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Sweet hug  作者: 響かほり
Calling
29/68

Calling 後篇



 いつも『吉良』と名字で呼ぶ彼に、名前で呼んでもらいたくてお願いをしてから、もう半月が経っていた。

 ずっと呼んでもらえなかった自分の名前の響きに、吉良は胸が高鳴る。


「い、今、あげはって呼んだ?」


 相手の手を解いて振り返ろうとしたけれど、紫苑の手はびくともしない。


「な、なんで力入れてるの?」

「顔見られたくない…」

「どうして?」


 紫苑は自分の腕を外そうとしている吉良の左手を、逆に掴んで握る。

 その左手薬指には、紫苑が贈ったピンクサファイアの指輪がある。


「…照れくさくて恥ずかしいから、見ないで」

 

 意外な所で純情な一面を披露する紫苑に、吉良は噴き出す。

 好きだと告白するよりも前にキスをして迫ってきた相手と、目の前の相手が同一人物とは到底思えなかった。

 色事が平気で出来るのに、ただ名前を呼ぶことがどうして恥ずかしいのか、吉良には分からない。


「キスは平気なのに、変なの」

「手が早くて悪かったよ…」

「悪すぎよ?私、貴方に会う度に貞操の危機だったもの」

「何で今日はそんなに意地悪な訳?」


 不貞腐れたように答えた紫苑の腕が緩んで、彼の体が少し離れる。

 吉良は体を捻り、俯く紫苑の顔を覗きこめば、年下の彼は僅かにむっとした顔をして吉良を見ていた。

 年上彼女は、そんな紫苑に微笑みながら自分の指にある指輪を撫でる。


「…ホントはね、ずっと紫苑が名前を呼んでくれるのを待ってたの…約束したのに、ずっと呼んでくれなくて…そう言ってくれたことは夢だったのかなって、心配だったの」

 もし夢だったらと思うと本人には直接聞く事が出来ず、吉良はこの半月、ずっとモヤモヤしていた。

 そんな吉良の性格を悟った紫苑は、吉良の髪を梳くように撫でながら、彼女の額に口付けを落とす。


「待たせてごめん」

「ううん。すごく嬉しかった。呼んでくれてありがとう、紫苑」


 恋人の素直な礼に、照れと恥ずかしさがよみがえった紫苑の頬は赤く染まり、彼は思わず視線をそらした。

 吉良はそれを見て思わず胸がキュンとなる。

 成人男性に可愛いなんて言葉は不相応だと分かりながらも、思ってしまう。

 いつも、恋愛絡みは年下の紫苑にばかりリードされて、こんな風に彼が照れる場面なんて吉良は滅多に見られない。

 だからこそ、紫苑が自分と同じように照れたり恥ずかしかったりするのだと、わかって一層に嬉しくなる。


「…紫苑、もう一回、名前で呼んでくれる?」


 そう問えば、年下の彼氏はちらりと吉良を見る。

 自分を上目遣いで見る彼女の瞳は、期待できらきらしている。

 ただ名前を呼んだだけなのに、それほど嬉しいのかと一瞬、紫苑は考える。


“…あの時は、すごく嬉しかったな”


 自分が吉良から名前を呼ばれた時の事を思い返し、小さく笑った。

 今の吉良の心境は、過去の自分と同じなのだと、紫苑は感じる。

 あの時の自分が、吉良と同じような表情をしていたのかと思うと、紫苑はものすごく恥ずかしい気分だった。だが、吉良が喜んで笑ってくれるのなら、何度だって彼女を名前で呼びたい。そうも思う。


「あげは」


 少しぎこちなく、照れ混じりに紫苑は彼女の名を呼んだ。

 彼女の目を見て。

 普段の彼にして見れば、驚くほど頼りの無い声で。

 自己嫌悪に陥りそうになった彼に、吉良は紫苑の首に腕を絡め、ぎゅっと抱きつく。

 突然の予想外の抱擁に、紫苑は後ろに倒れそうになるが、床に手をつき片腕で体を支え、もう片方で吉良を抱えて支える。


「な、何?」

「う、嬉しいけど、み、見つめられて呼ばれるのは、刺激が強すぎて、まだ無理…かも…恥ずかしくて…倒れそう…」


 消え入りそうな声でそう答える吉良が、紫苑の理性の壁を大きく揺さぶる。

 自分以上に照れ、その顔を隠そうと抱きついてきた相手を、紫苑は床に組み伏せる。


「そんな可愛い事言うと、このまま食べちゃうよ?」


 びくりと吉良の体が大きく揺れる。


「よ…四日前にしたじゃない…」

「三日もしてないだろ?」

「だ、駄目よ…今日は、紫苑も仕事で疲れてるし、私も徹夜したから…ね?」


 体に障ると丁重なお断りを入れた吉良に、紫苑は小さくため息をつく。


「…わかった。それなら、今から添い寝してよ。あげはが居ないと、良く眠れないんだ」


 いやに潔く諦めた相手を、吉良は疑いの眼差しでしばらく見ていたが、小さく頷いた。


「俳優がクマを作ったら駄目だものね。片づけるから先に行っててね」


 紫苑の眼の下に出来た薄いクマを指先で撫でた後、吉良は紫苑から逃げるように身体を起こし、ノートパソコンの電源を切るために紫苑に背を向けた。

 だから吉良は変化した紫苑の表情に、気付かなかった。



“大人しく寝かせる訳ないだろ?”



 それは、さながら獲物を狙う獣の様で、吉良が見ていれば絶句し身の危険を感じる程の、艶めいた色気を纏う笑顔だった。




     END




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