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Sweet hug  作者: 響かほり
儚いからこそ、花火は大輪を咲かす
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儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 10



 借金と両親から自分を引き離し、新しい職場を用意した榊夫妻に、吉良は恩を感じている。そのためか、吉良はこれまで幾度も他の病院から引き抜きの話を貰ったが、断り続けている。

 吉良は、引き抜きがあった話を彼らに一切した事はない。

 健斗も本人には言わなないが、吉良に届いた引き抜き話の全てを把握している。

 中には、健斗の雇用条件よりもずいぶんと良いものも含まれていたはずなのに、吉良は頑としてその誘いを断り続けている。


『しーちゃんがいるから、まず男としての凱の事は心配ないとは思いますけれど…留学で名実ともに外科医としての名を挙げた彼は、危険だわ』


 この五年間の間に、凱は新たな脳外科手術を成功させ、学会の論文も高い評価を得た。

 医師として、一回りも二回りも成長した凱を前に、吉良のオペナース魂が揺れてしまうのではないかと、美菜は気が気ではない。

 当時の吉良が、尊敬以上の何かを凱に抱いている事を知るだけに、美菜の心は不安に支配される。

 健斗は眼下に居る吉良を眼で追いながら、うっすらと笑みを浮かべる。


「らしくない心配をするな。あいつは、別に義理立てで俺達の傍にいる訳じゃない」

『でも…』

「お前は吉良を猫可愛がりし過ぎだ」


 珍しく気弱になっている妻に、健斗はため息を漏らす。


“こいつの吉良好きにも、困ったもんだ…”


 これが他の人間なら、「あたくしの言うことに、黙って従えばよろしくてよっ!」と、相手の意思などお構いなし、問答無用で従えても心一つ病んだりはしない。

 そのくせ、吉良の事になると美菜は「恋する乙女状態」になる。

 ずっと自分たちの眼の届く所で働いていてほしい半面、吉良のやりたい事を抑圧しているのではないかと不安になって、普段の強引さも、吉良に対しては半分もない。


“まぁ、そこが可愛いと言えば可愛いんだが…”


 そうさせているのが自分ではないというのが、どこか妬けるが、美菜が弱い部分を見せるのは自分だけだとも分かっているので、複雑な胸中だった。


「俺はあいつが凱の許へ行くことを心から望むなら、承諾する」

『健』

「俺達の為に、やりたい事を我慢しているのなら、そうすべきだろう」

『…それはそうですけど、凱には渡せませんわ』


 不機嫌にそう言い放つ妻の言葉を聞きながら、健斗はうっすらと笑う。

 美菜と話をしながら、バルコニーから望む庭先を見下ろしていた健斗は、先程まで吉良と話していた男女が庭から戻ってくるのをじっと見つめていた。

 胡飛の方がやや残念そうな顔で通り過ぎ、チャイナドレスの女性の方が足を止めて健斗を見上げた。

 目があった彼女は首を横に軽く振り、口だけを動かすとすぐに胡飛を追って行った。


“よかったな”


 彼女は確かにそう口を動かした。


“侮れねぇ女だな…マリー紅…いや、あれは似せた別人か?”


 どうやら、健斗がじっと成り行きを見ていた事を、彼女は気付いていたようだ。

 もしかすると、彼女は命を狙われることの多い胡飛の護衛役なのかもしれない。

 ヘッドハンティングが失敗したと分かり安堵したが、気掛かりで吉良を見守っていた事を悟られていた健斗は苦笑が漏れる。


『健斗?』

「胡医師の誘いすら断ったあいつが、『聖心会』の中核に戻る訳ねぇだろ」

『…あげはったら、ドクター・ウーのお誘いを蹴りましたの?』

「あぁ、つい今しがたな」


 美菜が驚愕の声を上げる。その中には、少なからず安堵も含まれていた。


「吉良の事は任せておけ。悪いようにはしねぇよ」


 どこか悪役めいた響きのある言葉に、電話の向こうで美菜が笑う。


『吉良を泣かせないで下さいましね?』

「お前の大事なものなら、大切にしてやるさ」

『そう言う尊大で懐の大きい所、嫌いじゃありませんわよ?』

「素直に惚れていると言ったらどうだ?」

『無事にあげはを連れ帰ってくださったら、考えて差し上げますわ。では、くれぐれもあげはに悪い虫をつけないで下さいましね?』

「あぁ、それじゃあな」


 電話を切った健斗は、電話を内ポケットにしまいながら、下に居る吉良に声をかける。


「男に口説かれて脂下やにさがった顔してんじゃねぇぞ、吉良。紫苑にチクるぞ」


 胡医師たちと別れ、屋敷の中に戻ろうとしていた吉良は、頭上を見上げ、ようやく見つけた相手の姿に指を指した。


「あぁ!院長!覗き見なんてイヤラシイですよ」


 勧誘されていたことなどおくびにも出さず、そう言って笑って見せた吉良に、健斗はつられるように笑う。


「お前、イヤラシイってことがどんなことか、分かってねぇな?教えてやるから、そこで待ってろ」

「うっ…教えてくれなくても良いですけど…早く来て下さいね」


 周囲の眼がある手前、普段の様に絶叫せず返事をした吉良に、健斗は鼻で笑い踵を返して歩き出した。




お読みいただきありがとうございます。

お陰様で先日総PV60000越え、ユニークも10000越えになっておりました。

併せて、お気に入り登録・評価もありがとうございます。


拙い小説ではありますが、お楽しみいただければ幸いです。

これからも、どうぞよしなにお付き合い下さいませ。



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