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Sweet hug  作者: 響かほり
七月七日のlove letter
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七月七日のlove letter 後篇



 紫苑はその写真を持って、包丁を扱う吉良の傍に寄る。


「写真見る?」


 紫苑が尋ねれば、吉良が包丁を使う手を止めて、彼を見上げる。

 吉良が見やすいように、紫苑は写真を見せる。

 写真を見て、吉良は嬉しそうに笑う。


「わぁ。彼女お人形さんみたいに、ふわふわして可愛い~!雅人も去年より男の子っぽくなってる!」

「あげは、この雅人って」

「看護師になって、初めて受け持った患者さんなの。顔に似合わずやんちゃでね。病院脱走の常習犯で、良く探し回ったなぁ…まあ、それがあって、仲良くなったんだけど」

「それでどうして手紙なんか来るわけ?」

「一種の、生存確認かな」

「生存確認?」

「雅人、七年前に渡米して移植手術をしてるの」

「移殖手術?」

「他の人の臓器を提供してもらって、自分の臓器と交換するの。とても危険を伴う手術でね、仮に手術が成功しても、人によっては移植された臓器が体に合わなくて、拒絶反応で亡くなってしまう事もあるの。だから、拒絶反応を抑えるために免疫力を低下させる薬をずっと飲まないといけないの。免疫力が無くなると、菌に対する抵抗力が無くなるから、風邪をひいただけでも命に関わることがあるのよ」

「あぁ、海外に渡って手術の為に移植臓器を待つって、結構ニュースでも話題に上がっているよね?」


 吉良は頷く。


「法令が改正されて日本でも法律上、十五歳以下の子供でも手術はできるようにはなったけど…あの頃は海外で臓器提供者を待って手術をするしかなかったから…余計に手術をする事が不安だったと思う…臓器提供者が現れるかも分からない、例え成功しても一年生存率が八割弱あるのに、十年だと四割五分になるって知って…まだ中学生だった雅人が怖くなって、手術を嫌がって自棄を起こしたこともあったわ」


 看護師として働いている時の表情を見せたままの吉良を、紫苑は黙って見ていた。

 紫苑には何となく、雅人の恐怖心が分かる気がした。

 そして、吉良がどんな態度でその少年に向かって接していたのかも。

 だからこそ余計に、紫苑は嫉妬する。例え恋愛関係じゃなくても、彼女は正面から相手の心と向き合って、少年を支えたのだろうから。


「だけど雅人は、手術する事を選んだの。その時に彼と約束したの。雅人は毎年、生きていたら七夕に届くように手紙を書くって。私はその手紙の返信を必ずするって。もう六年くらい続いているかな…」

「今時、電子メールじゃなくて手紙?」

「直筆の手紙の方が、本人が書いたってより分かるからって」

「どうして七夕指定なわけ?」

「移植手術をするって雅人が決めたのが、七夕だったの。病院の笹の葉にも、手術が成功するように、書いたわ」

「…そいつあげはの事、好きなんだね」


 まだ不機嫌がおさまらない紫苑に、吉良は苦笑する。


「紫苑が思うような恋愛感情は、雅人にもないわ」

「本当に?」

「ちゃんと、彼女が出来ましたって、彼の手紙にもあったでしょう?」


 ほっとしたような、自分の知らない吉良を知っている男がまたいると分かったことで、更にモヤモヤしたような気分が紫苑を包む。


「…一年に一回、七夕なんて気障ったらしい…まるで織姫と彦星じゃないか」


 ぼそりと呟いた紫苑に、吉良は手を止めて紫苑を見上げる。

 これが七夕でなければ、紫苑も気にしなかったのかもしれないと吉良は思う。

 年に一度しか逢瀬が許されない神話が、紫苑の気持ちをざわつかせるのだ。

 この年下の彼氏は、意外にロマンチストだから。


「私は、年に一回しか会えないっていう神様の命令にただ従う彦星様より、どんなに忙しくても毎日連絡をくれて、此処に帰って来てくれる行動派の貴方が好きよ」


 吉良は紫苑の肩に手をかけ、背伸びをして彼に軽く口づける。


「それとも紫苑、私の事を一年も放置したいの?」

 慌てて容姿の良い男は、首を横に振る。

 なにせ、独占したいがために、彼女を自分のマンションへ強引に連れてきたくらいだ。

 一年も吉良から離れたら、孤独なウサギの様に自分が死んでしまうとさえ紫苑は思う。


「最近のあげは、なんか俺より余裕があって、むかつくんだけど…」


 恋人になって一緒に暮らして、その歳月が長くなればなるほど、紫苑には吉良が愛しすぎて心の余裕がなくなっていく。

 けれど、年上の彼女は歳月と共に、好きと言葉にすることも自然と出来るようになり、嫉妬する紫苑を宥めるようになったりと、余裕が垣間見える。

 素直に感情を露わしてくれる事は、望んでいた事でもあるし嬉しいとは思うのだが、主導権をどんどん吉良に奪われているような気がして紫苑はならない。


「紫苑が心配性なのよ。貴方が思うほど、私はもてないの」


 驚くほど色恋の感情に疎い彼女がそう言っても、説得力のかけらもない。

 それに、吉良は日増しに綺麗になって人目を惹くのに、彼女自身にその自覚はない。

 その美しくなる理由が、自分の存在あってこそだという事実を、紫苑も自覚していないから、やきもきする。

 紫苑は吉良を抱きしめ、深いため息を漏らす。


「この間、職場で患者に口説かれたって聞いた」


 不要な従兄弟からの情報が、余計に紫苑の不安を煽る。

 吉良は、困ったように笑う。

 どれだけ誰に口説かれようと、吉良が心を向けるのは目の前の青年ただ一人なのだから、何も心配することはないのにと。


「恋人がいるのでごめんなさいって、その場で断ったわ。院長から聞いてない?」

「聞いてない」

「…ねぇ、機嫌直して。ご飯作れないわ」

「俺よりご飯が大事?」


 紫苑は明らかに怒ったような声でそう呟き、腕を解き吉良の手を掴んでそのままキッチンを離れる。


「な、何?ど、どうしたの?」

「俺がどれだけ不安になってるか、あげは全然、分かっていないだろ!俺がどれだけ吉良に惚れてるか、今から体に教え込むから覚悟して。朝まで寝かせないから!」

「えぇっ!嘘っ!?だ、駄目よ、ちょ、紫苑っ!」


 突然、体を横抱きに抱え上げられた吉良は、そのまま問答無用でベッドルームへ。

 不機嫌な紫苑の宣言のままに、吉良は夕飯を作るどころか、眠る事さえできない夜を明かした。





     おまけへ続く…




改稿にて、少し移植に関する話を詳しくしてみました。

そのせいか、吉良の台詞は長いわ、小難しい話になってしまいました…しかも、資料を見ても自分が理解できているような、出来ていないような…(汗)

しかも、医療従事者にも本来は職務における守秘義務っていう縛りが有るのですが…

これに限っては、吉良と雅人の間で、手紙で恋人と喧嘩になったらお互いの事を話しても良いという算段になっていたという裏設定になっております。

フィクションなので、このあたりはサックリスルーで(笑)


おまけはちょっと糖度上げての改稿(という名の内容増量)になっております。


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