七月七日のlove letter 前篇
…季節外れですが、七夕ネタです。
今回も三人称表記です。
七月七日、昼過ぎ。
仕事が終わり自宅マンションに戻った榊紫苑は、郵便受けをチェックする。
何通かの手紙と、広告を抜き出してエレベーターに乗り込む。
手紙の宛名を何気なく確認していると、エアメール封筒が一通ある。
住所転送で送られてきた手紙。
『AGEHA KIRA』
吉良宛のその文字は男性の物で、紫苑の眉根がピクリと寄る。
即座に相手の宛名を確認する。
『MASAHITO MATUMOTO』
明らかに、男の名前。
しかも、紫苑には全く聞き馴染みがない。
“誰だ、こいつ…”
自分の知らない男からの手紙に、胸がざわつく。
今すぐ手紙の中身を検めたい衝動に駆られたが、それは良くないと思い直した。
紫苑は吉良が仕事から戻るまで、待つことにした。
その間、イライラが止まらなかったのは、言うまでもない。
§
夜、九時近くなって吉良は戻ってきた。
何時もと同じ帰宅時間でも、紫苑はいつも以上に帰りが遅く感じた。
鍵の音とともに、紫苑は玄関先に立った。
「ただい…うわっ!」
玄関を開けた瞬間、そこに紫苑が仁王立ちしていた事に、吉良はかなり驚いた。
買った食材を詰め込んだエコバックを、危うく落としそうになる。
「お帰り」
いつものように笑顔でそう迎えてくれたものの、恋人の機嫌が底辺を這っている事に吉良は気付いた。
「ど、どうしたの?な、何か嫌な事あった?」
他の人間ならば気付かない機微を察知した年上彼女に、紫苑は張り付けた様な演技の笑みを止めて、不機嫌な表情を見せる。
「なんで分かる訳?」
憮然としたまま自分を見ている紫苑に、吉良は首をかしげる。
何か怒らせるような事をしたのかと吉良は考えるが、思い当たることがない。
紫苑は吉良から買い物袋を取り上げると、彼女に一通のエアメールを突き付ける。
無言で差し出された手紙を吉良は受け取り、贈り主の名前を確認して破顔する。
「雅人ったら、マメねぇ」
気安く親愛の情が込められたその言葉に、紫苑の眉間に深い皺が寄る。
封筒から顔を上げた吉良は、不機嫌そのものの紫苑と目が合う。
「…何で怒ってるの?」
「別に」
ふいっと、踵を返しキッチンへ歩いていく恋人に、吉良は手紙と彼の後ろ姿を交互に見て不機嫌な理由をやっと悟る。
“意外にやきもち焼きなのね”
吉良は苦笑しながら自分の部屋へ行くと、ペーパーナイフを持って紫苑のいるキッチンへ向かう。
紫苑は慣れない手つきで、エコバックから食材を出している。
「紫苑」
「何」
視線を合わせようとしない相手の前に、吉良はエアメールとペーパーナイフを差し出す。
「私、ご飯の支度をするから、開けて手紙の内容、紫苑が呼んで聞かせてくれる?」
「…俺が?」
わずかに驚いた表情を見せた紫苑に、年上の彼女は微笑んで頷く。
戸惑いながら手紙を受け取った紫苑は、シンクで手を洗い料理の支度をはじめようとする彼女の後姿を見つめる。
相手が全く頓着していない様子でそう言うので、嫉妬深い年下彼氏の方は拍子抜けする。
「本当に開けるよ?」
「うん、お願い」
相手があまりに頓着せずに言うので、紫苑は覚悟を決めて封筒を開封した。
中には便箋と写真が二枚入っている。
とりあえず便箋だけを取り出し、紫苑はそれを開く。
「拝啓、吉良様。
お元気ですか?
僕、二十歳になれたよ!
薬は手放せないけど、病気もせず心臓も元気でやってるよ!
で、今回は、すごい報告があるんだ。
なんと、僕にもようやく彼女が出来ました!
もう、可愛いんだよ!これが!
すごくない?
貴女と出会った頃には考えられなかった幸せな事が、あの頃の貴女が言った通り、毎日のように現実として起こってます。
写真を同封するから、俺の彼女見てね!
ところで、吉良さんは彼氏出来た?
陰険エロ眼鏡の邪魔になんて負けないで、良い男見つけてね!
それじゃ、また。
七夕と貴女に限りない感謝を込めて。
松本 雅人」
手紙文面をそのまま声に出して吉良に聞かせた紫苑は、封筒から写真を取り出す。
写真の一枚には、二十歳くらいの線の細い青年と、金髪碧眼の少女が仲良さそうに映っている。
もう一枚は、空の写真。
天の川が映った夜空が、映し出されている。