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Sweet hug  作者: 響かほり
儚いからこそ、花火は大輪を咲かす
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儚いからこそ、花火は大輪を咲かす 1



 吉良あげはが、榊健斗に呼び止められたのは午前診療の後だった。


「吉良、ちょっと来い」


 不機嫌よろしく、人差し指で来いとジェスチャーをした院長に、吉良をはじめその周囲にいたスタッフが凍りつく。

 こうして榊健斗がスタッフを呼びつけるときは、ほとんどがお咎めをする時だ。

 さっさと診療室に戻っていった健斗に、仲間が吉良を心配そうに見る。


「…あげちゃん、何したん?」

「…さぁ?何したんでしょう、私」


 吉良も、思い当たる事がなくて首を傾げるしかない。


「あげはちゃんは仕事中、ミスらしいミスなんてなかったわよ」

「この間の研修レポートは提出済みだし…シフト表は出来上がって確認OK貰ったし、物品発注も問題なし。カルテチェックも良いし…」


 指折り数えながら、次々に自分の業務を確認していく吉良に、仲間が複雑な苦笑いを浮かべる。指を折るごとにその業務が本来は院長がすべきものになったからだ。


「それなら、何であんなに院長の機嫌悪いんだろうな?」

「それ言うたら、健斗先生の機嫌悪いんは今朝からですやろ?普段やったら、朝礼前に呼び出ししはる所ですえ?」

「そうなると、『聖心会』絡みのパーティー話だ」


 その言葉に、吉良を除いた皆が一様に頷いた。

 健斗は定例的に開かれる一族のパーティーの話が出ると、しばらく不機嫌になる。

 彼曰く、


「勝手知ったる野郎共に愛想笑いを浮かべて、キツネとタヌキの化かし合いをして、何が楽しい。女相手ならまだしも」


 …だ。

 同じ榊一族だからと言って、仲が良い訳ではない。

 いくつかの派閥があり、本家だの分家だと変な格差をつけ、水面下で侮蔑の応酬。常に虎視眈々と会長職の座を狙って腹の探り合いをしている。

 健斗自身は、そういった話術はお手の物だが、女ではなく男相手と言うのが、健斗の興味を著しく減退させている。


「吉良ちゃん、ホスト役のご指名かもよ」


 本来ならばそれは妻の美菜の役割だが、『聖心会』系列の病院の院長と言う肩書きでの出席の場合、クリニックの内情を把握している吉良がホスト役としてほぼ付き添う。

 無論、健斗の指名で。

 スタッフの全員が、そのホスト役を務めたが、誰も二度と行きたいとは言わない。

 健斗がまき散らした毒の尻拭いが大変な上に、収拾がつかなくなる事態に陥り、凄惨な目にあったからだ。


「あげちゃん…ガンバレ☆」

「骨は拾うから」

「心おきなく、逝って来い」


 一様に合掌ポーズをした仲間に、吉良は苦笑する。

 ライオンの親の様な、優しい愛情というか、何というか。

 吉良には、院長の面倒を丸投げされた気分だった。 


「…と、とりあえず、行ってみます」


 待たせて不興を煽る前に、吉良は足早に診療室に赴く。

 入口の扉で立ち止り、一度、ゆっくりと深呼吸をして扉をノックする。


「吉良です、入ります」

「あぁ」


 扉を開いて中に入れば、健斗は椅子に腰を下ろして、机の上にある二通の白地の封筒に視線を向けていた。

 吉良が部屋に入ったのを確認すると、健斗はその封筒の一つを手にとって吉良に差し出す。

 上質な封筒の周囲には真紅の薔薇の刻印が刻まれ、『眞鍋あげは様』と中央に黒の印字で名前が記されている。

 それは、医療法人『聖心会』グループの会長主催のパーティーの招待状である事を示していた。

 吉良の表情が、途端に険しくなる。

 眞鍋の姓は、彼女が両親と絶縁し除籍した際に一緒に捨て、今は吉良姓を名乗っている。

 吉良姓を名乗っている事は、榊会長も知ってるため、これまでにも何度か吉良は会長主催のパーティーの招待状を受けたが、全て『吉良あげは』となっていた。

 誤植したとは考えにくい。

 吉良は差し出された封筒を受け取り、封筒を開いて葉書大のカードを抜き出して内容を確認する。

 榊の本宅で行われる、内輪だけのパーティーへの招待の言葉が記された最後には、差し出し人の名前。

 それを見て、吉良は名前が違うことに納得する。


「…院長、良くこれを預かりましたね?」

「断っても良かったが、あいつから頭を下げたんでな」


 差出人は、健斗と折り合いの悪い榊の人間。

 健斗が配達役を引き受けたことも、その相手が健斗に頭を下げることも吉良にはとても想像できない。

 しかし、皮肉気に笑った健斗の態度から、相手が頭を下げたのは事実のようだ。


「あいつが俺に頭を下げてまで、お前に会いたいと言ったんだ。どんな面をして対面するのか楽しみだから、今度の土曜、絶対に明けろよ」


 楽しみと言ったその男の表情には、愉悦を期待するような物は一切なかった。

 あったのは、毒は吐いても怒りは殆ど見せない男の、静かな怒りだけ。

 吉良はただ、「はい」とだけ答えた。

 彼女に断るという選択肢は、与えられていなかったから。





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