RAINY KISS 3
耳元で囁かれた、低くかすれた妖艶な声に、思考が停止する。
ややあって、紫苑の言葉の意味をじんわりと脳が理解する。
一気に顔が熱くなって、そのまま、羞恥心で眩暈がして倒れかかる。
それを紫苑が慌てて支えるけど、折り重なるようにしてベッドの上に倒れる。
しばらく無言で、私を見つめていた紫苑の視線が横にそれる。
「ごめん。ホントは一日、吉良とそうしたいんだけど…俺また、現場に戻るんだ」
「え…?」
「撮影が長引いて、そのまま仕事が玉突きで…戻る目処がつかないんだ。だから、約束したドライブが無理だって、謝りに来たんだ」
「…そう…なんだ…」
「ごめん」
紫苑との約束は、あまり守られた事がない。
特にデートの約束は。
仕事だから仕方ないって理解する反面、やっぱり残念だってショックもある。
「…もしかして、それを言うためだけに戻って来たの?」
電話で事足りるはずなのに。
「どうしても吉良に会いたかったから、半日だけ休み貰ったんだ」
無理して戻って来てくれたのかと思うと、もうそこで彼を憎めない。
それがどれだけ大変な事か、分かるから。
会いたいと思うのは、私だって同じ。
それでも私からは絶対、動いてはいけない。
人気商売の彼の足手まといになるから。
だからこそ、紫苑の行動が嬉しい。
私は紫苑の首に腕を絡め、自分から彼に唇を寄せる。
軽く触れて、彼をぎゅっと抱擁する。
「来てくれてありがとう、紫苑。嬉しい」
耳元で、紫苑が微笑むのが分かる。
腕を緩め、彼を見る。
「でもそれなら、起こしてくれたら良いのに」
「吉良の寝顔を見ていたら、なんか俺も眠くなって…吉良がいないと、ぐっすり眠れないんだ」
安堵したように笑う紫苑が、いつもより愛しく思える。
「デートの穴埋め、ちゃんとするから」
「帰るまでこうしていて…それでチャラでいいから」
知らない所で、紫苑への気持ちがどんどん大きくなる。
彼と離れたくないって、少しでも長く彼に触れていたくて、少しだけわがままを言ってみる。
紫苑は困ったように笑うと、額にそっとキスをする。
「吉良、寂しくさせてごめん」
私は首を横に振る。
寂しいって認めたら、独占欲に歯止めがきかなくなりそうで。
紫苑の全てを、縛り付けるなんてしたくないから、気持ちに蓋をする。
でも、年上だからって、大人な態度なんてずっと出来ない。
「次に会う時は……貴方に濡れても…いい?」
意趣返しに、恥ずかしいけれどそう聞いてみる。
驚いたように紫苑は目を瞬かせ、怖いほど真剣な眼差しで私を見る。
“もしかして、女の方から誘うような事を言われるの、紫苑は嫌い?…ど、どうしよう…”