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Sweet hug  作者: 響かほり
儚いからこそ、花火は大輪を咲かす
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儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 3



 招待状に直筆で書かれた差し出し人の名前。

 さかきがい

 性格を表すように几帳面で整った、少し神経質っぽい筆跡は相変わらずだった。

 現『聖心会』の会長の三男で、ドイツに留学していた脳外科医で、年齢は榊健斗と同じ。

 榊の人間は長じて容姿端麗な人間が多く、凱の容姿も例外ではない。

 特に健斗と凱は美形医師として、女性職員・患者からも人気が高かった。

 ただし、双方共に性格には大きな難がある。

 榊凱は仕事において完璧主義者で、かなり気難しくスタッフ泣かせであった。そのため、自分が認めたスタッフを重用する傾向があった。

 前職場で吉良がオペナースをしていた時、凱は彼女を器械出しに頻回に指名した。

 吉良はどのような医師の器械出しでも、相手の癖を理解し相手に合わせる事が出来た。それ故に、榊凱の手術において、吉良は最良のパートナーであった。

 数多くのオペをともにした二人は、ある種の戦友でもあった。

 懐かしい記憶に、吉良の表情が自然とほころんだが、すぐに表情は消える。


「…もう、五年かぁ」


 吉良は一人、そう呟いた。

 榊健斗から聞いた情報によれば、凱は三日ほど前に留学先から戻ってきたらしい。

 彼女が榊凱と最後に話をしたのは、五年前。

 彼が留学をする直前の事。


“凱先生は、怒ってるだろうなぁ…”


 最後の別れ方が別れ方なだけに、お互いにこの四年間、連絡を一切取っていない。

 いや、吉良が一方的に、仕事を辞めたことも、携帯電話や住所を変えたことも、姓を変えたことすら知らせなかった。

 一方的に、自分から完全な音信不通状態を作っただけに、相手も強行手段に出たのかもしれないと、吉良は思った。

 榊本家の力を使えば、どこにいようと、すぐに吉良の消息やその生活など把握するのはたやすい。


“嫌っていた榊の力を使うなんて…”


 吉良はぎこちなく笑う。

 法人主催のパーティー程度なら吉良も出席するが、榊一族の内輪だけのパーティーに出席など論外。

 政財界などから著名人が招かれる事があるものの、基本的には部外者は立ち入れない。

 榊の人間の婚約者であれば例外もあるが、吉良の様な一介の看護師が招待された事例はないのだ。

 しかも、真紅の薔薇の刻印入り。

 真紅の薔薇の刻印は、拒否権の無い絶対執行の招待状。

 一介の看護師にすぎない吉良が、それを反故にすれば榊の命令に反したとして、看護師として生きていく事は出来なくなる。

 凱が今回の様な強引な手段を取ったのは、吉良にとっては初めての事。

 彼は榊の人間でありながら、その力を行使することを嫌っていた。


「紫苑に聞いたら、凱先生の事、少しは分かるかと思ったんだけどなぁ…」


 健斗と凱が前職場時代に不仲である事を目の当たりにしているので、吉良は健斗に聞く事は出来なかった。

 だから、紫苑に話をしてみようと吉良は考えていたのだが、話題になる前に話を強制的に終わらせてしまった。

 榊健斗は父が榊会長の弟、母が傍系の榊一族という極めて稀な家系であるため、吉良は健斗の従兄弟である紫苑を傍系の人間として勝手に認識している。

 本家筋であれば、医者ではない人生を選択することなど不可能だから。

 紫苑本人も健斗も、その誤った認識を正そうとはしない。意図的に隠されているので、吉良は紫苑の正しい出自を知らないまま。

 その為、例え傍系でも、多少なりとも本家筋の情報は入るので、凱の事を聞いてみようと思っていた。よもや紫苑と凱が異母兄弟でしかも兄弟仲が最悪であることなど、吉良が知る由もない。

 吉良としては、欲しい情報が取得できなかったので残念ではあるが、話題に上がらなかったのは、結果として不幸中の幸いだった。


「ま、しょうがないか」


 吉良は自分の左手薬指にある指輪に視線を下ろし、そっと右手の指でなぞる。

 ピンクサファイアの鏤められたその指輪をくれた相手を思い出し、ふと笑みが浮かぶ。

 したかった話は出来なかったけれど、年下の恋人との他愛のない話で沈んでいた気持ちが払拭されていた。


「なるようにしかならないんだから」


 そう言いながらも、一抹の心細さが残った吉良は、当日、お守り代わりに紫苑がくれた指輪を身につけていこうと心に決めた。





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