をもたず、下駄の上、浴衣で歩幅が合わない吉良を強引に連れて行こうとし、吉良は足がもつれる。
瞬間、凱の吉良を引く腕を健斗が掴み、倒れかかる吉良を片腕で抱き寄せる様に支えた。
「嫌がる女に無理強いするのはスマートさに欠けるぞ、凱」
健斗に強い力で腕を捻りあげられ、凱は吉良の手を離す。
吉良はそのまま後方へ数歩下がり、二人を見る。
凱は忌々しげに健斗を睨んで、健斗の手を振り解こうとするがびくともしない。
背恰好は似ているが、健斗の方が鍛えている分、筋肉の付き方が違う。
「馬鹿力が、オペに支障が出たらどうしてくれる」
「この程度で使い物にならなくなるのか?ずいぶんと貧弱な腕だな?」
ニヤリと黒い笑みを浮かべた健斗は、相手を突き放すように拘束した手を解く。
「繊細さの欠片もないお前には、一生涯、理解はできん」
「杓子定規のお前の事なんざ、理解しても面白くもねぇ。それから、そろそろ吉良を返してもらうぞ」
「俺の話は終わっていない」
健斗は鼻で笑うと、横目で吉良を見る。
「吉良は俺の所有物だ。お前だろうと他の奴だろうと、こいつはやれねえよ」
「い、院長?」
何を言い出すのかと間近の健斗を見上げれば、その男は不敵に笑い、吉良の肩を抱く手に力を込めて更に自分に密着させる。
絶対に何かを企んでいると分かる、嬉しそうな笑みに、吉良は嫌な予感がよぎる。
「なんだ、言ってなかったのか?」
「い、言うって…何を…」
「親が作った借金のカタで、俺の物になったって言ってねぇのか?」
その一言に、吉良は顔色を失い呆然とする。
“それ、紫苑の時に使った設定!”
嘘ではないが、この状況で、この言い回しが何ともいえず、健斗らしいと吉良は思った。
「ま、昔惚れてた男に、そんな情けねぇ話はできねぇか」
健斗は鼻で笑い、凱に視線を向ける。
「こいつが自力で俺に全額返済するまでは、俺の下で働く契約だ。どんな俺の命令にも身も心も絶対服従でな。お前が入り込む余地はねぇ」
既に、榊夫妻から借りたお金は全額返済しているが、初めに、お金を返すまではきちんとクリニックで働きますと言う条件で就職しているから、これも嘘とも言えないのだが。このニュアンスで言うと、愛人契約っぽく聞こえるのは健斗の成せる技だろう。
凱の表情が露骨に険しくなる。
「眞鍋を金で縛り付けたのか」
「欲しいものは、どんな手段だろうと手に入れる。身も心も弱り切ったこいつの心の隙に付け入るのは、楽だったが?」
「健斗っ!お前、眞鍋になんて真似をっ!」
掴みかかろうとした凱の手を、健斗はたやすく払いのける。
「俺にガタガタ説教を垂れんじゃねぇ。お前は五年前に、吉良を捨てたんだろうが」
「俺の話を蹴ったのは、眞鍋の方だ!」
「その方が、好都合だっただろう?留学の前から、向こうで師事した医者の娘との縁談話が上がっていたんだからな。これ幸いと留学後にさっさと結婚して、向こうで権力逆手にオペ三昧。おかげで今の名声を手に入れたんだろうが」
健斗の言葉に、凱の怒気がしぼむ。明らかに怯んでいた。
「その上、吉良をオペナースとして召致して、愛人にでもするつもりか?そいつは都合が良すぎるってもんだ」
次々に健斗の口から放たれる言葉に、吉良は健斗の意図を悟り、健斗と凱を交互に見る。
凱は吉良の視線から逃れるように目を逸らし、健斗を見る。
「お前こそ、眞鍋を愛人扱いだろう。人の事をとやかく言える立場か」
健斗は冷やかな笑みを浮かべる。
「俺とこいつは、仕事上のパートナー契約だ。そう言っただろうが。考え方が邪だから、そういう下種の勘繰りをするんだ、お前は」
相手に誤解を招くような言葉を撒き、その罠に嵌った相手を虚仮にするような健斗の言葉に、凱はようやく気付き苦々しい顔をした。
容姿だけは麗しい人の悪い男は、ニヤリと笑ったまま吉良の肩を抱き、強引に向きを変えてその場から押しやるようにともに歩き出す。
「眞鍋!」
捨てた名しか呼ばない相手に、吉良は足を止める。
不機嫌そうに健斗が吉良を見下ろせば、吉良は凱に向き直る。
「…凱先生、私、眞鍋じゃなくて吉良になったんです」
吉良が困ったように告げれば、凱は険しい表情で目を細めた。
「お前、今幸せか?」
「とても」
即答した吉良は、照れくさそうに笑った。
「オペナースを諦めてもか?」
「簡単に諦めた訳じゃありませんから、最初は辛かったですけど…でもそのおかげで、思い出したんです。どんな形で看護師を続けても、私が看護師として成したかった事は叶えられるって。自分に出来ることを頑張れば良いって教えてくれたのは、院長を初めとする今の仲間です。だから、幸せです」
虚勢でも何でもない、真っ直ぐな本音で吉良が言葉を返せば、凱もそれ以上は何も言わなかった。
健斗はその様子を横眼で見ていた健斗は、短く息をついた。
「吉良、もういいだろ。帰るぞ」
「あ、はい…凱先生、遅くなりましたけど、結婚おめでとうございます。今日はお会いできて、嬉しかったです」
吉良は深く頭を下げ、既に歩き始めた健斗の背を追いかける。
後ろは振り返らなかった。
*蛇足的ネタ
吉良が“紫苑に使った設定”といった話は、紫苑と吉良が付き合う前の話(別タイトルの長編)に掲載されています。
いずれ、こちらでも掲載するとは思いますが、現在、時間的な都合でそちらの改稿作業まで手が回らないので、サックリ流して下さいませ。
とりあえず、同じネタで凱と紫苑の兄弟は健斗に騙されたというお話です。