RAINY KISS 2
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ダブルベッドの上、目覚めて私はぼんやり目の前の男の顔を眺めていた。
憎たらしいくらい、均整のとれた美顔。
お母様がフランス人だけあって、身体の造詣が日本人離れしている。
すっきりと高い鼻梁、唇は少し厚くて、肌は白皙。シミもなければ肌理も細かくて、見る度に羨望を抱いてしまう。
私がどれだけ、お手入れに気を遣っても、彼の美貌の前には何の役にも立たない。
近くで見ている分には眼福の極み、隣に立つ女としては立つ瀬がない容姿なのだ。
その見慣れた男の顔に、そっと手を伸ばしてみる。
紫苑の頬を、輪郭をなぞる様に触れていく。
温もりも、そのなめらかな肌も、本物。
徐々に、私の脳が覚醒していく。
“…あれ?…何で此所にいるの?…それより、今何時?目覚ましは?”
起き上がろうとして、体に巻き付いた男の腕に阻まれる。
「何処行くの…」
紫苑は薄目を開き、眠たげなアッシュブルーの双眸で私を見た。
「あ、おはよう。携帯電話探してるの」
そう言っているのに、まったくもって外れない彼の腕をやっとの事で引き剥し、携帯電話を手に取って時間を確認する。
表示された時間に、全身の血が凍った。
「じゅ、十一時っ!?」
思わず携帯電話を布団に落とし、頭を抱えた。
“殺されるっ!院長に吊し上げられるっ!”
「どうして、目覚ましが鳴らないのよっ!?」
「俺止めたよ?」
紫苑を振り返れば、彼は何がいけないの?とばかりに、不思議そうな顔をしている。思わず、横になっている彼の胸倉を掴んで、激しく揺すった。
「馬鹿ぁぁぁぁぁっ!!なんで止めちゃうのよぅ!」
「だって、吉良と一緒に居たくて」
「馬鹿、馬鹿ぁ!無断欠勤したら、院長に殺されるじゃないのっ!」
あの小さなミスを大きく突く鬼院長こと榊健人に、血祭りに上げられてしまう。
紫苑から手を離し、着替えるためにベッドから降りようと、体の向きを変えた。
が、紫苑に背後から抱きすくめられる。
「大丈夫。健斗には、夜中のうちに俺が連絡入れたから」
「…ど、どう言う事?」
恐る恐る後ろを振り返ると、紫苑が軽く唇を重ねてくる。
「今日は俺が吉良を独り占めするから、邪魔するなって、健斗に釘刺した」
「そ、それってどう言う意味?」
「言わせたいの?」
挑発的に、意地悪く笑った紫苑に、ゾクリとする。
喉に触れてきた彼の指先が、肌を撫でて滑り降りる。
パジャマの一番上のボタンを外され、思わず彼の手を握る。
帰ってきてすぐそれって、ちょっと性急過ぎる。
話したい事もたくさんあるのに。
それを不満そうに、紫苑は見る。
「なんで?せっかく、健斗が病欠扱いで、有給消化しておくって、承諾してくれたのに」
どうしてそんな所だけ、やたらに手回しが良いのだろう。
「それに今日は雨だから」
「雨?」
そう言えば、閉じられたカーテンの先から、雨音がする。『雨だから』の意味は分からないけれど、雨が降っているのは確かみたい。
「外に出ないで?吉良を濡らして良いのは、俺だけだから」