儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 4
§
「…院長」
吉良あげはは、運転中の榊健斗に視線を向ける。
相手はテーラーメイドのタキシード。
ドレスシャツにアスコットタイというパーティー仕様のいでたちを、一分の隙もない華麗な着こなしで決めるあたりに、この男の育ちの良さを感じる。
彼は愛車であるランボルギーニ社のディアブロのハンドルを握り、癖のある車を体の一部の様に操作する。
「何だ?」
運転の隙を見て、健斗は助手席の吉良をちらりと見てすぐに視線を前に戻した。
嫌味なほどに様になると、吉良は思った。
対して、吉良は浴衣。
淡い紫と白の生地に、大輪の薔薇と蝶が描かれたそれを纏い、髪は黒髪ショートボブのウイッグ姿。爪も浴衣に合わせて装飾されている。
さながら日本人形の様だった。
吉良のコーディネートを施したのは、健斗の妻美菜で、浴衣は特注品。
榊紫苑に会えないまま約束の土曜日となり、文字通り人形の様に、有無も言わさずこの姿に仕立て上げられた。
そして、今、パーティー会場に向かうべく榊健斗が運転する車の中にいる。
「浴衣を着る意味がどうしても分かりません…」
「お前、凱の名前に気を取られて、招待状を細かく見てなかったな?」
言われて吉良は、改めて手元にある榊家のパーティー招待状を見る。
招待状の裏側には、ドレスコードの注意書きがあった。
『女性は浴衣着用の事』
「…どうして女性だけ?」
「海外からVIPが来る。日本贔屓で大和撫子が好きだっていう、そいつらの眼の保養の為だ」
「…はぁ…大和撫子…」
このご時世にあって絶滅危惧種な大和撫子を、上っ面だけで量産しようという計画かと、吉良はため息をもらす。
何故自分が、黒髪のカツラまで付けることになったのか、それで少し納得がいくが、腑に落ちない事もある。
「それならむしろ、着物の方がいいと思いますけど?内輪の‘ホームパーティー’とはいえ、榊のような財界人も訪れる様な大規模で派手なパーティーに浴衣はNGだと思うんですけど?」
榊のそれは、すでにホームパーティーの域を超えている。いくらドレスコードで定められたとしても、本当に大丈夫か不安でならない。
口角を歪め、美貌の紳士は横目で楽しげに吉良を見る。
「着物よりは、脱がせやすいからだろ?」
「…帰っても良いですか?」
「その場合、このままホテルに直行して、俺が代わりにお前を剥けば良いのか?」
「な、なんでそうなるんですかっ!?」
「艶やかな格好をしたのに剥かれねぇなんて、女が廃るぞ」
「廃っても良いので、脱がせないで下さい」
「凱の面を見るより、ベッドで俺に啼かされた方が楽しいと思わんのか?」
「院長は恋人じゃないので結構です」
「だから背徳感があって良いんだろうが」
「…はぁ…もう、どんな発想ですかそれ」
吉良は額を押さえ、頭を横に振る。
恒常化しているこのセクハラ発言だけは、どうにもいただけないと吉良は思う。
「外見が良くても、それじゃあ、ただのセクハラオヤジですよ」
「容姿が良いとは褒めてくれる訳か」
紳士の皮を被ったサディストは、微かに唇の端を緩める。
どれだけポジティブシンキングなのだろうかと、吉良は首を竦めて微かに笑う。
「中身は立派なセクハラオヤジですけどね?」
「男から性欲とったら何も残らないだろうが」
「…それは院長だけです」
容赦なく鋭く突っ込んだ仕事のパートナーに、健斗は鼻で笑う。
「その調子でいろ。どうせ、あの会場にいる連中は、俺と中身は似たり寄ったりのおっさん連中だ」
吉良は困惑気味に笑う。
凱に数年ぶりに会うこともそうだが、榊家の内輪のパーティーに出席する事は、一般人の吉良には敷居が高過ぎて一層に緊張する。
その緊張をほぐそうと、健斗が下らない事を言っているのを、吉良は十分承知していた。
「不出来な部下ですみません」
「手がかかる女ほど可愛いもんだ」
さらりとそう言って、その男は普段の皮肉気な笑いを浮かべた。




