儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 5
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車内での健斗の冗談が功を奏したかはさておき、幾許かの落ち着きを取り戻した吉良だったが、榊の本家邸に愕然としていた。
「…院長、ここ個人宅ですよね?日本ですよね??」
門をくぐりぬけても、車で数分走らねば玄関にたどりつけない。
庭に道路がある時点で、まず吉良には未知の世界だった。
眼下に広がる広大な敷地は、剪定の生き届いたイングリッシュガーデン。
屋敷の前には大きな噴水。ロータリーの様に噴水を囲んで、道路が整地されている。
屋敷の外観は貴族が住むような瀟洒な洋館で、一歩足を踏み込めば高級リゾートホテルの様な内装。
「や、やっぱり、私、場違いですよっ」
小声で隣の男にそう言えば、健斗は片眉を歪める。
「ジジイがババアのために道楽で建てた家だ。気にするな」
「む、無理です」
道楽程度で建てられるほど安い作りでもなければ、規模でもない。
元々、母方が財閥出身であった『いずみ病院』の創始者には、大した物ではなかったのかもしれないが、庶民の吉良にはやはり場違いとしか言いようがない。
会場となる大広間には、何となく見た事のある財界人や、本院に勤務する榊の主要な医者やその家族の姿がある。
「相変わらず、本家は派手好きだな」
健斗はさしておもしろくもなさそうにそう呟く。
吉良の目からすれば榊の本家も、健斗も突き抜けた金銭感覚で派手さはさして変わらない。だが、質には拘るが奢侈ではないと自負する健斗からすれば、本家は全てにおいて華美が過ぎて嫌味が残る。
「俺は、こういう場所は好かん。さっさと切り上げて帰る心積もりだけしとけよ」
「あ、はい…では、早めに会長たちにご挨拶を済ませた方が良さそうですね」
「あぁ、会長ならあそこで歓談中だ」
この場で成すべき優先順位を即座に頭の中で構築し、第一位を告げた吉良に健斗は視線だけで相手の居場所を示した。
彼の視線の先には、現『聖心会』会長である榊雄の姿がある。
榊雄は、杖を持った大柄なタキシード姿の男と、長身でスタイルの良いチャイナ服姿の女性と、楽しげに歓談している。
その榊雄と吉良は不意に視線が合い、それまで榊雄と話をしていた長身の男女が、二人を振り返る。
何というか絵になる美男美女で、男性の方は三十代半ばであり、杖を持つには不似合いに思えるがっしりとした体格をしているので、恐らく足が悪いのだろうか。アジア系で顔の造形から中国人だろうと推察できる。
女性の方は欧米人で、近寄りがたいほど整った美貌をしている。顔もさることながらチャイナドレスで際立つ体型はモデルの様に華奢ではなく、女性らしい曲線が女性の吉良から見ても嘆息を誘う。
モデルか何かだろうかと吉良が身惚れながら彼らに軽く会釈をすると、相手は榊雄に視線を戻し、何言か話をして隣にいた長身の男性とその場を離れて行った。
「すっごい美人…」
黒のピンヒールで颯爽を歩くその女性の後ろ姿を見ながら吉良は、感嘆の声を上げる。
「あれは…マリー紅か。VIPの連れて来た客だな」
「マリー・ホン…って、香港の若手事業家の?十八歳で年商五億を稼ぎ出しているって話題の?」
「詳しいな、お前」
「昨日、彼女が日本でプロデュースしたカフェへ美菜先生と行った時に、美菜先生がいろいろ教えてくれたので、偶然」
恐らくそれは偶然などではない。
何処からかパーティーの出席者を調べ上げ、その情報をさりげなく吉良に叩きこませていた妻に、健斗は薄く笑う。
美菜は自分が健斗の隣に立てない時は、吉良に必要最低限の情報をそれとなく仕込んでいる。吉良にも健斗にも恥をかかせぬよう、そっと陰で配慮している。
「あいつは千里眼だな」
妻を思い出し柔和な笑顔を浮かべた男の呟きに、吉良は笑いを堪える。
「院長、奥様を思い出して、鼻の下が伸びてますよ?」
「あぁ。良い女だと、惚れ直した所だ」
「院長って、美菜先生の事だけは素直ですよねぇ」
「なんだ、やきもちか?」
「違いますよ。そう言う所は紫苑と同じだなって、思っただけです」
「お前、どさくさまぎれに俺に惚気たな?」
「ちっ…違いますっ!」
「罰として、帰りにホテル直行だな?」
「な、何時までそのネタ引っ張るつもりですか!?」
「お前が首を縦に振るまで」
「ふりません!」
周囲を気にして小声で強く否定をした吉良を見て健斗はうっすらと笑っていたが、すぐにその表情は消える。
「…相変わらず仲が良いようだな、二人とも」
声のする方を吉良が慌てて振り返れば、そこに榊雄が立っていた。